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38 エピローグ

 窓の外から朝日が差し込んでいる。

 俺はふかふかなベッドの上で目を覚ました。


「……んん」


 ……そう、ふかふかなベッドである。

 俺は今、一流の宿の一室に宿泊していた。

 もちろん場所はオーリンズの街だ。


「これもミユサのおかげだな……」


 吸血鬼シャロンを捕縛してから一週間が経っていた。

 俺はそのときの事を思い出す。


 シャロンを追い詰めた俺たちは、彼女が溜め込んでいた金銀財宝を没収した。

 ちなみに犬の真似をやめさせられたシャロンの態度は一転して、自ら財産を差し出してくれた。

 ……その笑顔がどこか引きつっていた気がするのは、気のせいではないのだろうが。


 彼女をギルドに突き出すことも考えたが、結局しなかった。

 吸血鬼である以上、牢獄に幽閉されるだけでは済まずに処刑されてしまうことが予想できたからだ。

 ミユサの呪術により無害化したのもあって、ひとまず逃げないよう命令して俺たちで見張っている

 今のシャロンは、本能レベルで人に危害を加えることができない。

 それなら処刑するまではしなくても良いだろう――というのが俺の考えだった。


「――ではご褒美か何かはないんです?」

「うわっ!?」


 布団の中から声が聞こえて、俺は思わず悲鳴をあげてしまった。

 改めて見ると、俺の横で寝ているミユサの姿がそこにあった。


「ミ、ミユサ!? いつの間に……!」

「もう……昨晩は旦那様、あんなに激しかったのに……」

「何が!? 寝相が!? 俺、昨日は一人で熟睡してたはずだけど!?」


 ちなみに二人とも、ちゃんと服は着ている。

 何も間違いは起こしていないはずだった。


「……ミユサ、どうやって入ったんだ?」

「それは旦那様への愛の力で……」

「具体的には?」

「エルンちゃんにお願いして鍵を開けてもらったんです」


 ミユサがベッドの足元を指差す。

 するとそこには猫のように丸まったまま眠るエルンの姿があった。


「……お前らな。俺のプライバシーはどこへいった」

「まあいいではないですか」


 ミユサはそう言うと、俺の肩に手を回した。


「ちょっ……!」

「……もう少し、ゆっくりと朝の時間を楽しむのです」


 ミユサに引かれつつ、俺はベッドに再び倒される。


 ――これはそのうち、後戻りできないところまで連れて行かれそうだな。


 俺はそんなことを思いながら、笑顔で横になるミユサの温もりを感じつつ目を閉じるのだった。



 * * *



「朝からなかなか元気ッスね……」

「いや待てリュッカ。お前が考えているようなことは一切ない」


 すでに昼も近い時間。

 俺の腕にひっつくミユサとエルンを連れて宿のロビーへ行くと、そこではリュッカとシャロンがソファーに座ってくつろいでいた。

 ――シャロンはこちらに目も向けず、眉間にしわを寄せていたが。


「……朝の挨拶」

「おはようございます、ご主人様!」


 シャロンは瞬時に満面の笑みを浮かべてそう挨拶すると、すぐにその笑みを引きつらせた。

 ……怖い。


 何とか人類と吸血鬼は友好関係を結べないかと試しているところだったが、どうもまだ難しいようだった。


 ちなみに、先日保護した女性たちと血の眷属の面々は、今も要救助者として冒険者ギルドへと預けている。

 血の眷属たちはシャロンの魔力による洗脳を受けていたのだが、魔力を『追放』してやることで洗脳を解除することができた。

 なので今は解放された女性たちと共に、冒険者ギルドで面倒を見ているはずだ。


 シャロンの様子にリュッカが笑う。


「私もおはようッス! シャロンちゃん~!」

「お、おはよう……!」


 ギリギリと頬の筋肉を震わせつつシャロンは返事をする。

 ……うーん、険悪。

 リュッカ自体はむしろ好敵手としてシャロンのことが好きなようだが、シャロンにしてみればトラウマレベルの相手なので苦手にしているようだった。


「……まあそのうち何とかなるか」


 いつの日かわかりあえる日も来る……かもしれない。


 シャロンの表情をうかがっていると、シャロンは露骨に機嫌悪そうな顔をしながら黙っていた。

 ……この状態で放り出したら、人間への復讐心が残るだろうしなぁ。


 俺はため息をつく。

 復讐の芽は摘んでおかなくては。


「……さて、じゃあ遅くなったがギルドに行こうか」


 俺が声をかけると、リュッカが立ち上がった。


「今日はどこに行くんスか!?」


 リュッカが目を輝かせる。

 俺たちはキュエリが証明してくれたこともあって、晴れて冒険者としてこの未知の大陸を探索することが許されていた。


「北東の丘の方に行ってみるか。昨日遺跡で見付けた宝珠はミユサが呪いを解いてくれて高く売れたし、あの先にも何かありそうだ」

「ふふ、楽しみです」


 ミユサはさらに俺にくっつく。

 ……たぶんそろそろ、俺の方がミユサから離れられなくなるな。

 そんなことをうっすらと考えていると、シャロンが声をあげた。


「……ま、待って。北東って……ルディアの方でしょ? 正気?」


 シャロンは不満げな表情を浮かべる。

 俺は彼女に聞き返した。


「ルディアってなんだ?」

「ノーライフキングの支配地の一つで……ああもう、とにかくそこらへんは私なんか目じゃないぐらいのモンスターたちで溢れてるの。正直私も近付きたくないんだけど……!」


 シャロンの言葉に、リュッカが手を上げた。


「それは楽しみッスねぇ!」

「話聞いてた!? なんなのよコイツぅ……!」


 リュッカの言葉にシャロンは顔を引きつらせる。

 ……気持ちは痛いほどわかる。

 だが俺はシャロンに向かって苦笑して言った。


「ま、俺たちはそれが目的で大陸に来たんだ。未開の地を探索して、多くの未知を持ち帰る。……だから運が悪かったと思って、諦めてついてきてくれ」

「……クレイジー」


 シャロンが吐き捨てるようにそう言った。

 ……まあ未知の大陸を探索する冒険者が誰にでも理解される職業とは思っていないが。


「とはいえ忠告は助かる。北東は避けて、別の方を探索しようか」

「……ふん」


 俺の言葉にシャロンはそっぽを向いた。

 ……なんだかんだシャロンを助けたおかげでいろいろと助かることは多いな。


 そんなことを思っていると、後ろにいたエルンがシャロンに近付いて声をかけた。


「……ふふ。わかったぞ」


 そしてエルンがささやくようにシャロンへと言った。


「さてはお前……照れているな?」

「……は?」


 得意げな表情で話かけたエルンに、シャロンはいぶかしげな顔をする。

 エルンはそれに構わず言葉を続けた。


「ボクが人間と仲良くなるコツを教えてやろうか? ……まずは相槌を打つんだ。すると親しくなれるんだぞ」

「……いや、これはべつに空気が読めていなくてこういう態度を取ってる訳じゃなくて……」

「大丈夫だ。ボクに任せておけばすぐに打ち解けられるから」

「いやべつに私は馴染めなくてイライラしてるわけでもないし……!」

「そうだな。……だがボクはお前のことを理解してやれるぞ」

「ああもうコイツも話が通じない! 何なの腹立つ!」


 シャロンは心底面倒くさそうにそう叫んだ。

 ……さてはエルン、ちょっと俺と話ができるようになったからって自信がついたな?

 だがすまんエルン、俺が合わせてるだけだからお前のコミュニケーション能力が上がったわけじゃないんだ……!


 俺はそんなことを考えつつ二人の様子を見て、つい笑ってしまっていた。

 エルンは相変わらず空気が読めないが……もしかすると案外、吸血鬼と仲良くなれる日もくるかもしれない――。


「――あれ? 旦那様、もしかして今あの吸血鬼に見とれてませんでした?」

「気のせいだ勘違いだミユサ、だから俺の腕を掴む手に力を込めるんじゃない!」


 ミユサに掴まれた右腕に痛みが走り、俺は慌ててその言葉を否定する。


 ……まったく、このパーティはいつになっても大変だな。



 ……とはいえ。


「……さあみんな、冒険に行く準備はできたか」


 この新大陸を探索するのに、パーティの実力は申し分ない。

 呪術の使い手のミユサに、凄腕の暗殺者エルン、無敵のバーサーカーリュッカ。

 ……ついでに完全服従の吸血鬼シャロンも連れて。


「――行くぞ! 出発だ!」


「あ、ちょっとお化粧してきていいですか? せっかくの旦那様とのデートなので」

「いや北東に行くべきッスよ! この先の進路についてもう一度話し合いましょう!」

「懇親会するか? ふふ、任せろボクは友達作りのプロだからな……」


 三人が思い思いのことを言い出して、俺は宿の入り口の前で一人立ち尽くした。

 こいつら……!


「協調性()ぇー!」


 俺の叫び声が響き渡る。

 いつになってもこのパーティは、まとまりがないのだった。


「……あなたも大変ね」


 そんな俺にシャロンが、同情の目線を送ってくる。

 もしかしたら吸血鬼を助けた一番のメリットは、共感してくれる相手が出来たことかもしれない。


 俺はため息をつきながら、三人のもとへ戻る。

 こうして俺たちパーティのぐだぐだな冒険は、続いていくのだった――。

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