16 渡航の条件
「……シンさんの冒険者ランクの更新に伴って、特例ですが新大陸への渡航を条件付きで許可するとのことです」
「――ほ、本当ですか!?」
何か俺たちで受けられる依頼は何かとギルドの受付に相談しに行った俺は、受付のお姉さんにそう言われて驚きの声をあげた。
お姉さんは人差し指で「しーっ」と静かにするように、というジェスチャーをする。
「誰にでも許可を出せるわけではありませんので、他の人には秘密ですよ」
「は、はいすみません……」
謝る俺に、お姉さんは説明を続けてくれる。
「本来はルール上、パーティ平均がBランク以上でないと渡航許可は出せません。リュッカさんとエルンさんはAランク、シンさんとミユサさんのお二方はEランクなのですが……」
お姉さんは前髪の間から、チラリとこちらの顔を覗き見る。
「シンさんは☆5ポーションを納品されました。それの正式な鑑定結果はまだですし、ギルドとしてはシンさんが☆5ポーションを作れる錬金術師と正式に認定できるわけでもありません。ですが、現段階の『貴重品の納品』という功績を持って、シンさんはCランク相当の冒険者であると判断します」
「俺が……いきなりCランク……!?」
「……それにシンさんが罪を犯すような方でない事は、これまでの三年間の実績が証明していますよ」
そう言って彼女は優しい笑みを浮かべた。
……俺は彼女の言葉に少しだけ感動する。
俺はこの三年間ずっと誰にも評価されないと思っていたが、その頑張りを見ていてくれた人がいたのだ。
彼女は笑って話を続ける。
「それにミユサさんの噂はギルドの方でも把握していますし、無償で街の人々の悩みを解決したりもしているそうですね。お仕事ではないので、ギルドの方の記録には残っていないのですが」
「ミユサがそんな事を……?」
「はい。そこで前々からシンさんが渡航を希望していたのはギルドの方でも知っていましたので、お節介かと思いましたが渡航許可の検討を進めていたんです」
「お、お節介だなんてとんでもない! 嬉しいです!」
「……いえいえ。これまでシンさんが異常にパーティを追放されていたのは、こちらの斡旋に問題があるのではないかと職員一同ずっと不思議に思っていたので……」
……たしかに100回も追放された冒険者なんて、俺以外にいないだろう。
ギルドとしてもそれを不審に思っていたはずだ。
受付のお姉さんはにっこりと笑う。
「何はともあれ、パーティ結成おめでとうございます。ギルドとしても応援させていただきますね」
「……はい! ありがとうございます!」
俺は頭を下げる。
ギルドは三年間、呪いのせいで追放されまくる俺のことを見捨てず、格安の寮や仕事を与えてくれた。
俺はその恩に報いたいとも思う。
お姉さんは俺の様子に「いえいえ」と手を振りつつ、説明を続ける。
「ただし平均ランクが足りていないのはたしかです。その為、まずは『特別就労許可』での渡航許可となります」
「特別就労……ってなんすか?」
「新大陸へ渡ることは許可しますが、自由な探索や冒険は許可できません。あちらの拠点となる港町――『オーリンズ』の街から出ることは基本的にできなくなります。違反しても罰則はないのですが、宝を持ち帰ったとしても没収されることになりますのでお気を付けください」
「そ、そんな……! それじゃあ大陸に渡る意味がない。俺たちにあっちでずっとバイトでもしてろって言うんですか?」
「いえいえ、もちろん違います」
お姉さんは苦笑する。
「街を出られるのは依頼の時のみ……つまり国からの依頼を受ける冒険者のような形になってもらうのです。もちろん実績を積めば、自由に活動できる許可も出せます。報酬も決して低くはありませんし、嫌な依頼は断っても大丈夫です。割に合わないと思ったら、こっちに戻ってきて今まで通りギルドで依頼をこなす事もできますしね」
お姉さんは『特別就労許可』について説明をしてくれる。
……まとめると、「港街を拠点にして国の依頼を受けてね」ということか。
話だけ聞くと悪いものでもないように思える。
……だが、100回の追放パーティの中で何度も仲間に騙された俺は相手がギルドと言えどそうそう信用することはできない。
「……たしかに俺らにとってそれは嬉しい事のように思える。だけどギルドにメリットはあるんですか、それ?」
メリットがなければギルドとしても提案はしないはずだ。
せっかく良くしてくれているギルドを疑うのはよくないかもしれないが、俺の選択には他三人のパーティメンバーの運命がかかっている。
……これまでと違って、俺はより慎重に行動しなくちゃいけないんだ。
受付のお姉さんは俺の言葉に真剣な表情をして答えてくれる。
「はい。まずは治安維持などを担当する方の人手不足があります。あちらの大陸に送り込める人員となると、ある程度の実力が必要になります。しかしそんな実力を持った方は、冒険者となって遠方へ探索に出かけます。なので港町はどんどん活気が出て人が多くなっていくのに、街の平和を守るような人手は少ないままなんです。結果、治安の悪化が起こっています」
「……猫の手も借りたい、ってことですか」
「そうとも言えますね。ですが名声がまだ少ないのに実力があるシンさんたちのパーティは、適任であるとも思うのです」
お姉さんは笑う。
「それにシンさんたちはパーティを組んでまだ二日目。連携も上手く取れない状態で新大陸で無茶をすれば、それは死に直結します。ギルドとしてもまずは街周辺で経験を積んで欲しい……死んで欲しくないと思っているのです」
お姉さんの表情には少しだけ悲しみの色が見えた。
冒険者が帰ってこなかったとき、悲しむのはその家族や友人だけでなく、送り出したギルドの職員の人たちも一緒なのだろう。
彼女の言葉に俺は頷く。
「……わかりました。こっちで仕事をしようにも依頼も少ないですし、ここで足踏みするよりなら大陸に渡って仕事したいと思います」
「ですね。昨日、ほとんどの依頼はエルンさんが一人で解決してしまいましたし……」
……エルンのやつ、嘘でもパーティみんなで解決したと言ってくれればいいものを。
まあエルンにそんな交渉ができるようなら、最初からアイツは孤立していなかったんだろうが。
受付のお姉さんは、一枚の羊皮紙を差し出した。
「こちら特別渡航許可証になります。これを持っていれば船に乗れますし、あちらでも仕事を優先的に受けられますよ」
「……はい。たしかに」
俺はそう言ってそれを受け取ろうとする。
するとその手をお姉さんの手が捕まえた。
「シンさん」
「……え? な、なんですか?」
なぜ突然俺の手を握って……?
まさかお姉さん、もしかして俺の事を好きだったとか――!
「銀貨3枚になります」
「金取るのかよ!!」
俺の言葉にお姉さんは「羊皮紙代と別途発行手数料がかかりますので」と営業スマイルを向けた。
……お役所仕事だ。
俺はため息をつきつつも、財布から銀貨を出してお姉さんに支払う。
……これで大陸に渡れるなら、安いものだろう。
「毎度ありがとうございます! ……良い旅を!」
そうして俺は、大陸へ渡る権利を手に入れたのだった。




