しかし、大切なのは未来を今が、今が過去を変えることが出来るという事実に気が付くこと
鞄に剣を入れると夢遊病者のように公園から出た。
頭の奥では声が響いていた。
正しいとは何かを理解しないと正しいことなど出来ない。
正しいとは、自分の都合、自分にとって正しいということ。
神の正しいとは、神のために、神にとって正しいということ。
一なる神が一つでないから争いがおこる。
本当は一なのに名前が違うから誤解を招く。
名前とは思いを縛るもの。
否と観ずが争い、浄化される。
お互いが、お互いを尊敬し愛していれば、栄光が生まれる。
理性を失わないために、憐れみが必要。
なぜなら、人は自分が正しいと思うように出来ている。
つまり、相手も自分が正しいと思っている。
だから、心の構造上、相手は間違っているけど、気付いてないから教えてあげようという気持ちを持てないと、俺が正しいのに、俺より馬鹿なのに、俺を馬鹿にしているという感情が、勝利の力である情念や生命保存欲求がわき上がり、負の感情を言葉にしてしまう。
自分が間違うということを理解しているから、相手が間違うということも、相手が正しいことを教えてくれることも理解している。
「ありがたい」
だから、感謝して相手の費やした時間と思いを受け止める。
人は、歪曲する。
素直な心なら、光は、真っ直ぐに反射して心に響く。
でも素直さを忘れると、曲がった光は乱反射を起こす。
乱反射した光は、白く見える。
でも、光は透明。白い光を見ている人は、誤解している。
過去は今に、今は未来に繋がっている。このことは誰でも知っているし、自覚していること。
しかし、大切なのは未来を今が、今が過去を変えることが出来るという事実に気が付くこと。
何度も聞いた音のつながりを耳にしながらぼくは広い通りに向かう暗がりの中を歩いた。




