応報(アルビオン視点)
「良かった。これで何とかなりそうだな」
「お疲れ様、兄さん…」
シュバルツ公爵領から大量に絹が入ってくると知ってから、今日で一週間が過ぎた。
直ぐに取引先と連携を取って対応策を練ったおかげで、高品質を求める客は何とか逃さずに済んだ。だが、量を求める既存の顧客はかなりカンザナイト商会に奪われてしまった。
今後、高級品はトラーノ商会、一般汎用品はカンザナイト商会というように、住み分けに近い形で絹の販売が行われることになるだろう。
頭の痛い状況だが、それでもまだ主力のシルク商品があるお陰で何とかなる。
「製糸技術ではなく蚕の品種改良を進めているとは思ってもみなかったな…」
「うん、これからは技術開発にも力を入れないとね」
特許があるからと慢心していたのは確かだった。
日々、他の産地や商会が切磋琢磨している状況だ。気を抜けば、高級品販売も直ぐに奪われるかもしれない。
今回はカンザナイト商会に隠す気がなかったせいで逸早く気付けただけだ。これが水面下で行われていたと考えたらとても恐ろしい。
「カンザナイト商会か……」
王国でも屈指の豪商。
他国との貿易で成り上がった商会というイメージだったが、ルビーとの一件でアルビオンが痛感したのは、あの家が持つ貴族とのコネクションだ。
魔術学院において通年をAクラスで過ごしたルビーはもちろん、三男のサフィリア以外の全員が学院にて貴族や王族との強力なコネクションを作り上げている。サフィリアはサフィリアで、騎士学校に中途編入している経緯から、騎士連中と仲がいいと知られていた。祖父のシトリアも、騎士団にかなりの伝手があると聞いている。
そのお陰か、騎士団の遠征食や装備の御用達店に指定されていると以前聞いた事があった。
「兄さん、確かあそこのお爺様は準男爵だったよね?」
「ああ。何でも若い頃、たまたま行商先の村で今の王弟殿下を助けた事が切っ掛けで叙爵したと聞いている。その縁もあって騎士団長とは懇意にしているらしい」
だが所詮は準男爵。一代限りの物であるとアルビオンは気軽に考えていた。
しかし、今回の噂されている話では、男爵に叙爵予定であるようだ。
つまりカンザナイト家は親子二代にして貴族に成り上がったのだ。
恐らくアルビオンとの婚約期には既にその話があったのではないかと噂されている。
「ルビーが言ってさえくれれば…」
愚痴ってはみたものの、叙爵に関しては緘口令が敷かれている。例え婚約者といえども言えなかったのだろう。
その緘口令が解かれた原因はアルビオンとの婚約破棄だ。
同級生だった連中がこぞって求婚したと聞いた。侯爵家のステフィアーノまで参戦していると聞いた時は驚いたが、懇意にしている貴族によれば、公爵家まで名乗りを挙げているという。
「シュバルツ公爵が求婚しているっていう噂、どうやら本当みたいだよ」
「まさか……」
「公爵様はルビーさんと結婚する為に離婚までしたそうだ」
つまりそれは側室でも妾でもなく、彼女を正妻として望んでいるという事だ。
「今回の絹も、恐らくそれもあってカンザナイト商会に融通してるんだと思う」
「そうか……」
ルビーと別れてから聞かされる話は、どれもアルビオンが想像もしなかった事ばかりだった。
「俺はルビーの何を見てたんだろうな…」
カンザナイト商会は、アルビオンにとっては取引先の一つという認識だった。
大きな商会だという事は分かっていたが、既にトラーノ商会とは取引があった為、特に大きな利益はないと思っていた。
だからこそ、貴族向けの服飾工房の話が出た時も、自分の友人である貴族が居れば大丈夫だと高を括っていた。要するに、ルビーの、いやカンザナイト家の力を軽視していたのだ。
アルビオンにだって学院時代の貴族の友人はいたし、それだけで十分だとアルビオンは考えていた。
だが、結果はこのザマだ。
ルビーと別れた瞬間、まさかその貴族全員に縁を切られるとは思わなかった。
所詮はルビーの力で繋いだだけの縁で、アルビオンただ一人がカンザナイト家のことを理解していなかったのだ。
「けどまぁ、兄さんのそういうところがルビーさんは良かったんだと思うけどね…」
「どういう意味だ?」
「カンザナイトの名を利用する気が余りなかったところだよ」
確かに、Aクラスの貴族との繋がりは欲しいと思っていたが、ルビーに無理を言って紹介して貰ったりはしなかった。
何となく、そんな事で彼女を頼るのは嫌だったからだ。
それはアルビオンのちっぽけなプライドだった。
「見栄を張っていただけだ…」
「でも、カンザナイトだからってルビーさんを好きになったわけじゃないでしょ?」
「確かにそうだが……」
学院時代、確かに彼女は高嶺の花だった。整った容姿に、明晰な頭脳。家は豪商で金を持っている。
だが、アルビオンが好きになった彼女は、ただのルビー・カンザナイトという少女だった。
図書館でよく会う少女。いつも美味しそうに食堂でお菓子を食べていた彼女。
ついつい目を惹かれる彼女のことをいつの間にか好きになっていた。
ルビーと婚約することで実家の取引先が増えるという打算は確かにあった。
しかしそれがなくてもルビーを好きになっていただろう。
むしろ、付き合っていくうちに、彼女がカンザナイト家でなければいいのにと思うようになっていった。
何故なら、事あるごとに彼女と比べられたからだ。
成績も実家の規模も何もかもがルビーに劣ると言われるのは地味に堪えた。
お金が目当てだろうと言われたし、実家の商会の為に付き合っているだけだとも言われた。
それでも、彼女の事がずっと好きだったから気にしなかった。
しかし、付き合いが深くなればなるほど、彼女の存在を重く感じるようになった。
どうしてこんなにも自分が下に見られなければいけないのか理解出来なかった。
「理解してなかったのは何よりも俺だったんだ……」
プライドだけが無駄に高かっただけだ。
だからこそ、カンザナイト家を頼ることをしなかった。
本当に、ただそれだけの理由だ。
そして彼女の家の恩恵を受けていたにも係わらず、その事に全く気付かず、彼女を簡単に捨ててしまった。
自分のこともルビーの事も全く理解していなかった男。
それがアルビオンだ。
「ルビーさんと別れたこと、後悔してる?」
「いや、後悔はしてない。……ただ、別れ方は最低だったと思う」
あの時は子どもが出来たことに舞い上がって周りが全く見えておらず、ちゃんと話せば皆が祝福してくれると何故か思い込んでいた。
だが、ミレーユの友人以外は誰一人として祝福などしてくれず、残ったのは慰謝料という名の借金だけ。
ルビーなら分かって身を引いてくれるなんてどうして思ったんだろう。
彼女の家族が怒らないなんてどうして思ったんだろう。
「カンザナイト商会を敵に回すなんてホントに兄さんは馬鹿だよ」
「彼らはいつも俺を歓迎してくれていたから、まさかあそこまで怒るとは……」
「可愛い娘の婚約者だから歓迎してくれてたんでしょ」
「確かにアルの言う通りだ…」
気のいい人達だった。
商会の会長といえば偉そうにしているだけという人間も多いのに、あの家族は誰もが働き者で、いつ顔を合わせても気さくに声をかけてくれていた。
だから忘れていた。
彼らが豪商で、貴族どころか王族にも顔の利く商人だということを。
「うちみたいな小さな繊維問屋、いつ潰されてもおかしく無かったって本当に分かってる?」
「ああ…、本当にすまなかった……」
直ぐに慰謝料を払って謝罪したからこそ、お金以外の制裁は受けなかった。
それでもかなりの取引先には今後の取引を断られたが、慰謝料以外をカンザナイト家が求めなかったからこそ、継続して商売を続けることが出来ている。
「兄さんは、昔からこうと決めたら一直線だよね」
「そうだな…」
「……人間関係に関してはもうちょっと落ち着いて周りを見て欲しい」
「分かった。すまないアルフレッド」
アルビオンの為に、方々に出向いて謝罪をしてくれたアルフレッド。
カンザナイト商会へも弟が謝罪に行ってくれていた。
その真摯な謝罪に折れたカンザナイト家が制裁を緩めたのではないかと噂されている。
事実かどうかは分からないが、多分そうなんだと思う。
こうなった今、アルビオン自身も改めて謝罪に向かった方がいいかもしれないとは思うが、それは遠慮して欲しいと先方に言われていた。
「本当に俺は何も分かっていなかったな…」
もっと手順を踏んで誠意を見せていれば、ミレーユとの結婚だってもっと周りに祝福して貰えただろう。
ルビーにもミレーユにも本当に悪い事をした。
「ところで兄さん、後は僕がしておくから今日はもう帰りなよ」
「しかし……」
「さすがに身重のミレーユさんをずっと一人にしておくのはどうかと思うし…」
ミレーユを好きではないと言い切っているアルフレッドだが、それでもやはり身重の女性を一人にするべきではないと急かすようにアルビオンの背中を押す。
「すまない、アル。後は任せてもいいか?」
「もちろんだよ。兄さんこそ気をつけて帰ってね」
時間は既に深夜に近い。
こんな時間に帰っては寝ているミレーユを起こしてしまうと一瞬思ったが、一目寝顔を見た後はソファーで休めば大丈夫だろうと考えた。
「今月の給料が出たら、久しぶりに外食に行こう」
借金の返済がほぼ終わりそうな今、恐らく今月からはもう少し余裕を持った生活が出来るはずだった。
ミレーユには気苦労を掛けたので、たまには少しお洒落をして外食するのもいいだろう。
いや、お詫びにアクセサリーを贈るのもいいかもしれない。
「明日は久しぶりに家でのんびりするか…」
そう考えながら、自宅の鍵をゆっくりと開ける。
寝ているだろうミレーユを起こさないように慎重に扉を開ければ、月明りが入るだけの薄暗い居間が見えた。
ソファーなどにぶつからないよう静かに足を運びながら、アルビオンは寝室へと近付いた。
だが、微かに聞こえる話し声に、慌ててその足を止める。
「……誰か来てるのか…?」
友人や親が泊まりに来ているのかと思ったが、どう考えてもそのような雰囲気ではない。
信じたくない気持ちで震える足を叱咤するように進める。
室内から漏れる微かな魔光ランプの光に吸い寄せられるように覗いた寝室の向こうには妻のミレーユと、………そして見知らぬ男の姿があった。
「…な…っ!」
無意識に叩いた扉に、男に何かを囁いていたミレーユが驚愕の表情でアルビオンを振り返った。
「アビィ!!」
「どういうことだミレーユ!そいつは誰だ?!」
上半身裸の男の上に乗り、男の顔を覗き込んでいたミレーユ。彼女自身は裸だった訳ではないが、これから何をしようとしていたのか明らかなほど着衣が乱れていた。
「ち、違うの!これはちょっと服が汚れて!そう、お茶を溢しちゃって!」
「そんな言い訳が通じると思うのか?!」
乱れた服を覚束ない手つきで必死でかき寄せながら、ミレーユが泣きそうな顔でアルビオンに縋ってくる。
「ホントよ!信じてアビィ!」
必死でしがみ付こうとするミレーユだったが、アルビオンは咄嗟にその腕を振り解いた。彼女に触れられるのが堪らなく嫌だった。
そしてここまでアルビオンが怒鳴っているにも関わらず、先ほどから何も話さない男に怒りが湧いた。
「お前!人の妻と分かっててここにいるのか?!」
「ひ、との妻……?」
男はどこかぼんやりした顔のまま、ベッドの上でジッとアルビオンを見る。
その心あらずといった表情が間男らしくなく、アルビオンは少しだけ冷静になった。
「おい…っ?」
「えっと、…俺、あれ、ここは……?」
「それは俺が聞いてるんだ?!お前は誰だ?!」
「誰って……」
口調もどこかたどたどしい男は、不思議そうにアルビオンを見つめ、そして次に室内を見渡した。
ランプに照らされたその顔は薄っすらと赤く、目が微かにとろみを帯びていた。
「…もしかして酔っているのか?」
「酔って…?」
アルビオンの声に、男がまた微かな反応を示した。
「そうだ…、えっと…ミレーユさんに名物料理の店を教えて貰って……」
そこからどうやら記憶が曖昧なようで、男はしきりに首を傾げている。
「ミレーユ!どういう事だ!?」
「そ、その!か、彼は酔ってて宿が分からないし、で、でも路上で寝かせるのも可哀想だから!」
実際に男は非常に酔っている様子だった。確かにこの状態ではまともに歩けないだろう。それだけでなく、到底ミレーユの服を脱がせるほどの意識があるようにも見えなかった。
つまり、彼女の服の乱れは彼女自身によるものだという事だ。
「ミレーユ、君は本当に何をしてるんだ?!」
身重の身で遊び歩いていただけでなく、彼女は酔っていた男を家に連れ込んだ。
どれだけ言い訳を重ねようと、それはアルビオンにとって紛れもない事実だった。
「ち、違うのアビィ!」
「何が違うんだ?!さっきから違うとしか君は言わない!お茶を溢したって?!どこに?!彼の服も君の服も全く濡れていないじゃないか!」
ベッドの下に落ちていた服を投げつけると、男は微かに身じろぎしながら服を着始めた。
「出て行け!二度と顔を見せるな!」
怒鳴るアルビオンに、男は少しだけ申し訳なそうな顔をしながらも素直に従った。
特に反論など何もせず、少しふら付く足取りで出て行く男。
明らかに酔っているその様子に、やはりこの浮気はミレーユが主体で行ったことだと確信した。
「人が必死で寝る間も惜しんで働いているのに、君は一体どういうつもりだ!?子どもに何かあったらどうするつもりなんだよ!」
身重の体で何をするつもりだったと怒鳴れば、それまで泣きそうだったミレーユの顔が見る見る怒りに染まっていく。
「子ども子どもって、結婚してからそればっかり!」
「なんだと?!」
「子どもなんていないわよ!」
「……どういう事だっ!?」
「最初から子どもなんていなかったのよ!妊娠なんてしてなかったの!」
泣きながら叫ぶミレーユに、アルビオンの思考が固まる。
彼女は今なんと言った?
子どもは最初から居なかった?
「……だ、騙したのか?!」
子どもがいるからと結婚したのに!
どれだけ周りから嘲笑されようと必死で耐えてきたのに!
「出て行け!もう君の顔なんて見たくない!」
今まで必死で耐えていた何かが噴出したように、アルビオンは彼女に服を投げつけた。
更にチェストを漁り、ミレーユの服を次々に投げていく。
「出て行け!出て行け!君なんかもう知らない!顔も見たくない!」
四段あるチェストにはミレーユの服ばかりが納められていた。
この中にあるアルビオンの物は服が二着だけ。
それ以外は全て売った。
彼女の為に、最低限の物以外は靴もコートも、お金になる物は全て売った。
アルビオンはミレーユに対して負い目があった。
手順を踏んできちんとルビーと別れていたら、誰からも祝福される結婚が出来たのにとずっと思っていた。
一時期はそれをルビーのせいにして怒りもしたが、自分の愚かな選択のせいだと気付いてからはずっと後悔していた。
だからこそ、ミレーユを大切にしようと、自分に出来る限りのことをしようと心に決めていた。
工場に居ても店舗に居ても嫌味を言われる毎日。
取引先からも馬鹿にされ、それでもお金のため、ひいてはミレーユと子どもとの生活のためだと必死に言い聞かせて耐えてきた。
身重の彼女の為に家事も出来る限り引き受けたのに、彼女は妊娠すらしていなかったというのだ。
「あははは……」
無意識に笑いが込みあげる。
愚かな自分の滑稽さが可笑しくて堪らない。
それなのに、何故か涙が止まらなかった。
「ごめんなさいアビィ!ごめんなさいッ、許してアビィ!」
壊れたように笑い続けるアルビオンに、必死で縋ってくるミレーユ。
だが、もう彼女の顔を見ているだけで自分の中の何かが壊れていくのが分かった。
それが愛情だったのか何なのか、もうアルビオンには分からない。
けれど、死ぬほど愛していた女性が、人の形をした醜悪な何かにしか見えなかった。
「出て行け……」
入るだけの服をかばんに詰め込み、強引にミレーユを家の外へと放り出す。
一瞬だけ子どものことが頭を過ぎったが、子どもなど最初から居なかったのだと、また虚しいほどの笑いが込み上げた。
扉の向こうからは、必死で言い訳を口にするミレーユの叫びが聞こえる。
ドンドンと叩く音と共に聞こえる言い訳は、聞くたびにその内容を変えていった。
「……なんだそれ?…何なんだよそれは…?子どものことは怖くて言えなかった?ふざけるな!…何が俺の為だ?!」
これ以上ミレーユの声を聞きたくなく、必死で耳を塞ぐ。
それでも微かに聞こえる怒鳴り声のような叫びも、時間と共にその内聞こえなくなっていった。
どうやら近所から苦情が出たらしく、ようやくミレーユはどこかに行ったようだ。
それに微かにため息を吐き、アルビオンは静かに寝室の扉の前に立った。
中には乱れたままのベッドが一つある。
これだけはあの婚約破棄騒動後に買った新品の家具だ。
だが、それももうアルビオンにとっては見たくもない汚物にしか見えなかった。
「……ルビーの気持ちが初めて分かった………」
結婚後に過ごす予定だった屋敷の清掃代。
慰謝料に組み込まれたそれは、結構な金額だった。
どうやら浄化魔法を依頼した上に、備え付けられていたベッドを新しく買い換えたと聞いた。
何故ベッドの買い替え費用まで出さされるのかと憤ったが、今なら分かる。
シーツを新品にしようが、そんな事が問題ではないのだ。
このベッドが使用されたというその事実が許せないのだ。
「因果応報か………」
三日ほど前、昼食をとりに外出した際、偶然食堂の前でロイドに会った時に言われた言葉だ。
ベッドを見て、不意にそれを思い出した。
『久しぶりだな。ちょっと話せるか?』
ロイドとは、ルビーを通した学院時代からの付き合いだが、婚約破棄以降は付き合いを断られていたので、声を掛けられたのは少しだけ意外だった。
久しぶりに見た顔は相変わらず飄々とした雰囲気ではあるものの、アルビオンを見つめる瞳に敵意は特に無かった。
『……お前がルビーにしたことを考えると、到底許せるもんじゃねぇんだけどさ…』
『分かってる…』
『それでも、お前には少しだけ同情もしてる…』
ロイドが語った話によると、卒業後、アルビオンに言い寄ってきた女性の大半はルビーを狙う貴族連中の仕込みだったという話だった。
『まさか…』
自分がモテるように感じたこともあったが、それが全て誰かの思惑だったなんて考えもしなかった。
『何回か、俺は忠告したよな?』
『ああ……』
あの女はたちが悪いから…と時々忠告をくれていた。
おかげで変な女には引っかからなかったが、結局はルビーと別れてしまった負い目がある。
『一応言っておくとミレーユ嬢は違う』
『そうか…』
『だが、お前はもうちょっと周りを見たほうがいいんじゃねぇかな?』
『どういう意味だ?』
『彼女、最近フラフラと出歩いてるぞ』
確かに昼間何度か家に戻った際、ミレーユが留守にしていることが何度もあった。
理由を聞けば散歩に出ていると言っていたし、アルフレッドも時々公園の近くで見たと言っていた。
『だから何だ?ミレーユだって散歩くらい行く』
『散歩ね……』
そこで少しだけ言葉を濁したロイドは、ジッと探るようにアルビオンを見つめる。
全てを見透かすような視線は居心地が悪い。
『話がそれだけなら俺は失礼させて貰う』
そう睨みつければ、小さく嘆息したロイドがいつものやる気のない表情に一瞬だけ憐憫の眼差しを乗せた。
『一応、忠告はしたぞ』
『分かった』
『……なぁ、アルビオン。因果応報という言葉を知っているか?』
良い行いも悪い行いも全て自分に返ってくるという教会の教えだ。
『無神論者が経典の教えとは珍しいな、ロイド?』
『最近、それを痛感することが多くてさ…。お前も気を付けろよって忠告だ。……じゃあな、アルビオン』
とても親切とは思えない忠告をしたロイドは、そのまま雑踏の中へと消えていった。
あの時は嫌味にしか聞こえなかったが、どうやらロイドの忠告は本当だったらしい。
「あぁ……本当にお前の言う通りだロイド……、全部、全部自分に返ってきた……」
乱れたベッドを見て、アルビオンは泣くことしか出来なかった。
誤字脱字報告、感想などいつも本当にありがとうございます。
次回から因果応報編の真相になります。




