19 船上の決闘
「……はっ! ち、力比べ? そんな野蛮な事、俺がやるわけないだろ……バカバカしい」
シーブルムはそう言って視線を逸らす。
……コイツと同じ意見になるのは悔しいが、たしかにここで腕相撲で争ったところでアイツをぶちのめせるわけじゃない。
それよりも、俺は船長に聞く事があった。
「……それより船長。部屋についてなんだが、変えてくれないか。あそこの隙間に四人で寝るのは不可能だ」
「他に空き部屋なんてねぇ」
「そこをなんとか……。さすがにあんなぎゅうぎゅう詰めの場所で三日間も過ごしたらどうにかなっちまう」
主に俺の精神が、だが……。
そんな俺たちの会話を聞いていたシーブルムが口を挟んだ。
「……へえ、なんだ部屋が狭くて困ってるのか」
「お前には関係ないだろ」
「いやいや、それなら僕の部屋と交換してやってもいいと思ってね」
「……何?」
俺が振り向くと、シーブルムは笑っていた。
「ただし、勝負に勝てたらだ。お前が負けたら冒険者を諦めて泳いで帰るんだな。二度と俺の前に姿を現さない事……それが条件だ」
「……そんな条件、呑めるか。第一――」
「――呑んでもいいッスよ。その条件」
後ろから声がした。
振り返ると、そこには笑顔のリュッカがいた。
どうやら船室からついて来ていたらしい。
「ただし、相手をするのはわたしッス。どうスか?」
「おいリュッカ、こんなヤツの挑発に乗る必要は――」
止めようとする俺に、シーブルムは笑った。
「……いいだろう。元からこっちも俺ではなく、パーティメンバーにやらせる予定だ。残念だが俺は頭脳労働が専門でね。こういうのはもっと相応しいヤツがいる」
「お前、さては俺が話に乗ったらそう言って別のヤツをけしかけるつもりだったな……?」
「何のことかわからんなぁ!」
そう言ってシーブルムは笑う。
本当に小ずるいヤツだな……。
シーブルムは自信たっぷりの表情で声をあげる。
「おい! デルドア! デルドアはどこだ!」
「――おお、なんだぁ」
シーブルムの声に反応して、船首の方から低い声がした。
声の主はゆっくりと立ち上がると、のっしのっしとこちらへ歩いてくる。
筋肉が膨張したような大きな体格に、巨大な身長。
2メートル……いや3メートル近い巨躯の男がそこにはいた。
「おおデルドア! よく来てくれたな」
「……卑怯だろ! お前!!」
俺は思わずそれを指差す。
その体格は普通の人間とは思えない。
俺の言葉にシーブルムは笑った。
「ハハハハ! 俺のパーティメンバーに文句でもあるのか? デルドアはトロールの血を引くという一族の末裔でな! ウスノロではあるが、その力は絶大だ!」
デルドアと呼ばれた男はこちらを見下ろす。
……骨格からして違う。
こんなの普通の人間が力比べをして勝てるわけない。
シーブルムが勝ち誇ったように言った。
「なんだ怖じ気づいたのか? ……ならまあ、ここから海を泳いで帰れとまでは言わないけどさぁ。二度と俺の前に現れて生意気な事を言ったりしないのであれば、許してやるよ」
そう言ったシーブルムに言い返したのは、リュッカだった。
「――そんなもんでいいんですか?」
「……は?」
彼女はドン、と樽の上に右手の肘を置く。
「負けたらシンくんが一人泳いで帰る――それだけじゃあヌルくないッスかね」
リュッカはそう言って笑みを浮かべる。
……モーモン相手に啖呵を切ったリュッカの姿を思い出した。
「ついでに私の命も賭けます。わたしが負けたら、好きにしていいッスよ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「い、命……?」
「はい。――代わりにあなたは何を賭けてくれますか?」
リュッカの言葉にシーブルムの顔から血の気が引く。
彼は目を泳がせながら、「冗談だろ……?」というような表情で俺の方を見た。
……残念ながら、リュッカは本気である。
彼女が負けたら死ぬつもりなのは、先日のポーションの一件からもわかる。
……さりげなく俺が泳いで帰るのを確定するのはやめて欲しい気もするが!
そんなリュッカの言葉に、巨体のデルドアが笑った。
「……おもしろ。オレもやる。命を、賭けるぞ」
「お、おいデルドア、そんなことは――」
止めようとするシーブルムにリュッカが笑う。
「――グッド。いいッスね、ひりついてきた」
心底楽しそうに彼女は笑った。




