17話.博人にプレゼントしました
今日は火曜日、文化祭が無くとも仕事の無い日だ。
先週は買い込む事が出来なかったので、今日は学校の帰りにスーパーに寄らなければ。
幸い、日曜日に母さんが色々と買って帰ってくれたので、備蓄はそれなりにあるのだけど。
いつもなら美香と一緒に行く所だけど、美香は文化祭の準備で今日は無理と聞いている。
少し残念に思いながらも、それはそれで一人の時間を楽しもうと思う。
なんて考えていたのだけど。
「タクト、みっちゃんから連絡来てたんだけどさ。買いもんすんだろ? 俺も付き合って良いか?」
「え?」
「一週間分まとめ買いしてんだろ? いつもはみっちゃんが半分持ってるらしいじゃん。俺が半分持ってやるよ」
「いやでも、悪いよ博人」
「気にするなって。前にタクトは俺が風邪ひいた時、親がいねぇからって飯作ってくれたじゃん。あれの礼だと思ってくれたら良いからさ!」
いやそれこそ、僕のせいで雨にうたれて風邪をひいてしまったんだから。
それも中学生の頃の、まだレオナとしての活動をしていない頃の話だ。
とはいえ、博人はこれで結構意思が強い。
こうすると自分の中で決めたら、余程の事が無いと変えないのだ。
「分かったよ。それじゃお礼に、これを上げるよ博人」
「お礼にお礼を渡されると困るんだけどよ。USBメモリか。も、もしかしてエッチなやつ?」
「「「「「!!」」」」」
「……」
男女問わず、視線がこちらに向いた気がする。
レオナとして培った勘が告げている、ここで対応を間違ってはならないと。
「馬鹿たれ。学校にそんなもの持ってくるわけないでしょ」
「そ、そうだよな。わりぃ」
「ヒーロー」
「「ひぃっ!?」」
まるで般若のような仮面が見えた皐月さんが、音も立てずに忍び寄っていたので、僕まで驚いてしまった。
「ひっきーの事信じてるけど、中を改めさせて貰っても良いし?」
「えっと……それは、その……」
まずい、別の意味でまずい。
このUSBメモリに入っているのは、レオナとユナのドラム講座動画だ。
世界に一つしかないオリジナル動画だし、これを見られるのは非常に不味い気がする。
「んー? ひっきー、まさか……」
「いや、その……」
ど、どうしよう。何を言えば良いのか迷っていると、博人が援護してくれた。
「さっちゃん。これはタクトが俺にプレゼントしてくれたモンだぜ? いくらさっちゃんでも、それを本人の許可なく見るのは違うんじゃねぇか?」
「う……それは、そうだし。ごめんし、ヒロ。それにひっきーも」
そう言って頭を下げる皐月さんに、僕も気にしていないと伝える。
「そもそも、博人が変な事言ったせいだよね?」
「否定はしない、だけど男の子だから仕方ないと思うんだタクト!」
周りの男達がうんうんと頷く。こいつらは。
「それで、中身はなんなんだタクト? USBだから、なんかのデータなんだろうけど……」
「あー……動画だよ」
「!! やっぱりえっ……」
「ひっきー?」
「違うから!」
そんな会話をしていたら、ユリアが近づいてきた。
「姫咲君、もう公開しちゃえば良いんじゃないかな?」
「え?」
「あれ、響ちゃん知ってるの!?」
「うん。姫咲君が隠してる理由もね。だけど、こうなったら隠すより公開しちゃった方が良いと思う。丁度中継用のビデオカメラを映すモニターも昨日届いたし、それで皆で見ようよ」
そう言うユリアに、僕は観念する事にした。
「……分かったよ。パソコン借りるね?」
「うん、どうぞ」
USBメモリをパソコンに刺し、フォルダを開く。
そこには昨日撮った動画ファイルがある。
名前はレオナから姫咲へ。
となっている為、それを見た女子達が口を両手で抑えている。
「モニターの準備は良い?」
「ちょっと待ってー。ん、大丈夫!」
「それじゃ再生するよ。博人は特に、ちゃんと見てね。まぁ博人へのプレゼントだから、後で何回も見たら良いけど」
「何回もって、どういう……」
『さて、こういう事は初めてなんでな。おかしな所があっても許してくれ』
『この私とレオナが、ドラムの基本的なやり方をlectureするわよ』
「「「「「!?」」」」」
「ど、どういう事だよタクト!?」
「まぁ、とりあえず最後まで見てよ」
ごくりと唾を飲み込んだ博人は、それから食い入るように画面を注視した。
他の皆も同じで、しっかりと映し出された動画を静かに見ている。
『基本的なところはこれで終わりよ。それじゃ、これで終わるわよレオナ』
『分かった。これは文化祭での踊りを考えてくれた事での姫咲拓都への礼として撮った動画だ。彼からドラムの基本的な事を教えて欲しいと言われたんでな。これで礼になったか? 以上で終わりだ』
レオナの言葉で動画は終わる。
皆真剣に動画を見ていたようで、終わって初めて息をしたような雰囲気になっていた。
「成程、そういう事だったんだな」
「そりゃ言えんわ」
「だからユリアちゃん知ってたんだー」
「うぅ、これは言えないし。ごめんしひっきー、ホントごめんし!」
「タクト……お前って奴はよぉ! 本当によぉ! ありがとうなぁっ!」
「ぐぇっ……ちょ、苦しいから博人!」
おもいっきり抱きしめてくる博人に息が出来なくなる。
「た、立川君! 姫咲君が!」
「うぉっ!? す、すまんタクト!」
「い、いや、いいよ博人。ユ……明野さんもありがとう」
「う、ううん! だって、姫咲君に抱きつくとか羨ましいんだもん……」
「うん? なんて?」
「な、なんでもないよっ!」
後半が小声すぎて聞き取れなかった。おかしいな、結構耳は良い方なんだけど。
「というか立川! これコピーしてもらっても良いかな!?」
「駄目に決まってるだろ! 俺の為にタクトがお願いして撮ってくれた動画だぞ!? 他の奴にやったら信用問題だろうがっ!」
「「「「「うぐっ……」」」」」
まぁ、普段喋らないレオナが滅茶苦茶喋っているだけでも、ファンならプレミア物で欲しくなるんだろうけど。
ちなみに同じものをユリアとユナも一応持っているけれどね。
「ちなみに僕はコピー持ってないから、気を付けてね博人」
「分かった、本当にありがとうなタクト。家宝にするわ」
家宝って。それは言い過ぎだと思うけれど、本人がそれくらい喜んでくれたのなら、撮った甲斐もあったというものだね。
「それじゃ、ここからが皆待ちわびてたであろう動画だよ」
「「「「「!!」」」」」
鞄に入れていたもう一つのUSBを取り出す。
パソコンに刺して、フォルダを開いて動画をクリックする。
見出しに、文化祭2-Cによる『スターナイツ』共演の踊りをマスターしよう!
と流れ、皆の歓声が上がった。




