19話.最高の文化祭になりました
メイクを完璧に仕上げ、星美レオナを創り上げる。
金髪のカツラは本物と変わらない美しい色と質感をしていて、激しい踊りでも邪魔にならないように設計されている。
香水を適量吹きかけて、準備は万端だ。
いつもの星美レオナの衣装。
これを着て、今日は文化祭で、クラスメイトや皆の前で踊る。
いつもの知らない人達の前で踊るのとは違う、この緊張感。
それでも、やる事は変わらない。
「いってらっしゃい、レオナさん」
「いってらっしゃい、レオナ。父さん達もすぐに行くからな」
「……うん、行ってくる。拓都としては、会えないけれど」
二人共苦笑しつつ、黒いリムジンの前までついてきた。
「「後藤さん、お願いします」」
「はい、大切なお子さんを、必ずお守りいたします」
そう言って頭を下げ合う三人に、むずがゆい想いをしながら、車に乗り込む。
「私も車を近くで止めたら、すぐに参りますので」
「え? 後藤さんもチケット持ってるんですか?」
「はは。『スターナイツ』のボディーガードですよ。不埒な輩が出ないとも限りませんからね」
ああ、成程。確かに、今回はライブよりも観客達との間が近い。
その上、握手をするとまで宣言しているからね。
「ご迷惑をお掛けします後藤さん」
「仕事ですから、お気になさらずに。それに、私はこの仕事を好きでやっていますので」
後部座席なので後藤さんの表情は分からないけれど、きっと笑っているのだろう。
そうしてたわいない会話をしていたら、学校の近くまで着いた。
「それじゃ、先に行きます」
「ええ、お気をつけて。近くで控えておりますので、ご安心くださいね」
そう言って、後藤さんは車を走らせて行く。
「見てっ! レオナ様よっ!」
「本物だっ!」
「きゃぁぁぁぁっ! レオナ様、こっち向いてぇぇっ!」
校門の方へと歩みを進めると、長蛇の列が出来ていた。
どうやら、学校に入る為のチケットのチェックを行っているようだ。
にしても、凄い人数だ。
これだけの人達が、文化祭を見に来ているのか。
「……」
「レオナさん、ようこそいらっしゃいました!」
校門近くまで行くと、校長先生が直接出迎えてくれた。
「どうも。場所は知ってますので、案内は結構ですよ」
「はは、分かりました。レオナさんもどうか、わが校の文化祭を存分に楽しんでくださいね」
「分かった」
年上の方に取る態度ではないのだけど、これが星美レオナのスタイルなので許して欲しい。
以前は授業中だった事もあり、クラスへ行くのは楽だったのだけど……
「レオナ様ぁぁぁっ!」
「こっち、こっち見てくださいレオナ様っ!」
「うわぁぁぁ、本物だぁぁぁっ!」
人がどんどん集まってきて、歩くのが難しい。
流石に前は開けてくれているけれど、左右が人人人で動きにくい。
そんな時だった。
「下がりなさい愚民共!」
「「「「「!!」」」」」
「この私の前よ。頭が高いのではなくて?」
「あ、あはは。皆、レオナちゃんの邪魔しちゃダメだよ~?」
ユリアとユナが廊下まで出てくれていた。
「さぁレオナ、始まる前に打ち合わせをするわよ。こちらへいらっしゃい」
「レオナちゃん、こっちこっち!」
「ああ」
流石に皆離れてくれたので、素早く二人の元へ行く事が出来た。
「レオナ、貴女は自分の人気を少しは自覚なさい」
「ほんとだよー」
「……」
返す言葉もない。
そして2-Cに入った途端、更に凄い歓声に迎えられた。
「「「「「レオナ様ー!!」」」」」
クラスメイト達の熱気が凄い。
でも、それはそうか。
今日この日の為に、皆必死に練習してきたのだから。
流石に、これに応えないわけにはいかないだろう」
「頑張ったようだな。それでこそ、私が参加を決めた価値がある。私についてこい! 最高のステージにしてやる!」
「「「「「ワァァァァァァッ!!」」」」」
いつもなら言わないような言葉がスラスラと出る。
どうやらこの熱気に私も当てられたらしい。
ユリアとユナも驚いたようだったけど、顔を見合わせてから顔つきが変わった。
「クス、それでこそこの私が認めたライバルよレオナ」
「ふふ、頑張ろうねレオナちゃん! ユナちゃん!」
「ああ! 2-C、行くぞ!」
「「「「「おおおおっ!!!」」」」」
私を先頭に、ユリアとユナが続き、その後ろに2-Cの皆が続く。
博人と皐月さんが先頭を歩いているのは確認したけれど、あまりそちらを見るわけにもいかない。
体育館に着いた私達は、すでに出来上がっているステージに上がる。
クラスメイト達がサイリウムを持って体育館の入口へと集まり、観客達の誘導を始めた。
さぁ、いよいよだ。
ひょんな事から文化祭で踊る事が決まったけれど。
やるからには、最高のステージにしてみせる。
「こちらはオーケーだ!」
「分かりましたっ! それでは私立鶴見川高等学校2-Cのダンスコンサート、開始ですっ! 皆さまどうぞ係員の指示に従って、前へ進んでくださいっ!」
博人の言葉と同時に、体育館の外で待機していたであろう人達が凄い勢いで雪崩れ込んできた。
「押さないで! 押さないでくださいっ!」
「走らないで、ゆっくり歩いてお願いしますっ!」
事前に打ち合わせをしていたとはいえ、流石にこれだけの人間の数を抑制するには素人では難しいだろう。
なら……。
マイクを握りしめ、口を開く。
「お前達! 係員の指示に従え! 慌てなくても、全員が揃うまで始めはしない! 逆に暴動でも起こしてみろ、私は帰るぞ!」
ざわめいていた体育館が、一気に静かになった。
ちょっと言い過ぎたか? と思ったけれど、効果はあったようで、皆指示に従ってくれるようになった。
「流石ねレオナ」
「ふふ、頼りになるんだからー」
「……」
二人が小声でそんな事を言ってくるものだから、少し照れるけれど。
そうして待つ事少し、体育館いっぱいに人が集まった。
勿論、指示通り人と人との間に少し距離がある。
これは後半に踊る為だ。
「指示を聞いてくれてありがとう。そのお礼というわけじゃないが、今日の2-Cの文化祭の前座では、私達の新曲を披露しようと思う」
「「「「「!?」」」」」
一気にざわめく皆。
手を上げてそれを制する。
「ありがとう。事務所の許可もとってある。ここに来た皆が最初に聞く第一号だ。それでは早速始めよう。曲名は『New world, star knight』!」
「「「「「ワァァァァァァッ!!」」」」」
皆が熱く、盛りあがれるように。
全力で声を出し。
動きに強弱をつけ、キレのある踊りを披露する。
ユリアにユナ。
この二人が居てくれるからこそ、高みを目指せる。
きっと私一人だったなら、ここまで上手くいかなかっただろう。
私に足りない物を補ってくれる信頼できる仲間がいる。
私と踊りを張り合うユナが居て。
私とユナの声をリードしてくれるユリアの声があって。
三人の声が、踊りが、一つになっていく。
「「「♪~踊りましょう アナタと私で 金の鍵で扉をあけよう 奇跡を今 ここに!~♪ 」」」
「「「「「ワァァァァァァッ!!」」」」」
歌が終わり、凄まじい拍手に体育館が包まれる。
全力でやった、失敗もしていない。
さぁ、これで前座はおしまいだ。
「さぁ、ここからは第二部といこうか。皆、しっかり練習はしてきたか?」
「「「「「おおおおーーー!!」」」」」
凄まじい声が体育館中に響く。
きっと、中に入れなくて運動場に向かった人達の方でも言っているのだろう。
外にもモニターとスピーカーは設置してある為、見る事も聞く事も出来る。
「よし、なら次は皆で踊るぞ。前後左右の人達と一定の距離は空いているな? そんなに激しい踊りではないとはいえ、怪我をしては意味がない。十分に気を付けて、でも楽しんでほしい。準備は良いか、立川!」
「はいっ! オーケーっス、レオナ様!」
「OK! It's not a audience, but a player! ready……!」
私の声が終わると同時に、音楽が始まる。
ステージの上で踊る私達と、全く同じ動きで踊る皆。
恥ずかしそうに踊る人や、笑いながら踊る人。
失敗しないように真面目な顔で踊る人も居たけれど……総じて皆、楽しそうに踊っていた。
普段踊らない人達にとって、それがどれだけ大変な事だったか想像に難くない。
だから、私は舞台を降りる。
「「「「「えっ!?」」」」」
実はこの踊り、相手が居る想定の踊りなのだ。
誰にも伝えなかった、もう一つのサプライズ。
皆の踊りに合わせた踊りの形。
バレエのパ・ド・ドゥのように、男女2人の踊り手によって展開される踊りだ。
私はそれを、体育館に居る一人一人と、少しの時間で入れ替わるように踊っていく。
「「「「「!!」」」」」
皆驚きながらも、自分の踊りを集中して踊っている。
それで良いんだ。私は勝手にその踊りに加わるだけなのだから。
「れ、レオナ様!? ま、マジ感激だしっ……」
「そうか。楽しんでくれ佐川」
「は、はいぃぃっ!」
皐月さんはガチガチに緊張しているようだったけど、なんとか踊れている。
あまり長い時間かけると他の人が周れなくなるので、残念だけど次の人へ行く事にする。
「あーし、この日の事も忘れないしっ……」
そう言った言葉は、私の心に深く刻まれたのは言うまでもない。
そうして2-Cの出し物は終わった。
第二部はアンコールがあった為、一度だけ繰り返したので時間が少し長くなったけれど。
その後は自分で言った事なので仕方がないのだけれど、握手会となった。
私だけだと長すぎる為、ユリアとユナもしてくれる事になった。
三列になっても物凄い行列だったけれどね。
「お、俺この手洗いません!」
「洗え」
「私この手洗いません!」
「いや洗え」
なんで皆洗わないとか言うんだろう。
ユリアとユナも同じような事を言われて苦笑していた。
というかユナの場合握手より踏んでくださいとか言う人が居て、実際ユナが踏むものだから対処に困ったのだけど。
そんなこんなで、2-Cの文化祭は大成功に終わったのだった。
その後はクラスで打ち上げがあるらしいけれど、星美レオナとしては参加するわけにはいかない。
ユリアとユナは同じクラスだからあれだけどね。
そうして夕方、私は帰ろうと後藤さんと共に車へと向かう。
「レオナ! 待ちなさいっ!」
「レオナちゃーん! 待ってよう!」
「ユリア、ユナ」
二人が走ってこちらへと来た。
「どうしたんだ? 二人はクラスの打ち上げに参加するんだろう?」
「それは貴女が来ると思っていたからよ!」
「そうだよ! どうして帰ろうとしてるの!?」
「いや私はクラスメイトじゃないからな」
「「そんなの関係ない(わ)!」」
「!?」
「今回成功したのは、誰がどう見たって貴女のお陰よレオナ」
「そうだよ! 主役がいない打ち上げなんておかしいよ!」
「いや、しかし……」
そんな会話をしていたら、クラスメイト達が大勢こちらへと走ってきているではないか。
「レオナ様ー!」
「打ち上げ参加していってくださいよー!」
「レオナ様が居ないなんて寂しいじゃないですかー!」
「『スターナイツ』は三人揃ってこそ、なんでしょう!?」
「……」
まったく、この人達は……
「レオナ様! あーし達、レオナ様が居たから普段より頑張れたし!」
「そうですよ! 俺も、今日はあいにく体調崩して休んじまったタクトも、そう思ってますよ!」
博人、皐月さん……。
「……分かった。後藤さん、もう少し良いか?」
「畏まりました。では、また終わりましたらご連絡お願い致します」
「分かった。……それじゃ、付き合おう」
「「「「「やったぁぁぁぁっ!!」」」」」
ふぅ、いつバレるかとヒヤヒヤものだけど……私のアイドル(♀)活動はまだ続くみたいだ。
ま、なんとかなるかな。
「行きましょうレオナ」
「行こっ! レオナちゃん!」
「ああ」
大切な仲間も居るからね。
約ひと月ほどになりましたが、これにて第二部完結致しました。
楽しんで頂けたでしょうか。
ブックマーク、評価、感想が力となってここまで書ききる事が出来ました。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
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