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34 元冒険者の豪邸

「きちんと抵抗したのが功を奏してるですね。おかげで術式が穴だらけだったです。これが軽く考えて同意してたなら、もうちょっと術が強固になってたので大変だったはずですよ」

「へ、へえ……そうなんだ……。……それでも”ちょっと”なのね」


 俺たちパーティはキュエリを連れて郊外の屋敷へと向かっていた。

 彼女のパーティメンバーの二人を買ったのも今の主人らしく、二人の行き先を問い詰める為だった。


 キュエリはミユサの言葉に相槌を打ちつつ、こっそりと小さな声で俺に尋ねる。


「……ねえ、この子なんなの!? 奴隷契約の呪いを一瞬で解呪するなんて、聞いたことないんだけど!?」

「ははは、俺も会うまで聞いたことなかったよ」

「……なんでこんな凄い子が、あなたと……? いやバカにするわけじゃないんだけど……」


 本気で疑問に思っているのか、いぶかしげな顔をする彼女に俺は苦笑する。

 たしかに俺には不釣り合いなパーティメンバーかもしれなかった。



 そうして歩いているうちに、俺たちは街の郊外の屋敷へと到着する。

 メイドを必要とするぐらいなので、それは巨大な豪邸だった。

 物価の高い大陸でこんな屋敷を建てて住むぐらいなのだから、よほどの資産を持っているのだろう。


「ところでお前の主人って、何者なんだ?」


 俺の言葉にキュエリは少しためらいながらも、それを口にした。


「……元冒険者よ。昔、この街を作った人間の一人らしいわ」


 そう言って彼女は門を開け、奥へと俺たち四人を招き入れる。

 俺たちが入ろうとするとエルンが前に出て、建物を見上げた。


「大きいな。警備は多くて18人ほどか」


 エルンの言葉にキュエリはギョッと目を見開く。


「……そんな正確に人数がわかるの?」

「だいたいな。人の気配と通用口の数、死角の位置。あとは丁度品への金のかけ方あたりから、警備にかけている金と規模が割り出せる」

「……信じられない。合ってるわよそれ」


 キュエリは尊敬を通りこして不気味そうな表情を浮かべた。

 一目で警備状況まで把握してしまうエルンは、たしかに端から見ると異常だ。


 キュエリに案内されるまま、俺たちは玄関のドアを開けてエントランスへと通された。

 そこには赤絨毯に金細工の装飾が施された、広いスペースが広がっていた。


「……悪趣味だな」

「ええ、同感。成金趣味よね」


 毎日それを見ているであろうキュエリはげんなりとした口調でそう言った。

 するとその奥から一人の男が姿を現す。


「――おや、客人ですか」


 そこには五十代手前ほどの、白髪の交じった痩せ型の男が立っていた。

 片目にモノクルをした身なりの良い男は、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。


「どちら様ですかな」


 彼はキュエリには目もくれず、そう言った。

 俺は前に出て、名を名乗る。


「……俺はシン。ギルドに任命された保安官(シェリフ)だ」

「ほう。その保安官がなんのご用件で?」

「ここの主が非合法の組織と繋がりがあるってたれ込みがあってな」


 俺の言葉に彼は笑う。


「おや……非合法とはまた人聞きの悪い。たしかに当屋敷には奴隷がおりますが、奴隷自体は別に禁止されているわけでもありますまい」

「たしかにそうだ。この大陸には法も何もないし、奴隷を持つことだって禁止されていない」


 男の言葉に俺は頷いた。

 しかしすぐに言葉を続ける。


「だけどこの街の中では、各国で制定されたB級以上の犯罪を取り締まるようには合意がなされている。そうじゃないと、経済が成り立たなくなるからな」


 そう言って俺はキュエリを指差した。


「こいつから、合意なく奴隷にされたと訴えがあった。……詐欺や恐喝はA級の犯罪だ。だからそれを買ったあんたが詐欺組織と関わっているのは明白だろ? 詳しく聞かせてもらえるなら、あんたには迷惑をかけないぜ」


 俺はできるだけ相手が協力しやすくなるようにそう言ってやった。


 キュエリの目的は仲間二人の救助。

 であれば、目の前の爺さんがどれだけ極悪人だろうが構いやしない。


 しかし男は「やれやれ」と言って笑った。


「舐められたものですね」


 男は目を細めて、こちらに値踏みするような視線を送ってくる。


「冒険者時代『戦慄のランパール』と呼ばれた私の屋敷に足を踏み入れ、そんなことをぬけぬけと抜かすとは……」


 笑みを浮かべる男に、俺は警戒を強める。

 ――一筋縄ではいかないって事か。


 ランパールと名乗った老齢の男は右腕を上げて、辺りに響くような声をあげた。


「――やれ! ロンド! ワルツ!」


 男の声と同時に、キュエリが声をあげた。


「伏せて! 暗殺者よ!」


 俺はその言葉に従って、慌てて身を屈める。

 ――しかし。


「ぐあっ!?」

「うおっ!」


 ドスン、と二つの音が重なった。


「……ん?」


 ランパールがその音を聞いて、後ろを振り返る。

 するとそこには、腕や胸に小型のナイフを刺されて倒れる二人の男の姿があった。


「……何……だと……?」


 未だ自体を理解できずそれを眺めるランパールをよそに、俺はゆっくりと立ち上がる。

 そして自身の後ろを見ると、今そのナイフを投げたのであろう投擲のポーズを取っているエルンの姿があった。


「……来る場所とタイミングがわかってたら、対策をされるのは当然だろ? アホなのか?」


 彼女は呆れた顔でそう言った。

 ランパールはエルンの言葉を聞いて、その表情を歪める。


「わ、我が精鋭の守備部隊をこうも容易く排除するとは……!」

「せっかくの待ち伏せをわざわざ声に出してバラすなんて、素人にもほどがある。たとえそいつらの腕が確かだったとしても、雇い主がそれじゃあ可哀想だな」


 無自覚に煽る彼女の言葉に、ランパールは舌打ちをした。


「ええい! ならば、我が奥義見せてやろう……!」


 彼は懐に手を入れる。

 そして一枚の白い布を取り出した。


「ハンカチ……!?」


 驚く俺に、ランパールは笑った。


「ふふふ……!」


 彼は取り出したハンカチを地面を宙へ投げる。

 するとそのハンカチは地面にフサァっと広がった。

 彼はその上へ乗るように、膝を折る。


「これぞ我が奥義……!」


 彼は流れるように頭を地面に下ろした。

 思わず見入ってしまうほどの、滑らかな曲線の動き。

 そうして彼は、その顔を床に向けたまま言葉を発した。


「――すみませんでした……」


 それはまごうことなき土下座だ。

 周囲に沈黙が流れる。


「許してください、私の知ってることはなんでも話します……!」


 ランパールの突然の謝罪。

 俺はどうしたらいいかわからず、しばらく唖然としてそれを見下ろしていたのだった……。



 * * *



「弱者が強者に頭を垂れるのは、当然のことだと思わないかね。うん?」


 奥の部屋へと案内された俺たちは、客間でお茶をご馳走になっていた。

 ちなみにお茶はキュエリが淹れてくれているので、薬が盛られるようなことはないだろう。


 対面に座っている老齢の男は、エルンへと視線を向ける。


「私の見た所によれば、キミを倒すにはこの館の戦力を集めても難しいだろうな。ならば頭を下げて自分の非を認めた方が合理的だ」

「だろうな」


 エルンはそう言いながら、出されたお茶に口を付ける。

 そして「にが」と感想を漏らした。


 ランパールはシワが深く刻まれた顔に笑みを浮かべる。


「さて、私は無益な争いをするつもりはない。逃げる時は全力で逃げるし、強い者には逆らわない。命乞いもする。それが冒険者をやって財を成した私の処世術だ」

「全然かっこよくない……」


 俺の言葉に、彼は頷いた。


「プライドで飯は食えん」


 そう言って彼は自らもそのお茶を口にする。


「さて色々思う所はあるかもしれないが、こちらはキミの条件を全面的に呑もう。非合法のマフィア達たち情報は渡す、取引もやめよう。その代わり、キミたちも金輪際こちらには干渉しない……どうかな?」


 俺は横に座ったミユサにチラリと目を向けた。

 すると彼女はテーブルに指を突き立てて、にっこりと笑う。


「――ええ。いいですよ。ただ、”コレ”はお断りするですが」


 ミユサはそう言うと、テーブルの上でパチンと指を鳴らした。

 するとそこに魔法陣が浮かび上がる。

 それがガラスの割れるという音を立てながら崩れ落ちた。


 ミユサはにっこりと微笑む。


「契約魔術を勝手に行使しようとするのは、足元をすくおうとしていると見られてもおかしくないことですが……」

「ハハハ、そんなことするわけ……ないじゃないか……。ちょっとしたアレだよ、アレ……ジョークというか……キミたちのことを試させてもらったのサ……本当だよ」


 ランパールはミユサの言葉に引きつった笑みを浮かべる。

 ……このオッサン、勝手に俺らとの約束を契約魔術で縛る気だったな?

 俺の視線にランパールは冷や汗をかきつつ、わざとらしい咳払いをした。


「ウォッホン! ……では取引は成立ということで。なに、今のはちょっとした保険だから。悪用する気などなかったからね。……許して? ね?」


 俺はそんなことをいけしゃあしゃあと言うジジイに、心の中で「よく言うぜ」と悪態を吐くのだった。

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