33 奴隷契約の呪い
「わたしは今、郊外のお屋敷でメイドをしているの。――奴隷としてね」
俺とミユサはギルドの片隅で、キュエリの話を聞いていた。
「あなたと別れた後……代わりにわたしたちのパーティは一人の錬金術師を加入させたわ。でもそれが間違いだった」
彼女は俺から視線をそらしてそう言った。
「Aランクの錬金術師で、シャロンと名乗ってた。Aランクの冒険者がわたしたちのパーティに入ってくれるなんて……と喜んだまでは良かったんだけど」
言いづらそうに彼女は口ごもる。
「……わたしたちは、騙されたの。こっちに来てすぐに奴隷契約の魔術をムリヤリかけられて。抵抗したんだけど、仲間を人質に取られてどうしようもなかったの……」
奴隷契約の魔術は本来本人の承諾が必要になるが、強制的に契約を迫ることもできる。
実力不足で連れて来られた大陸で追い詰められた彼女たちは、それを契約してしまったのだろう。
彼女は言葉を続ける。
「他の二人はどうなったかわからない。……でもできるなら二人を助けたいの。わたしのことはどうなってもいいから」
そう言って彼女は俺へと目を向けた。
俺は頭を掻きつつ、それに答える。
「……それで俺が、お前の言う事を聞いてやると思ってんのか?」
俺がそう言うと、隣にいたミユサも声をあげた。
「そうですよ! 旦那様はあなたに酷いことをされたというのに、わざわざ時間を割くなどお思いですか!?」
俺たちの言葉に、キュエリはうつむく。
「……そうよね。都合の良い話よね。でも、わたしには頼るものがなくて……こうして主人の命令を無視して寄り道をしているだけでも、奴隷契約の呪いで痛みが走るようになっているの」
そう言って彼女は自身の両腕の袖をめくった。
そこにはミミズ腫れのような刻印が何本も浮かび上がっている。
俺はその痛々しさに、思わず目をそらしてしまった。
「……俺には関係ないことだな。散々人のこと虐げといて、そうやって自分の都合が悪くなったら、助けてくださいってお願いするのか? それは都合が良すぎるんじゃないか?」
俺の言葉に、キュエリは口を結ぶ。
だが彼女は地面に膝を着くと、俺に懇願するように頭を下げた。
「お願いします。何でもします。他に頼れる人がいないの。もし知らない人に知られて密告されたら、きっとわたしは殺される。だから――」
「……俺なら密告するような度胸はないってことか?」
「……いいえ。あなたは誠実だった。わたしが間違ってたの。あのとき、冒険が上手くいかなくてムシャクシャしてたのをあなたにぶつけてた。今では後悔してるの、だから……」
俺は彼女の涙ながらの言葉を聞いてため息をつく。
……まあシーブルムのかけた呪いのせいでもあったんだろう。
とはいえ。
「俺は許すつもりはないよ」
彼女に向かってきっぱりとそう言った。
キュエリは俺の言葉に、より一層顔を青ざめさせる。
俺はそんな彼女が見てられなくて、彼女から視線を外して明後日の方向を向いた。
「……だが、今の俺は保安官だ」
俺はそう言ってため息をついた。
「俺を理不尽に虐げたお前のことは許さないでおくし、貸しにしておく。……だけどそれはそれとして、お前の訴えは聞いてやる」
キュエリは俺の言葉に顔を上げた。
「その代わりお前には可能な限り事件を大々的にギルドに報告してもらうからな。そうして俺たちのパーティの評価を上げてもらう。そうすれば俺たちは大手を振って冒険に出られるようになるんだ。つまりこれは――」
俺は口の端を吊り上げて笑った。
「――取引だ。ただの親切じゃないし、俺を虐げたヤツに無条件で優しくしてやるほど俺は優しくない。だが、利用できるとなれば話は別だ。お前は昔俺にしたことを悔いて、俺たちに尽くせ」
正直言って俺のパーティは他の三人が強すぎて、未だに俺がお荷物で足を引っ張っているという自覚はある。
だからたとえ非道であれなんであれ、俺が使えるものは使わせてもらう。
そうしてパーティに貢献することで、バランスが取れるはずだ。
そんな俺の思惑に、キュエリは再び下げた。
「ありがとう……! ありがとうございます……! 絶対に恩は返すから……!」
「恩を返すだけじゃなくて、俺を追い出したときの償いもしてくれていいんだぞ」
「……うん、きっとそれも……いや、必ずする」
キュエリは涙ながらにそう言った。
だがすぐに、その表情を歪める。
「うぐっ!? ……ごめんなさい、今はもう呪いが限界みたい……」
彼女がうめき声をあげる。
見れば、その腕から血が滲んできていた。
どうやら奴隷契約の呪いがその体を蝕んでいるらしい。
「わたしは町外れのお屋敷にいるから、今度会ったときにでもまた続きを――」
「――奴隷契約の”呪い”、だったな」
彼女の言葉をさえぎって、俺はミユサに視線を向ける。
「ミユサ、頼めるか?」
「了解です、旦那様」
彼女は頷くと、キュエリの腕を掴む。
「お優しい旦那様に感謝するですよ。……あ、思ったより古典的な術式ですね。簡単に解除できるですよ。えい」
パキン、と音がしたかと思うと、キュエリの腕から一瞬で赤い線が消え失せた。
「終わったです」
ミユサが手を放すと、痛みが引いたであろうキュエリは自身の腕を見つめた。
「……へ?」
自体を理解できず、彼女は手を握ったり開いたりする。
「……へ???」
こちらの顔を見つつ首を傾げる彼女の様子に、俺は苦笑した。
「じゃ、詳しく話してくれ」
未だ事態を飲み込めない彼女に、俺はそう言って話を促した。




