15.森乙女の祭り(2)
「ゲームの世界?」
思いもしなかった言葉に、わたしは目を丸くする。あまりにも怪しいのでなんとか帰ろうかと思案していると、深山さんは苦笑した。
「王国シリーズって知ってる?」
深山さんの問いに首を振ると、彼は「乙女ゲームっていうのをやったことは?」と続けた。
「どういうものかは何となく知っているけれど、まったく経験はないですね」
わたしは素っ気なく答える。
「ーーそう。ちなみに、異世界転移とか異世界転生とかいうのも聞いたことがない?」
「うーん、……聞いたことはあるし、そもそも私たちの状況がそうなのだろうけれど......実際に体験しても正直信じられてなくて」
わたしたちの間に、すこし気まずい沈黙が流れた。深山さんも視線を落とし、しばし逡巡しているようだった。
「ーー実は『木漏れ日の王国と三人の王子』というタイトルのゲームがあってね。そのゲームの世界観とこの国があまりにも酷似しているんだ」
「まさか! 思い違いじゃないですか?」
わたしは思わず笑う。ところが、深山さんはゆっくりと首を振った。
「世界観だけじゃないよ。ーーゲームのキャラクターと同じ名前の人物が実在するんだ」
わたしは妙な胸騒ぎを覚え、気を紛らわすためにジュースを一気に飲み干そうとした。
だが、すでに飲み終えていたらしい。溶けた氷で薄まった、甘酸っぱい水だけが残っていた。
「第一王子、グレゴール」
深山さんの声に、ぱっと顔を上げる。
「第二王子、ジェムリヒト。
第三王子、リュディガー。
この三人がいわゆる攻略対象ーーええと、ゲームの中で、恋愛関係になる相手のことなんだけど……。
そして、悪役令嬢として主人公の邪魔をするのが」
「ーーわたしなんですね?」
わたしが訊くと、深山さんはぽかんと口を開けた。
「いやいや、君じゃないよ。そして君は、ーーララリアラ・シュリーというのは、ゲームの主人公の名前だ」
「わたしが……?」
「君の見た目を見れば、悪役令嬢じゃないことはわかるだろうけれど……ああ、でも、ゲームやウェブ小説とは無縁な人生だったのか」
深山さんは困ったように頭をかいた。いつも大人の落ち着きのある彼が見せたはじめての表情で、わたしはどきりとした。
少し薄暗い店内から通りを眺めると、道行く人々に重なって、ぼんやりと幽霊のように自分の姿が反射している。
桃色のふわふわとした髪の毛に、森の木々を思わせる緑色の目。美人というよりは、可愛らしいというのがしっくりくる容姿。
それが、わたし、ララリアラ・シュリーだ。
「つまり、日本で確かに販売されていたとあるゲームがあった。それは、ララリアラという少女をヒロインとして、三人の王子との恋愛を重ねていくものだ」
「わ、わたしがヒロインですか?」
「ゲームは、幼いころからの婚約者を姉に奪われて侍女になったララリアラが、城でもうまくいかず、一人で城下町に降りてきて森乙女の祭りを覗くところからはじまる」
わたしは背筋がぞくりとするのを感じた。
「わたしのことを、調べたんですか?」
「え?」
「姉のことです」
わたしは深山さんのことをきっと睨みつけていた。ぽかんとしていた深山さんは、慌てて首を振り、否定する。
「違うんだ。そうじゃなくて、ーー今話したのは、ゲームのあらすじだ。だが、そんなふうに訊くってことは、合っているんだね?」
わたしは渋々頷く。
「君といると、本当に飽きないな」
そう言って、深山さんはくつくつと笑った。わたしは恥ずかしくて思わず俯いてしまった。
わたしたちは店を出て、王城まで歩きはじめた。
いつの間にか日が傾きはじめている。空は端のほうから淡い薔薇色に変わりかけていた。
広場の中央にはテントが張られ、少女たちがその中に少しずつ花を運び込んでいる。
森乙女の祭りでは、未婚女性からはお金を取らない。その代わり、参加したい少女たちはこうして花運びの手伝いをするのだ。
それも任意ではある。だが、手伝いをした少女ほど良縁に恵まれたとまことしやかに囁かれていることから、年ごろの娘は皆、こうして花運びを手伝っている。
誰もが期待に頬を染めて、瞳をきらきらと輝かせていた。
森乙女の祭りは、初代王妃レーヌの誕生を祝ぐものだ。ルスリエース王国をぐるりと囲む森の精霊に愛された彼女にあやかって幸せな恋愛をという意味もある。
祭りの日には、広場の中央を花売りたちが占める。女性は花のそばに立ち、男性のほうから気になる女性に告白をする。
告白の花は、自分の瞳の色と決まっている。
承諾なら桃色の花を、拒否ならつぼみを、まずは友だちからはじめたいといった場合には黄色の花を贈るのだ。
そして、それ以外の色の花は、友人同士で交換したり、家族で親愛を伝えるために贈り合ったりする。
また、出会って日が浅い男女のために用意されているのが紫色の花で、これは女性からでも贈ることができる。意味は「あなたのことが気になる」である。
「これは提案なんだけど。何が起こるかわからない以上、ゲームに沿って行動したほうがいいと思うんだ。森乙女の祭りの日、一緒に広場を見に来ないか?」
深山さんが訊いた。わたしはしばし逡巡したが、頷いた。




