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35 影に巣食う者

 街郊外へ続く道を歩きながら、キュエリが口を開いた。


「ったくあのクソジジイ、最後まで隙も見せらんないんだから……」

「まあでもあれぐらいの方が張り合いがあっていいッスよ」

「交渉にスリルを求めないでくれ……」


 リュッカの言葉に俺は力なくそう言った。


 俺たちパーティはメイド服姿のキュエリを連れて、街郊外の遺跡へと向かっていた。


 その遺跡は街ができる前に早々に踏破された遺跡で、今は魔物が住み着いているという噂が立っている場所だった。

 漁られ尽くした遺跡に用がある者もおらず、誰も近付かない。


 俺たちはキュエリの主人であるランパールから、そこがキュエリを騙した奴らのアジトだと聞いてやってきていたのだった。


「……そういや、お前メイドの姿でいいのか」


 神殿跡が森と融合したような崩壊した石造りの建物の上を歩きながら、俺はキュエリへとそう尋ねた。

 彼女はムッとした顔で言い返す。


「奴隷だから服なんて持ってないもの。……こっそり屋敷からショートソードはくすねて来たけど」


 彼女はそう言うと、ロングスカートの下から一振りの剣を取り出した。

 ……抜け目ないやつ。


「一応戦えるってことか」

「……でもさすがにブランクがあるからね。まともには動けないかも……。ごめん」


 彼女が殊勝な態度でそうつぶやく。

 だが俺はそれに首を振った。


「いや、それならそれでいいんだ。……お前が守るべき対象なのかを確認したかっただけだからな」

「……え?」


 キュエリは驚いた表情でこちらを見る。

 心なしか、その瞳が潤んでいる気がした。

 俺は彼女の目を見つめて言う。


「安心しておけ。お前の事は絶対に守ってやる」

「そ、それってどういう……」


 彼女が言葉を言い切る前に、俺は自身の後ろにいる三人を指差した。


「――あいつらがな!」


 リュックとミユサが俺の言葉に照れくさそうに笑った。

 一方のキュエリは、呆れたような顔をする。


「……あんた、それ言ってて空しくないの。男の子でしょ」

「空しいというか、もう悲しさすら感じないでもないが、純然たる事実だからな……」


 男としてとかそういうプライドなど、この三人の前では持っていることもできない。


「……まあSランク相当の達人たち相手に肩を並べようと思うほど俺もバカじゃないってことだよ」

「Sランク相当……!?」


 キュエリは改めて三人の方を振り返る。


「たしかにそう言われても納得の実力だけどね……」


 キュエリは既に彼女たちの実力を目にしているので、今更疑うことはないようだった。


 俺たち二人がそんな会話をしていると、エルンが声を発した。


「――止まれ」


 エルンの声に、俺たち全員は足を止める。

 屋敷であったことも踏まえて、エルンの言葉を無視できないことはこの場の全員が知っていた。


「正面と右の方から数人くる。ボクは右を受け持つから、正面はお前らで何とかしろ」


 エルンはこちらの返事も待たずに、その姿を消す。

 どうやら相手に合流される前に各個撃破へと行ってくれたようだ。

 乱戦になるとキュエリ(と俺)がいる分、足手まといを守る必要が出てくるという判断だろう。


 俺たちは警戒態勢を取りながら、正面の未知へと進む。

 この遺跡に誰かが住んでいるとは思えない。

 つまりいるとしたら、モンスターか、ならず者か……。


「……お、来たみたいッスよ。お出迎えのつもりですかね」


 リュッカが前方を見てそう言った。

 彼女の視線の方向を見れば、四人分の人影がある。

 彼らはまっすぐにこちらへと向かって歩いてきていた。


「話が早くて助かる」


 こちらは足を止めて、それを待つことにする。

 するとすぐにその人影達の輪郭がはっきりとしてきた。


 フードを被った男たちを連れた、一人の女性。

 その顔を見て、キュエリが声をあげる。


「シャロン……!」


 キュエリの声にその髪の長い女性は微笑み、足を止めた。


「お久しぶりです。……ええと、名前は覚えていませんけど。顔は覚えてますよ」


 柔和な笑みと共に感じる不気味さ。

 キュエリの話によれば、彼女がキュエリを騙したという錬金術師なのだろう。


 彼女はこちらを品定めするように見つめると、再び口を開く。


「ここから先は私のアトリエです。野蛮な方々に踏み荒らされても困るので、お引き取り頂けると嬉しいのですが……」


 シャロンの言葉に俺は首を振った。


「そうはいかない。ここが非合法組織の根城になっているとタレコミがあったんで、保安官(シェリフ)としては見過ごせないんだ。……見たところ、お前が親玉ってとこか?」


 そんな俺の言葉に彼女は笑う。


「ふふ。非合法組織だなんてそんな……私はただ手駒を使っているだけで、『組織』にした覚えはないんですけど」


 彼女はそう言って、指を鳴らす。

 すると後ろに居た男たちがフードを脱ぎ捨て、その顔をあらわにした。

 彼らは虚ろな目でこちらを見つめる。


 そんな彼らの視線を受け、ミユサが目を細めた。


「どうやらご正気ではない様子ですね。洗脳、精神操作、はたまた催眠……。精神汚染の何かですね」


 ミユサの言葉にシャロンはまたもクスリと含みのある笑みを浮かべた。


「彼らには私の眷属(けんぞく)となっていただいているんです。彼らは私の一部のようなもの。なので『組織』というのは相応しい呼称ではないでしょうね」

「『眷属』……!? もしかして、あなた……!」


 キュエリが声をあげる。

 シャロンは自身の唇を舌なめずりする。


「あなたは肉質硬そうだったので売り払ったんですけど……運良く逃げられたというのにまた来るとは」


 そう言った瞬間、彼女の背中から漆黒の魔力が溢れ出て、翼のような形となった。

 それにキュエリが驚愕の表情を浮かべる。


「まさか……吸血鬼ヴァンパイア……!?」


 ……ヴァンパイア。

 それは人の姿によく似た高度な知性を持つモンスターだ。

 しかしだからこそ外見で見分けることが難しく、彼らは人に紛れることを好む。

 一匹現れるだけで、人の集落に多大な損害を与えると言われている災害級モンスターだった。


 キュエリがその顔を青ざめさせながら声をあげる。


「あなた、最初から私たちを利用する為に近付いたのね……!」

「ええ。オーリンズには条約によりおおっぴらに我々が手を出すことはできませんからね」


 シャロンの言葉に俺は首を傾げる。


「条約……?」

「……ふふ。何も知らないのね。オーリンズは過去、我々と人との間で不可侵の条約が結ばれているのです。……だから食事を調達するにはこうしてこっそりと暗躍する必要があるんですが」


 初耳だ。

 おそらくこの街を開拓した原初の冒険者たちと関係があるのだろうが……。

 俺が考えを巡らせるより早く、彼女がその両腕を広げた。


「あなた方にはもう関係ないことですね。シェリフに知られるとなると少し面倒なので……ここで消えて頂きますね」


 シャロンの両手の先の爪が一瞬で伸びる。

 まるで隠しナイフを取り出したかのように、肘までよりも長く鋭い爪。


 瞬間、背筋に嫌な予感が走って慌ててキュエリの手を掴んだ。


「――避けろ!」


 慌てて彼女の腕を引くと同時に、キュエリのいた場所に爪の軌跡が走る。

 彼女の首の高さを境にして、キュエリの右側の髪の毛が半ばから切断されて地面に落ちた。


 そしてキュエリは地面に尻餅をつき、恐怖の表情で吸血鬼を見上げる。

 その速さは、俺レベルでは目で捉えることもできなかった。


 ――これが伝説にも残る災害級モンスター、ヴァンパイア……!


 以前の俺ならこんなモンスター、出会った段階で死を覚悟しただろう。


 シャロンはその顔に笑みを浮かべたまま、右腕を振りかぶった。

 彼女は次は俺に狙いを定めると、そのまま腕を振り下ろす。


 ……その爪の速さは、俺では追いつくことはできない。


 ――だが。


「――ハハ」


 そこには俺の前に出て、その爪を防ぐ者がいた。


「ハハハハハハ」


 ――震えている。

 それは恐怖によるものではない。

 戦い前にした高揚を抑えられない――武者震い。


「アハハハハハァッ!」


 彼女はシャロンの爪を剣で押し返す。

 シャロンはそれに驚いた表情を浮かべながら、後ろへと下がって距離を取った。


「……どうやらあなた、少しは腕が立つようですね。いいでしょう、それなら――」

「――見付けた」


 シャロンの言葉を遮って、俺の前へと出た狂戦士は笑う。


「見付けた……見付けた見付けた見付けた見付けた……!」


 その顔に恍惚の笑みを浮かべて、彼女はヴァンパイアをうっとりと見つめた。


「強敵……見付けちゃった……!」


 ほぅ、とため息をつきながらそう言うリュッカにシャロンは眉をひそめる。


「……何? この人間……」


 何やら夢世界にトリップしたリュッカに俺は引きつった笑みを浮かべつつ、彼女の代わりにシャロンの問いかけへと答えてやった。


「一言で言うなら……変態、かな」

「……は?」


 シャロンは俺の言葉に、心底困惑したような表情を浮かべるのだった。


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