古の教えは語る
矢が無くても弓に弦が張ってあれば響かせることで退魔出来ると古の教えは語る、九が黒なら矢は要らないと。
次元の異なることを知れば色は式であることを認められる。
白は黒と対なり、青は赤と対なる。
白と黒の間に灰があり、青と赤の間に紫がある。
数は語る、白は一。
黒は三。
灰は二。
青は四。
赤は五。
紫は九。
気づくこと、灰は引かれて求められ、紫は足して与えられる。
例えば、誰かを自分の思うままに操りたいと思うとしてその方法は二つある。
気づかれて操るか。
気づかれずに操るか。
誰かを動物と変えるとよくわかりやすいから誰かを這うに進んだ生き物として蛇と変える。
では蛇をどうやって操るか。
危険にして、危険を回避させる方向に誘導することで操るという方法と、操りたい方向に餌を置いて蛇が進んでそちらに向かうように仕向けるという方法がある。
餌には耳があるつまり闇の領域を操る方法には光はない。
なぜなら音が便りだから。
愚かな人は目が開いていない。
つまり闇に住んでいる。
のに耳がない人。
そんな人は困る人。
どうして困るのか、体の口に従うから。
これはつまり動物と同じで本能に従って生きているということ。
考えない、思わない、感じない、こんな人は不感症と同じで行為自体が楽しめない。
なぜなら気持ちがよくないから。感度が悪いと感動出来ない。
梯子を登るのは大変だから階段を登った方がいいのだけど感謝が出来ない人は階段を見つけることが出来ない。




