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傲慢(ステラ王女視点)



『綺麗に着飾り、笑顔を振り撒くのがお前の仕事よ』

 第二側室である母は、ステラにそう言い聞かせた。




「ふぅん、まぁまぁの顔ね……」

 父である国王から嫁ぎ先だと渡された釣書には、隣国ヴァルテンベルク王国の第二王子であるエメラルド・ヴァルテンベルクの名が記載されていた。一緒に渡された姿絵には、ヴァルテンベルク王家特有の金髪碧眼の美男子が描かれている。

 美形が多いという噂の通り、ステラの御眼鏡に適う男前だ。しかも相手は近隣で一番の大国であるヴァルテンベルク王家。おそらくこれ以上の相手は今後現れないだろう。

「本当は王太子が良かったけれど、こればかりは仕方ないわね……」

 隣国の王太子は必ず自国から伴侶を選ぶことになっているそうで、それが叶えられないのはステラも理解していた。

 だが、自分の一つ上である第二王女が他国の皇太子に嫁いでいるため、内心では悔しくて仕方がない。仲の良くない姉よりも良い条件の男へと嫁ぎたいと思ってしまう。

 姉の夫よりもエメラルド王子が勝っているのは、顔くらいのものだ。

「ねぇ、本当に王子はこの顔だと思う?」

 傍にいた侍女に愚痴めいたことを言えば、彼女は小さく首を傾げる。

「姿絵は実物の二割り増しと言います。それを考慮してもエメラルド殿下は大層な美丈夫だと思いますが……」

「そうよね」

 顔に対して不満は特にない。

 だが、美形の兄達を見慣れているせいか、大した新鮮味もなかった。

 正直に言えば、全くときめかないのである。

「……つまらないわね」

 先日読んだ恋物語を思い出し、ステラは不満げに釣書をテーブルへと置いた。

 物語の主人公は、遠い異国の地で夫である皇帝に愛されて幸せそうだった。

 それを思い出せば、全てにおいてエメラルド王子が色褪せて見える。

 もっと、物語のように燃えるような恋がしたい。

 王族であろうと、ステラであればそれは叶うはずだ。 

「そうだわ!こっそりと殿下に会いに行きましょう!」

「姫様…」

「そこで偶然を装って運命的な出会いをするの!素敵だわ!」

 平民に変装した姫と、それを知らずに恋に落ちる王子。

 政略結婚の姫と恋した少女との愛に苦悩する王子だが、やがてその少女が自分の婚約者であると知るのだ。

「あぁ…、最高だわ!」

 自分の愛した平民の少女が実は婚約者の姫だったと知った時、彼はステラをこの上もなく溺愛してくれるだろう。

「うふふ…、早速お母様にお願いしなくちゃ…」

 婚約者の国のことを勉強したい。

 その国に暮らしている人達のことを理解したい。

 そう母に願い出たステラ。

 我が侭放題だった娘の珍しく真摯な願いを受け、母は一週間という期限付きでステラのお忍び旅行を許可してくれた。

 そしてそれがステラを運命の恋へと導いていくのだ。





「ミレーユとかいう女、そんなに私に似ているのかしら?」

 ヴァルテンベルクの王都へと無事にやってきたステラ。

 早速宿を取り、エメラルド殿下とどうやって接触を図ろうかと悩んでいると、出掛けた先々でミレーユと声を掛けられた。

「どうやら、ミレーユ・トラーノという女のようですね」

 平民として潜り込むため、ステラはかなり地味な格好と化粧を施していた。

 だが、その格好がどうやらミレーユという名の女と似ているらしく、行く先々で不躾な視線に晒されるのだ。しかも余り好意的とは思えない視線が多い。

 侍従達に調べさせたところ、どうやらその女、大きな商会の娘から結婚式の三日前に男を寝取ったというのだ。

「あらっ、やるじゃないの」

 そんな女に似ていると言われるのは面白くなかったが、好きな男を自分に振り向かせる気概は嫌いではない。

 ましてや自分と似ているということはそれなりに美しいという事だ。男が心変わりしても仕方ない気がした。

「寝取られた女の顔が見たいわね」

 愛憎渦巻くステラ好みの恋物語。

 その登場人物を見てみようと思ったのは単なる好奇心だった。

 ミレーユと間違われないように貴族らしい化粧へと変え、ステラはカンザナイト商会に赴く。

 豪商という噂の通り、王都にあるその店は大層繁盛していた。

「ルビー嬢に会いたいのですが……」

 気を利かせた侍女が従業員に尋ねると、ルビーは行商に出ており今は王都にいないという。

 ガッカリしたものの、折角だからとステラは店内を見て回ることにした。

 さすがは王都でも名のある商会と言える品揃えで、普段は城に呼びつけて買い物をしているステラにとっては全てが物珍しい。

 気に入った物を次々と選んでいくと、直ぐに別室へと案内された。ゆっくりと買い物が出来るようにという配慮だ。

 案内された部屋も広く、出されたお茶も悪くなかった。買った品も宿まで届けてくれるという。

 捨てられた女を見るという本来の目的は達成出来なかったが、珍しい異国の物や、王族でも滅多に手に入らない高級品を購入でき、ステラは非常に満足していた。

「この度は沢山のお買い上げをありがとうございます。次期商会長が是非ご挨拶をしたいと申しておりまして、少しお時間を頂けないでしょうか?」

「………どうしようかしら?」

 挨拶をしたいという殊勝な心掛けは良いが、そろそろステラはエメラルド王子を見に行きたいと思っていた。

 だが、何故か従業員から話を聞いた侍女達が目の色を変えた。

「ひ、姫様!次期商会長といえば、噂に聞くダリヤ様に違いありません!ぜ、是非お会いしましょう!」

 小声で、それでもかなり興奮した声を出す侍女の姿は珍しかった。

 普段は全く表情を変える事などない侍女達が全員、何かを期待するような目でステラを見ているのだ。

 興味を惹かれたステラが会う旨を告げると、従業員が静かに部屋を出て行った。

 店の人間が居なくなった途端、侍女達が一斉に頬を薔薇色に染める。

「なに?そのダリヤとか言う男、そんなに有名なの?」

「もちろんです!何でも絶世の美男子という噂ですわ!」

「……ホントかしら?」

「ヴァルテンベルクの姫や貴族令嬢がこぞって夢中になっているという話ですわよ」

「そうなの?」

「はい。かの方は滅多に店には顔を出さないとお聞きしておりますので、さすがは姫様でございます」

 隣国であるギルレイドでも有名になっている程の美貌を持つ男。

 話半分としても、それを拝めるのが特別だと言われれば悪い気はしなかった。

「国に帰った時の話題にでもさせて貰おうかしら…」

 その時のステラは、茶会での土産話にでもしようという気持ちしかなかった。

 だが、それが大きな間違いだと気付くのはそれから直ぐのことである。





「はぁ~~、ダリヤ様………、素敵だったわ……」

 カンザナイト商会から宿へと帰ってきてからも、ステラは未だに夢見心地のままだった。

「あのように素敵な方がこの世にいるとは思いませんでしたわね、姫様」

「ええ、ダリヤ様はこの世の奇跡よ」

 侍女に話を聞いた時点では半信半疑だったステラも、扉からゆっくりと入ってきたダリヤを見てそんな疑いは一切捨てた。

 彼の背後にある扉から後光が差しているのかと思うくらい、その男の美貌が光り輝いて見えたからだ。

 口を開けば花が零れるのではないかと思うほど整った容姿。とても平民、いや同じ人間とは思えない男に目が奪われる。

 茶会の話題などと思った自分が愚かだったほど、ダリヤはステラの想像を遥かに超える美貌だった。

 それを目の当たりにしたステラは石のように固まったまま身動き一つ出来ず、まともな挨拶さえ返せない状態に陥った。

 正直、ダリヤからどんな挨拶をされたかも記憶にない。

 時間にすれば恐らく一分にも満たない短い挨拶だったが、ステラはずっとダリヤを見つめていた。

 その時のステラは、彼の美貌を少しでも長く見ていたいと必死だったのだ。

 少しだけ我に返るのが早かった侍女が言うには、その時のステラは胸の前で手を組み、拝むように一心不乱にダリヤを凝視していたという。

「………明日もカンザナイト商会へ行くわよ」

「はい、姫様」

 もうエメラルド王子などどうでも良くなっていた。

 日程が許す限りカンザナイト商会へ通い詰める。

 だが、毎日どんなに店へ通おうとも、初日以来ダリヤに会うことは出来なかった。

 侍女達が必死で情報を収集した結果、ただでさえ忙しい彼は、妹の婚約破棄騒動で更に多忙を極めているようだった。

 会ったことのない、ステラに似ているというミレーユという女に殺意が湧く。

 ダリヤの手を(わずら)わせる存在は、今のステラにとっては全てが敵だった。

「ダリヤ様にはいつお会い出来ますか?」

 毎日大量の商品を買い込み、従業員と既知になる。

 恐らく相手もステラがダリヤ目当てで買い物をしているのは分かっているのだろうが、どうやらそんな女は沢山いるらしく、不在にしているとの回答しか貰えなかった。

 それでもしつこく食い下がると、どうやらダリヤは公爵家や王族の担当らしく、今も王城に呼ばれているという。

 そこから無理に呼び戻せば彼らを敵に回すことになるとやんわり言われ、ステラは諦めざるを得なかった。

 隣国の王族とはいえ今はお忍び旅行中だ。

 この国に来ていることをヴァルテンベルク王家に知られるのはまずい。

「……ダリヤ様に会いたいわ」

 そしてその後一度もダリヤに会えぬまま、ステラのお忍び旅行は期限を迎えた。





 自国であるギルレイドに帰ってからも、ステラのダリヤへの熱は冷めることがなかった。

 どうにかして彼ともう一度会いたいと、ギルレイドにあるカンザナイト商会の支店を呼び出す事にした。

 突然の王族からの声掛けに、カンザナイト商会の人間が慌てた様子でやってくる。

「ダリヤ・カンザナイトを今すぐギルレイドに寄越して頂戴。そうすればわたくしの御用達にしてあげるわ」

 王族からの呼び出しだ。彼は喜んでやってくるだろう。

 けれど、カンザナイト商会を呼び出した翌日、腹違いの兄から苦言を受ける。

「カンザナイト商会に圧力を掛けたらしいな」

「お兄様…」

「カンザナイト商会から、ダリヤを呼ぶことは出来ないため、この国からは撤退すると連絡がきた」

「ど、どういう事ですか?!」

「カンザナイト商会は少々特殊だ。次期当主であるダリヤ・カンザナイトを得る為に掛ける圧力は完全に無視される。あの家は家族を守るためなら商売を畳むことを一切躊躇しない」

「別にわたくしはダリヤ様を傷付けるつもりなど…っ」

「それでもだ。彼を呼び出した時点で、向こうからすれば圧力同然だ」

 どうやらカンザナイト商会は、ステラに呼び出されて直ぐに兄である第二王子の下へと赴いたようだった。

 そこでどういったやり取りがなされたかは教えて貰えなかったが、ダリヤ・カンザナイトは諦めろと言われた。

「カンザナイト商会は、お前とエメラルド殿下との婚約祝いとして魔空鞄を献上予定だ。しかしこの国から撤退するということは、それもなくなる。その重要性、お前は分かっているのか?」

 カンザナイト商会が開発した魔空鞄はギルレイドだけでなく各国で話題になっていた商品だ。

 どうにかして手に入れようとギルレイドでも頑張っていたが、ヴァルテンベルクの貴族でさえ手に入らないのが現状。

 それゆえ、ステラの婚約祝いに渡される魔空鞄は、何よりも重要視されている。

「いいか、ステラ。今後カンザナイト商会を呼び出すことを禁ずる。婚礼の日まで大人しくしていろ」

 ステラの反論を聞かず、兄はさっさと部屋を出て行った。

 圧力など掛けたつもりはなかった。

 むしろ、ステラの御用達という栄誉を与えてあげようとしただけなのだ。

 だが、兄が間に入ったからには、今後カンザナイト商会を呼び出すことは不可能だろう。

「どうしようかしら……」

 ステラはダリヤに会いたくて会いたくて仕方なかった。

 あの美貌をもう一度拝みたい。

 ……いや、どうにかして傍に置くことは出来ないだろうか?

 王子と結婚してヴァルテンベルクに行けば会えるだろうか?

 色々な考えが頭を駆け巡るが、これといった答えは中々出て来ない。

 そんな時、思い悩んでいるステラの下へと学院時代の側近が訪ねてきた。

「姫様、ダリウス・カザン殿が面会を求めておられます。いかが致しましょう?」

「何用かしら?」

「何でもヴァルテンベルクの商会をご紹介したいとか……」

「もしかしてカンザナイト商会?!やっぱり後悔して謝りにきたのね!」

 だが、カザンの紹介でやってきたのはカンザナイト商会ではなく、ファーミングという名の、聞いたこともない商会の人間だった。

 期待させられた分、ステラの落胆は大きかった。

 だが、その時ステラは良いことを思いついた。

 兄の知らない人間を使って、ダリヤと繋ぎを取る方法だ。

 ファーミングがヴァルテンベルクの商会というのは非常に都合が良かった。

「お前達、わたくしの御用達が欲しいのね?わたくしの望みを叶えてくれるなら(やぶさ)かではなくてよ?」


 こうしてステラはダリヤへと近付くための計画を立てていく。

 それが身の破滅に繋がるとも知らずに……




ダリヤがステラに挨拶をしたのは、ステラ一行が最初にルビーを訪ねてきたからです。

とても知り合いとは思えないけれど念のために顔を見に行った次第。

結局自分目当ての客だと判断して、それ以降は多分記憶にも残っていないはず…


いつも感想ありがとうございます。

個別での返信はしておりませんが、ありがたく読ませて頂いておりますm(_ _)m

また、誤字脱字報告もありがとうございます。非常に助かっております。

日本語が怪しいレベルの誤字が多々あり、恥ずかしい次第です…。

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― 新着の感想 ―
[一言] というか、なんでこんな不良債権な姫、他国の王家に嫁がせようとしたんだ…。 正直、埋伏の毒としかとらえようがないですよね。 今後の付き合い方は考えざるおえないですね。
[一言] この姫、ダリアに会わず嫁いできてもきっと騒動起こしただろうね~。 公務はおざなりで自分より優れている人を陥れ、国庫を減らすしか脳はなく、野心家に良いように操られちゃうような姫、爆弾抱え込む…
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