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28 優しい『追放』

「狭い……」


 俺が手配した宿の一室は、びっくりするほど狭かった。

 船の一等客室よりも狭い。

 さすがに船で最初に案内された船倉よりは広かったが、具体的に言うと四人で横に並んで寝たらいっぱいになるぐらいだ。


「素敵な部屋ですね! ミユサは気にしませんです!」

「フォローありがとう。でもムリがある」


 内装もボロいし、とてもいい部屋とは言えない。

 ……しかしこんな部屋に泊まらなくてはいけないのには、理由があった。


「くそ……この街、物価が高すぎるんだよな」


 ギルドでレンダーに注意は受けていたのだが、まさかこれほど高いとは思わなかった。

 具体的には本国の10倍ぐらい相場がインフレしている。


「こっちで仕事をし始めれば順応できるんだろうが……」


 少なくともしばらくはこの環境で暮らす必要がある。

 最悪、残り一本の☆5ポーションを売れば何とか飢えはしのげるはずだ。

 そんな俺にリュッカが笑う。


「こうなったら……ギャンブルッスね!」

「却下だ」


 この街は活気があり人が溢れている分、娯楽施設も繁盛しているようだ。

 だがギャンブルというのは必ず胴元が儲かるようにできている。

 余裕がないのに博打(ばくち)を打つのは自殺行為だった。


「とにかく、しばらくはここに泊まることになる。……一応俺も男なので配慮はする。要望があったら言ってくれ」


 そう言った俺にミユサが手をあげる。


「旦那様は私の横に寝ましょう!」

「お泊まり会のノリかよ」

「さらに同じ布団で寝ればスペースの節約に!」

「ミユサは俺と一番離れたところで寝ような。パーティ内の風紀に関わる」

「そんなー!!!」


 抗議の声を無視して、俺は部屋の隅に荷物を寄せた。

 ……ミユサの隣に寝ようものなら俺は一睡もできなそうである。


「まずは船旅で疲れた体を癒やして、明日に備えよう。……今日のギルド以上の戦いが待ち受けているかもしれんし」


 俺はそう言いながら、ベッドと言えないレベルの簡易的な布団マットの上に横になった。

 今日ギルドで巻き込まれた戦いは、苛烈(かれつ)なものだった。

 正直あんな戦いに毎日巻き込まれてたら生き残れる気がしない。


 ……だがようやく掴んだ冒険者への道だ。


「……明日から頑張ろう、みんな!」


 俺はそう言って三人へと声をかける。

 しかし返ってきたのは「……おー」というミユサの不満げな返事だけだった。

 エルンは既に寝ていたし、リュッカは短剣の手入れを始めている。


 ……不安だ。


 俺はそんな協調性のないパーティと共に、一夜を同じ部屋で過ごすのだった。




 * * *




 次の日。

 朝起きた俺たちは準備を整え、ギルドへと向かっていた。


 雲一つない空からの陽射しが降り注ぐ大通り。

 そんな街中を歩く中、俺は市場の道端に捨てられていた、ひからびた野菜クズを拾う。

 それを見たエルンが顔をしかめた。


「……いくらお金がないからって拾い食いするなよ」

「しねえよ! ちょっと試したい事があって拾っただけだ」


 俺は歩きながら、手の中の葉野菜の断片に意識を向けた。


「――『追放しろ、水分』!」


 俺の言葉と共に、野菜の葉っぱからじんわりと水分が放出される。

 まるで結露(けつろ)したように水分が滲み出ると同時に、その葉はカラカラに乾いていった。


 放出された水分をすぐに葉っぱが再吸収して、若干しんなりとしていく。


「ふーむ……。なかなか難しいな」


 眉間にしわを寄せる俺に、リュッカが首を傾げた。


「それがシンくんが目覚めたっていう能力ッスよね」

「ああ。船でスライムにも使った『追放』の力だ。昨日寝る前に虫とかを使っていろいろ試したんだが……」


 俺は野菜クズだった枯れ葉を土の上に(かえ)しつつ、実験の結果をまとめる。


「……どうやらこれは『生き物』には使うことができないみたいんだよな」


 実験結果を端的に言うと、そんな結果だった。

 俺の能力は、たとえば『虫から水分を全て放出させてカラカラにひからびさせて殺す』……みたいな使い方はできないらしい。

 使おうと念じてみても、まるで効果が出ないのである。


 ……正直、間違って人に使って殺人事件が起こったりしないのはありがたかった。


 だが同時に疑問が湧く。


「しかし効果範囲がわからん……。『生き物』ってなんなんだ? 何が生きてて生きていないんだ……? スライムは『魔法生物』なのに『生物』じゃないのか……? 生命とは……神秘とは……真理とは……世界とは……?」


 まさか錬金術の初歩にして大きな命題でもある『生命とは何か』について考えなくてはいけない時が来てしまうとは。

 ……とは言うものの、三流錬金術師である俺に生命の定義なんて難しい話がわかるわけがない。


 ――しばらくはこの能力、探り探り使っていくしかないかもしれないな。


 そう思っている俺の横で、ミユサが口を開いた。


「……おそらくですが、それは旦那様と相手の認識によるのかもしれないです」

「……俺と相手の……認識……?」

「はいです。(しゅ)はとかける側とかえられる側の相互の認識の力。お互いの認識が食い違うとき、認識の対立(コンフリクト)が起こるです」

「ん? えっと……ん? もうちょっとわかりやすく解説してくれ……」


 よくわからない。

 ミユサは俺の言葉に「んー……」と少し考えると、笑顔で続きを教えてくれた。


「つまり『旦那様が相手を生命と認識しているか』や『相手が抵抗しようとする意思を持っているか』……とかが影響してくるという事ですね」

「……俺が相手を『生きてる』と思ってたら効かない……みたいなことか?」

「はい。それは旦那様の能力なので、旦那様と同じく相手の命を奪うような残酷な能力にはならなかったということです。旦那様は優しいですから」

「それは……褒められてはいるんだろうが、使い勝手が悪いな」

「旦那様みたいですね!」

「一言余計だ!」


 ミユサ、俺のこと実は嫌ってないよな?


 ともかく、なかなか扱いづらい能力のようだ。

 『触れただけで敵を干からびさせる! 強い!』みたいな凶悪な使い方は、少なくともスライムのような存在以外には使えないらしい。


「……まあ追々使い道は考えるさ。少なくとも、☆5ポーションが作れるようになっただけでも十分に強い力だ」


 俺はそう言って笑った。


 こっちへ来る前にもう少し材料を調達して、ポーションを量産できていれば良かったのかもしれないが、時間がなかったので仕方ないだろう。

 しばらくしたら街の保安官の仕事で報酬も入るだろうし、そうすれば改めてポーションも――。



「――そこをどけ!」


 突然、男の叫び声とともに、隣にあった屋台が木っ端微塵(みじん)に吹き飛んだ。

 砂埃が上がったそちらを見ると、そこには昨日ギルドで会った受付――レンダーが、人相の悪い男を組み伏せている。

 彼はこちらに気付くと、笑顔を浮かべた。


「よう、たしか昨日の……名前はシン、だったか」

「は、はい。どうも。えーと……ご苦労様です」


 俺の言葉に彼は頷く。


「早速で悪いんだが緊急事態でな。街を縄張りにしたマフィア同士の抗争が起こってやがる。このままだと一般人にまで被害が及びかねん……手を貸してくれるか?」


 ――どうやらこの街では、のんきに事を構えているような時間はなさそうだった。


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