24 物質分離の追放術士
船の上を激しい熱風が包む。
そしてそれが晴れた時、後方にいたスライムの体の半分ほどが消失していた。
「水蒸気爆発か……」
水の塊に高音の炎がぶつかり、爆発が起こったようだ。
おかげでスライムの動きは鈍くなったようで、これで船は逃げられるかも――。
「――あ、あの」
「……ん」
見下ろすと、俺の下にはミユサの姿があった。
まるで押し倒すような体勢――というか真実俺はミユサを押し倒していた。
ミユサの顔が赤くなっていく。
「旦那様……その……」
「あ、ああすまん。今どくよ」
「いえ! このままでもいいんですが! わたしは一生ここのままでもいいです! むしろこのままがいい!」
「そうはいかないだろ」
船の甲板でいつまでも寝転がっていては荒波に飲まれる可能性もある。
俺は立ち上がって、ミユサの手を取った。
「ほら、立てるか」
「……はい」
ミユサはどこか心ここにあらずといった表情で立ち上がりながら、俺に抱きついてくる。
「……ああっ、足がー」
「ミユサ、そういうのは後で頼む」
俺は彼女の肩を押さえて一人で立たせると、ミユサは少しだけ頬を膨らませた。
スライムが完全に消失したわけでもないし、ミユサの感触は柔らかかったが、とても残念だが、本当に残念だが……それでも今はそんなことをしている場合ではない。
……あとパーティメンバーとは恋愛関係にはなってはいけないので、変なフラグをこれ以上立てるわけにもいかないのだ。
俺はそう思いつつ、船長の姿を探して周りを見回す。
このぐらい離れれば、スライムから逃げられるのでは――。
……そう思った瞬間、船の正面の海面が盛り上がった。
「な、なんだ!? まさか……!」
思わず声を漏らす。
それは波をかきわけて、どんどんと大きくなっていく。
「もう一匹のスライム……!?」
「――いえ、もう一匹というよりは……」
ミユサがつぶやく。
船の正面には、後ろに現れたスライムの三倍以上の大きさのスライムが出現した。
「同一の個体です。後ろのが追い込む為に伸ばした触手みたいです」
ミユサの言葉に俺は自身の顔が引きつるのがわかった。
つまりヤツは最初から自分の体を伸ばして、俺たちを追い込もうとしていたわけだ。
……自分の本体の元へ。
「くそ! 面舵いっぱい!」
船長が指示を出す。
だが間に合いそうな距離と速度ではなかった。
――このままでは正面からスライムに衝突し、呑み込まれる!
「……み、ミユサ! 何か強力な魔法とか使えないか……?」
「あるにはあるのですが……この場で使うともれなく船ごとやっちゃうかもです」
「だよな……。あんな巨大質量を何とかできる攻撃をしたら、周りも無事ではいられない……」
そんな会話をしているうちにも、眼前には巨大なスライムが迫る。
「……旦那様!」
「どうした! 何か名案でも思いついたか!?」
「死んでも一緒にいられるように、手を繋いでおかないです?」
「即座に諦めるな!」
「そうは言ってもですね……」
ミユサは口を尖らせる。
「わたしの魔法ではどうにかなりそうにないですし、エルンちゃんの暗殺術でどうにかできるとも思わないです。なら来世の事を考えた方が建設的だと思うのです」
「現実逃避を建設的とは言わん!」
……とはいえ、ミユサの言っていることも事実だ。
たとえリュッカが以前見せてくれた魔法の刻印の力でも、こんな巨大なスライムどうにかできそうにはない。
「俺たちのパーティじゃ勝てないのか……!?」
思わずそんな弱音が漏れる。
だがその瞬間、俺は気付いた。
――諦めるな。
――俺たちのパーティじゃ勝てないのか。
どちらも俺が言った言葉だ。
だが俺は一つ見落としていた。
……そうだ。
このパーティはミユサとエルンとリュッカの三人パーティじゃないんだ。
俺は――俺が何もできないと諦めていた。
俺は思考を切り替える。
――俺は今までの俺とは違う。
俺は既に冒険者で――このパーティの一員なんだ!
「……リュッカ!」
「はいはい、どうしたッスか? ミユサちゃんじゃなくてわたしをご指名ッスか?」
「……ああ、そうだ」
俺の言葉にミユサが「ええ!?」と声をあげる。
リュッカは目を細めて、いぶかしげな顔をした。
そしてすぐに笑う。
「ははぁん、何か思いついたんスね」
「ああ。……俺をアイツにぶつけてくれ。思いっきりでいい」
そう言って俺は正面のスライムを指差す。
――俺の考えがもしも当たったら。
「了解ッス!」
リュッカはそう言うと、瞬時に俺の足首を掴んだ。
「よしそれじゃあリュッカたの――うおおぉおおおお!?」
リュッカが俺の足首を持ち上げて、そのまま俺を振り回す。
遠心力で俺の頭に力がかかった。
「おおおおおおおおい! いきなりお前心の準備がああああぁぁぁ」
「時間ないッスからねっ! いくッスよ! せーのっ!」
「うわあああああぁぁぁ!!」
――両足抱え大回転。
まるで俺を物のように扱いながら、リュッカは俺を放り投げた。
「うああああああああ!」
俺はたまらず叫ぶ。
まるで空を飛ぶようにして、まっすぐと俺はスライムに投擲された。
怖い怖い怖い!
着地も上手く出来ないだろうし、俺はここで死ぬに違いない!
――でも!!
「――『追放』しろ……!」
――相打ちになってでも、あの三人は助けてみせる!
「『水分』!!」
俺は巨大なスライムに手を触れる。
すると手元から魔力の光が溢れ、スライムの体内に大きな泡が発生した。
俺の体が呑み込まれる。
――ダメか!
息ができなくなったその瞬間――スライムの体が破裂した。




