36 知らせ
「……サラクラン伯爵は、オレリー様を外出禁止になさったのですか?」
「そうよ。トレヴィル男爵と会うなと言っても聞かないから、仕方なく今は外出禁止・交流禁止になったそうなの」
私は昼食の時に食堂でジュストと会い、お父様からの返事を伝えた。
まさか、トレヴィル男爵を連れて姉の私が居るアシュラム伯爵邸へと行くなどとは思ってはいず、お父様も頭が痛いようだ。
「……極端なご判断をされなければ良いのですが、僕はそれはあまり良策であるとは思えません」
ジュストはそう言ってカラトリーを使い肉を切り口に運んだので、何を言い出すのかと私は驚いてしまった。
「極端な判断ですって……!? まあ、大袈裟ね。まだ数回しか会っていないらしいし、会わなければ気持ちはすぐに冷めてしまうと思うわ」
私は食後の紅茶を飲んで、ふうと大きく息をついた。
トレヴィル男爵が女性の好きそうな男性であることは、私も彼に会ってそう思った。
けれど、そういう男性は彼一人だけではないのだし、オレリーの気持ちが落ち着いた頃にでも条件が釣り合うような若くて容姿の良い男性と会ってもらえば良いのだわ。
「わかっていないですね。ミシェル。人は禁じられるとやりたくなる……禁じられた恋ほど、より燃え上がるものなのですよ。僕は逆効果になると思いますね」
「……まだ、数回しか会っていないのよ。ジュスト」
そう。数回しか会っていないし、なんなら、母の話ではトレヴィル男爵との初対面からひと月も経っていないそうなのだ。
だから、会わないうちに少し冷静になり肉親の望まぬ相手と理解さえしてくれれば、あの子も貴族令嬢として育っているはずだから、わきまえてくれるはず。
「ミシェルはいつも一緒に居た僕のことがお好きだったので、こういう男女の機微がわからないことと思いますが、恋に落ちるのは一回の対面で十分、それに一生の愛を誓うのに、数回の機会も必要としません。ミシェル」
「まあ! そんなこと……だって、一生の問題よ。ジュスト」
私が護衛騎士だったジュストのことを、いつから好きだったかなんて、私自身にもわからない。
ただ、ラザールがオレリーと結婚したい……私と婚約者交替をして欲しいという話を聞かなければ、それは自覚せずに終わっていたことだろう。
あの出会いが、ジュストがある程度仕組んでいたものであったことは私も既に知っているけれど、結局のところラザールが私よりも妹オレリーを選んだことは変わらないのだから、それにあまり意味はないのかもしれない。
……それよりも、私たちが結婚してしまった後で、ラザールがオレリーに手を出したかも知れないという悲劇を事前に回避出来たと思えば、こうなって良かったとも。
「ミシェルは男女の恋愛をまったくわかっていないんですよ。まあ、それはこの僕が常に一緒に居たので、仕方ないことと思いますが」
「あら。それって、どういう意味かしら? ジュスト」
「こんなにも魅力的な護衛騎士が居れば、よそに目移りしなくても当然のことだと思うんですよ。ミシェル」
そこで無意味な色気ある流し目が入ったので、私は無視を決め込んでお茶を飲んだ。
……けれど、彼の言い分にも分があるような気がしていた。
魅力的な異性に言い寄られ、悪い気がしていないところに、両親からの反対……まるでお誂え向きな燃え上がる恋愛のはじまりのようで……。
「オレリーが何かしないか、心配になって来たわ。ジュスト……一度、サラクラン伯爵家に戻って様子を窺って来ようかしら」
「僕もそうされる方が良いと思います。なんたって、貴族令嬢なのに山奥の村へ家出しようとした、ミシェルの一番近い血縁ですからね」
そこでにこやかに楽しそうに微笑んだので、私はなんだかムッとしてしまった。
「まあ! あれには、ちゃんとした理由があったでしょう? 私の方からの婚約解消なんて言い出せなかったのだもの。クロッシュ公爵家から言ってもらうしかなかったのだから」
公爵家と伯爵家の身分差は大きい。しかも、私との婚約はお祖母さまたちが親友同士だからという、政略的な意味合いが薄いことも大きかった。
私からは婚約解消したいとは決して言い出せるような状況ではなく、彼と結婚するしかない状況ならば、もう家出するしかないと思ったのだ。
こちらの方が良かったと想い合う二人に挟まれる人生なんて、絶対に嫌だったから。
「それと同じことだと思いますよ。ミシェル。オレリー嬢は男性に免疫などあるわけがありませんし、彼でなくては……と、既に思ってしまっているかもしれません」
「……どうして、そう思うの?」
そういえば、彼らが訪れた後にジュストは、トレヴィル男爵について調べさせると言っていた。もしかしたら、私の知らない新事実があるということなのかもしれない。
「僕はこの前にオレリー嬢にお伝えすることを失念してしまったのですが、愛はなくとも自分の利益のために、言葉だけでなく行動まで起こせる男がいるかもしれませんね。サラクラン伯爵家に娘は今は一人……オレリー嬢と結婚出来れば、伯爵位を獲得出来ます。それも、とても自然なかたちで」
「……今は外出禁止だし、他の人との接触も禁じられているはずだわ」
トレヴィル男爵が何を思ったところで、オレリーと会えなければ何の意味もない。
「僕はそれも、あまり良くないことだと思うんですよ。すべてを禁じられると、人は大抵極端な行動に走るものです」
「もう……あまり脅さないで……」
私が息をついたところで、執事のシモンが現れた。手紙を持って来たようなので、ジュストの元へと行くのかと思えば私にそれを手渡した。
「えっ……私?」
手紙を受け取り差出人を見れば、お父様の名前が記されていた。
……嫌な予感しかしない。おそるおそる封を開けて便箋に目を通すと、とんでもないことが書かれていた。
「なっ……なっ……なななな」
「どうしました? ミシェル? 大丈夫ですか?」
ジュストは慌てて私の元へとやって来て、背中をさすってくれた。
何も言えないままで、彼にお父様からの手紙を渡すと、ジュストはそれにサッと目を通してため息をついた。
「まさか、こんなにも早く行動を起こされるとは……僕も予想外でした」
「オレリーが置き手紙をして、家出ですって!? 信じられないわ。私も……」
オレリーが家出をしたと書かれたお父様からの手紙を読んで、私は絶句してしまった。
離れて住んでいる私にも、あの子の捜索を頼みたいと。
「とは言え、ミシェルも少し前に同じことをしましたけど……姉妹って、こういうところも似るんですかね」
「あれは、また違う話でしょう? 本当にどうして、オレリーったら、こんなにも世間知らずなのかしら……! 何も知らないのだから……もう!」
オレリーのようなかよわい女の子が誰かの庇護下を離れて、悪い誰かに騙されてしまうだろうことは容易に想像がついた。
病気がちだったあの子のこれまでの生活を考えれば、そうなってしまうことは仕方がないとわかりつつ、私は我慢出来ずに言ってしまった。
「そういうお言葉をミシェルの口から聞くと、なんだか感慨深いものがありますね……」
わざとらしくふううと息をつき、窓の外を眺めたジュストが何が言いたいかわからずに私は首を傾げるしかなかった。
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(先週には花娘が更新、今週末には雪乙女が配信となっております)
※らっこちゃん先生→四葉らこ先生へとペンネームが変更されております。




