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30 暴徒鎮圧

「てめぇ! どこの組のもんだ!」


 大剣を持った大男が、リュッカに向けて剣を振りかぶりながらそう言った。

 しかしリュッカは後ろに一歩引いて、それをなんなくかわす。


「どこの組かって言ったら……シンくんのチームだから、ノクス組とかになるんスかね?」

「さらっと俺を巻き込むのやめてくれない!?!?!?」


 俺の叫びをよそに、リュッカは剣を大ぶりに剣を構える。

 大剣の男は空振りした剣を持ち直すと、それを防ぐ為に横へと構えた。


 だがリュッカはそれに笑う。


刻印着火(イグニッション)――!」


 彼女が呟くと共に、その体の露出部に真っ赤な色の紋様が光り出す。

 そして彼女は剣を振り下ろした。


 瞬間、ガキンという鈍い音と共に、男が大剣ごと断ち切られる。

 折られた大剣を落としながら、顔の中心に真っ直ぐな傷を負った大男は気を失って倒れた。


「……これで二人。他の三人はどうします? できれば降伏しないでくれた方が、わたしは嬉しいんスけど」

「……じょ、冗談じゃねぇ! なんだこいつ!」


 怯えるようにそう言ったのはドクロマークの方のマフィアの最後の一人である、小太りの男だった。

 彼にしてみれば敵マフィア二人を前にして、仲間の二人が倒された状況である。

 3対2だった有利な形勢は逆転されたので、混乱するのも無理はないだろう。


 彼は慌ててリュッカに背中を向けるとそのまま路地裏に向かって走り出した。


「――こんなのやってられるか!」

「……同感だ」

「ひっ!?」


 彼は逃げよう駆けだした先に足をかけられて、盛大にすっ転ぶ。

 そこにはいうの間にか先回りしていたエルンが立っていた。


「ボクたちはどっちでもいいんだ。お前が死んでようが生きてようが。だから選ばせてやる。死にたいなら逃げろ。生きていたいならそのまま大人しくしてろ」

「ひ、ひぃ……!」


 男はエルンの言葉に戦意を喪失したのか、その場にひざまずく。


 そんなエルンとリュッカの活躍を見ながら、俺は一人胸をなで下ろしていた。

 ……あいつらに心配する必要はないか。

 船の上の戦いでもわかったが、あいつらはSランク冒険者なみの実力を持っている。

 ちょっとやそっとではピンチに陥るはずもなかった。


 残された二人の青い布を腕に巻いた男たちに向かって、リュッカは視線を向ける。


「――さあ、やり合いましょうか」


 リュッカの笑顔に気圧されて、男たちは腰が引けていた。


 そんなとき、俺の背後から声がした。


「おいてめぇら……何やってんだ」

「あ……兄貴っ!」


 青組のマフィアたちがそれに声をあげる。

 俺もそれに振り向くと、そこには巨体の男がいた。


「ああん……? ボリス組の奴らは片付けたのか? となるとそいつらは……」


 デルドアではほどではないが体格のいい男は、俺の胸に付けた星型のバッチを付けて笑った。


「なるほど、保安官(シェリフ)か。くっくっく……てめぇらギルドの連中ごときに苦戦してるってんじゃねぇだろうな」

「だ、だけどよ兄貴!」

「うるせぇ!」


 男は俺を挟んで、部下たちにすごんでみせた。


「ギルドなんかに勝てねぇようなら、そこで死ね」

「ひぃ……!」


 男の言葉に俺は少しいらだっていた。

 ……こいつ、マフィアとはいえ。


「てめぇの仲間じゃねぇのかよ」


 思わずそんな言葉が口を出てしまった。

 その男の目は……これまで俺を物扱いして追放してきたパーティのやつらに似ていたからだ。


 巨体の男は俺の言葉に目を細め、こちらを見下ろす。


「――ザコが生意気なこと言ってんじゃねぇ」


 そして背中に背負った剣を抜いた。

 ……あ、ヤバ。

 つい……。

 俺は右手を前に出して、男を制止しようとする。


「――いや、暴力はよくない。話し合おう」

「……ふざけてんじゃねぇぞ! ガキのケンカやってんじゃねぇんだよ!」


 当然のように男は剣を振り下ろす。

 ――死ぬ!


「――旦那様!」


 隣にいたミユサが俺を庇おうと前に出た。

 ――まずい!

 俺はミユサを突き飛ばす。


 ――すまんミユサ! だが……!


「追放しろ――!」


 俺は手の先に意識を向ける。

 昔少しだけ練習した、魔術を扱う初歩のやり方にそれは似ていた。


「――『鉄』!!」


 その大剣が振り下ろされる瞬間、俺は自分の手を刃に向けて突き出した。

 すると――。


「――なにぃっ!?」


 俺の手にそれが触れる前に、まるで水が蒸発するような音をたてて刃が崩れた(・・・・・)

 剣の()から先の刃が、砂鉄になってドボドボと崩れ落ちていく。


 おそらくこれまでの人生で経験した事がないであろう異常事態に、男はその動きを止めた。


 ――せ、成功した!

 死ぬかと思った!

 死ぬかと思ったよ!!!


 土壇場(どたんば)で成功した『鉄の追放』に、俺自身が一番驚いていた。


「――オマエ」


 俺に突き飛ばされたミユサがゆらりと立ち上がる。


「ミユサ! ケガは――」

「――旦那様に手を上げたな」


 ミユサはその鋭い眼光を男に向けた。

 ……ひぃ。俺もちょっとその表情は怖い……!


「その罪――」


 ミユサは男に向かって手を突き出す。

 するとその手の先から、一枚の人型の紙が男に向かって飛び出した。

 紙は男の腹部に張り付く。


「――万死に値する」


 ミユサはそう言って腕を真上にあげた。

 言葉と同時に男の体は空高くへと跳ね上がる。


「うおおおおおお!?」


 絶叫と共に男が打ち上げられ、それが豆粒ほど小さくなった所でミユサは腕を振り下ろした。


狼藉(ろうぜき)()いて死ね!」


 男がきりもみ回転しながら高速で地面へ向かって落ちてきていた。


「待てミユサ! 殺すな!」

「……っ!」


 ミユサは俺の言葉に従って、男が地面に激突する前に腕を曲げる。

 だが無情にも、男はそのまま地に叩き付けられ石畳を割った。


「……お……が……」


 白眼を剥いた男がうめき声を上げる。


「……旦那様の優しさに、感謝するです」


 ミユサはそう言って、げしげしと男を蹴った。

 ……ふぅ。

 あのまままともに叩き付けてたら間違いなく首の骨が折れてたぞ。


「さて、そっちは……」


 俺がリュッカの方に目をやると、青い布を巻いた二人は地面に平伏していた。


「すみませんでしたっ!」

「俺らが悪かったです!! 逆らいませんっ!」


 彼らは地面に頭を擦りつけんばかりの勢いで、許しを請うていた。


「……ええ~……。そんなぁ……」


 それに不満げな声を漏らすのはリュッカ。

 俺は戦えなくなって残念なリュッカとは対照的に、無事マフィアたちを鎮圧できたことに胸をなで下ろすのだった。

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