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32 ヒステリックガール

 ――あれは今から二年ほど前の事だ。


「ちょっと! あんた何してんの!?」

「な、何って……」

「あたしの剣に触らないで!」


 それはパーティで宿に泊まったときだったと思う。

 当時同じパーティだった金髪の剣士キュエリは、一方的に俺を罵倒するとその手に持っていた剣をひったくるように奪い取った。

 たしかにそれは彼女の剣である。

 だが俺がそれを持っているのには理由があった。


「元はといえばお前が忘れていったから……!」

「誰が持ってきてって頼んだのよ!?」


 俺の言葉に彼女は顔をしかめてそう吐き捨てる。


「気持ち悪いわね……! 本当最悪」

「ああ、そうかい……」


 俺は湧き上がる怒りを我慢して抑え込んだ。

 ……パーティの中で一番お荷物なのは自分だと自覚していたから、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかなかったのだ。


「二度と触らないでよね。わたしの周囲にも近寄らないで」

「……言われなくても」


 まるで汚物を見るような目をこちらに向けるキュエリに、俺は怒りをこらえつつ頬をひくつかせた。

 ……俺、なんかしたか?


 ちなみに他のパーティメンバーはキュエリに強く言えないようで、パーティは彼女の独裁のような状態だった。

 実際彼女はパーティの戦力の(かなめ)だし、彼女の言うことに逆らえなかったのは仕方のないことだろう。


 そんな中で唯一の男であり、()つパーティで最弱だった俺は理不尽に責められ続けた。


 キュエリが俺を早々に追い出さなかったのは、おそらくギルドからの紹介だった為に後々の評判を考えたせいだろう。

 俺は俺で、すでにいくつものパーティをクビになっていた為、少しでも経験と実績を積みたくてクビにならないよう必死になっていた。




 そしてそれから数日後、モンスター相手の戦闘中に彼女が攻撃を空振りしたときも、彼女はその後のミーティングで俺に因縁を付けてきていた。


「あんたさっきわたしのこと笑ったでしょ」

「笑ってない。さっきのは励ます為に声をかけようとして……」

「ふざけないで気持ち悪い! ヘラヘラ笑ってわたしのことバカにしてんの!?」


 ……お前が機嫌が悪くなるのわかってるから声かけてたんだろうが!

 パーティ全体が険悪になるんだよ!


 俺はそんな理不尽な仕打ちをいくつも受けながらも、彼女の嫌がらせに耐え続けたのだった。



 だが最後にはとつぜん彼女から「もう二度と目の前に姿を見せないで!」と一方的に言われて、パーティ関係を解消される運命となる。

 結局、その理由は今となってもわからない。


 しかしそのとき、内心俺はパーティをクビになって少し安心したのだった――。



 * * *



 そんな高慢な女剣士キュエリが今、俺の前に立っていた。

 以前と変わらぬ金髪と耳飾りに、すっかり剣士だった面影がないそのメイド姿。

 そしてその顔には、以前は浮かべなかったような怯えた表情を張り付かせていた。


 彼女は口を開く。


「やだ……! 見ないで……!」


 彼女は自身の顔を手で押さえる。

 ……以前だったら「気持ち悪い!」とヒステリックに怒鳴ってきたのだろうが、今はそんなことはない。

 むしろ彼女が俺に抱いている感情は……恐怖だろうか。


 俺は内心、戸惑っていた。


 ――正直に言おう。

 彼女は俺がいつか復讐したいリストの中では結構上位に入るほどに恨んでいた相手だ。

 俺がミスをして怒られるならまだしも、彼女はとくに理由もなく俺に怒鳴り散らしていた。

 だからこそ俺はいつか復讐してやりたいと考えていたし、どんな復讐をしてやろうかと考えたこともある。


 ……なのに。

 こうして再開した途端いきなり俺を怖がられては調子が狂ってしまう。

 俺はいつも通り、高慢で無礼なこの女に中指を突き立てて復讐したかったんだ……。

 今の彼女の姿は、あまりにも哀れだった。


 俺は少し迷った後で、目をそらした。


「……なんだよ。見てねぇよ」


 俺は自身の気持ちを抑え込む。

 今ここで騒ぎを起こすわけにもいかないし、もうお互い関わらない方がいいのかもしれない。

 ……見るなと言うなら、見なかったことにしよう。


「じゃあな」


 俺はそう言って、その場から立ち去ろうとする。

 だがそれを引き留めたのは、他ならぬキュエリだった。


「……ま、待って!」


 彼女は俺の服の裾をつかむ。

 俺はそれに振り返りながら、彼女に悪態をついた。


「……なんだよ。……今のはお前から触ったんだからな。前みたく怒るんじゃねーぞ」

「あ……う……! ごめん……なさい……」


 彼女は俺の言葉に、うつむいて謝った。

 ……人格変わってないか、コイツ?

 パーティを組んでいたときの彼女だったら、何があっても俺に謝るなんて絶対しなかったのに。


 彼女は怯えながらも、意を決したようにまっすぐとこちらを見つめてきた。


「あなた……保安官(シェリフ)なのよね……?」


 彼女は俺の胸元に付いたバッチを見る。

 隠しても仕方ないので、俺は頷いた。


「……ああ」

「――じゃあ!」


 キュエリはぐいっと俺の胸元を掴んで引き寄せる。


「わたしを……助けなさい……!」

「……はぁ!?」


 鬼気(きき)(せま)形相(ぎょうそう)で彼女はそう言い放つ。

 ――それが人に物を頼む態度なのか!?


 だが俺が言い返す間もなく、彼女はその目から涙をこぼした。


「……助けて」


 ぽろぽろと彼女は涙を流す。


「お願い……! 助けて……助けてください……! なんでもします……! だから……!」

「お、おい……」


 床に崩れ落ちて泣き出す彼女。

 ……これじゃあまるで俺が泣かしたみたいじゃないか!?


「――旦那様」

「ひっ」


 後ろからミユサの声がかかって、俺は背筋を跳ねさせた。


 ヘタな返答をすれば、俺の命は消えるかもしれない。

 俺は冷や汗が背筋を流れるのを感じつつ、キュエリの事情を聞くのとミユサの説得、どちらを優先すべきかを考えていた。


 ……まあ最終的にはどちらもしなくちゃいけない事なんだけども。

 俺はため息をつきながら、二人の少女へ交互に視線を送るのだった。

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