王都では大変な事になっていたようです
「サフィ坊ちゃん、王都からの手紙はどうでした?」
ケルビットを出発して四日。ルビーとサフィリアはようやくクルーガ達の商隊と合流していた。
これから当初の予定通り村々を回って行商に勤しみ、下賜予定地を見て周る計画を立てている。
だが、どうにも今朝ダリヤから送られてきた手紙を見るに、そう簡単には行かなさそうだった。
というのも、サフィリア宛に届いた手紙がもの凄い厚みになっていたからだ。
出発前に読む時間が無かったので休憩中の今読んでいるのだが、読み進めるに連れ、徐々にサフィリアの顔から生気が抜けていく。
「サフィ、どうしたの?何か問題?」
「問題というか…」
どうやら王都では大変なことが起っていたようで、ダリヤからの手紙にはその内容が記されていた。
その内の三枚をルビーも読むように手渡されたが、これが中々に衝撃的な内容だった。
「えっ、うそ?!エル兄さんとアリューシャ様が?!」
「エル坊ちゃんがどうしたんでさぁ、お嬢?」
「…アリューシャ様っ?!」
アリューシャの名前を聞いて少しだけビクビクしているミルボーンを横目に、ルビーは商隊の全員に聞こえるように声を出す。
「エル兄さんとアリューシャ様が結婚するそうよ」
「は?!いや、ちょっと待ってくだせぇ!エル坊ちゃんとアリューシャ様がですかい?!」
「ええ、どうやらエル兄さんが強引に押したみたいだけど……」
「つまり、エル坊ちゃんはアリューシャ様がお好きだったと?」
「そういう事みたい……」
聞いた全員が信じられないような顔で目を見開いている。
それはルビーとサフィリアも同じで、何が何やら分からない状況だ。
「サフィは何か聞いてた?」
「……いや、そんな素振りは全くなかったし、アリューシャ様はダリヤ兄さん一筋だったから……」
手紙によれば、兄のダリヤも知らなかったらしく、結婚に向けて奔走しているという事だった。
「結婚はカンザナイト家の叙爵が終わり次第のようだけど…」
エルグランドはそのままベルクルト家に婿入りする予定で、今はその準備に追われている様子だった。
特にエルグランドは海外の仕入れを一手に引き受けていたので、その引継ぎをどうするかで揉めそうだ。
「私達も出来るだけ早く王都に戻ってこいと書かれているわ」
下賜予定の土地を見てみたかったのだが、のんびりしている暇はなさそうだった。
「私とサフィは次の村で王都に戻るわ」
「了解でさぁ。じゃあ下見は俺らに任せてくだせぇ。今回はミルボーンやザルオラのように若い連中もいますし、きっちりと色々見てきまさぁ」
「宜しくね」
「ただ、あくまでも叙爵は予定だから、土地の人間にはバレないようにしてくれ」
サフィリアの言葉を聞いていた全員が頷いた。
こればかりはちゃんと言っておかないと、後々騒動に成りかねない。
「しかし、エル坊ちゃんが居なくなると、外国周りが大変になりますね」
「エル坊ちゃんの魔空間庫はでけぇですからなぁ…」
「その辺は安心していいわよ。エル兄さんにばかり頼らないように、その為の船や輸送も準備しているわ」
カンザナイト家は全員が空間魔法を所持しているが、それに頼り切った商売をしているとその内成り立たなくなるのは明白だった。
故に、魔空間庫に頼らないような仕組みもそれなりに考えてはいる。それが開発に力を入れていた魔空間庫袋であり、大型船による大量輸送だったりする。
しかしそれが活用されるのはもっと後の予定だった。
早まっただけとは言えど、急過ぎるのは確かだ。
お蔭で商会は上を下への大騒ぎらしく、普段は隣街で暮らしている祖父が残って対応してくれているようだ。商会長である父は父でローズの母リリーとの再婚を控えているので、現状動けるのはダリヤと祖父だけになっていた。
「早めに戻った方がいいな…」
「そうね…、冗談じゃなくダリヤ兄さんが死にそうだわ…」
さすがに忙しくさせた自覚があるだけにルビーも帰らざるをえない。
それに、エルグランドの結婚話が目出度いことに変わりなく、早くお祝いを言いたい気持ちもあった。
その上、今回の嬉しい報告はそれだけではない。
七年前の呪い事件が無事に解決したのだ。
やはり、アリューシャの読み通り王都のケルビット邸にユリーナ嬢の日記が隠されていたらしく、当時の真相が明らかになったという事だった。
「まさかダリヤ兄さんではなく公爵様を呪っていたなんて考えもしなかったわ…」
「相手が兄さんだったから余計にその可能性は考えなかったよね」
誰もがダリヤを呪ったと疑うことすらしなかった。
だが実際は、当時ユリーナの婚約者だったシュバルツ公爵が呪われたという話だった。
何でも、公爵がたまたま拾ったダリヤのカフスをユリーナが勘違いで持って行ってしまったことから、このとんでもない騒動が沸き起こったという話だった。
だったら何故今まで公爵が何も言わなかったかというと、それはユリーナが彼を呪おうとした事に関係するらしく、詳細は話せないという事だった。
少し思うところがない訳ではないが、公爵家の名誉に関係するらしく、何よりダリヤ自身が納得しているらしいのでルビーがとやかく言うことではない。
「シュバルツ公爵か…」
「ルビーは知ってるのか?」
「もちろん。兄さんの結婚式に来ていらしたわ」
「へぇ…」
ダリヤの結婚式は、とても平民の結婚式とは思えないほど豪華な参列者が来ていた。
王侯貴族が揃い踏みの中、さすがは公爵というべきか、ダリヤの友人として参列していたシュバルツ公爵は非常に落ち着いた雰囲気の方だった。
「あのね、サフィ……。公爵様はどうやらローズ義姉様をお好きだったようだわ……」
「どういう事…?」
「あの日、全員がお祝いに包まれる中、公爵様も兄さん達を笑顔で祝福してらしたんだけど、ふとした拍子にとても悲しそうに兄さん達を見ていたの。あれは絶対にローズ義姉様が好きだったのよ」
「…へ…へぇ…」
「それなのにあの方!兄さんとは友人だから、兄さんの幸せそうな顔を見れて嬉しいと仰るのよ!…もぉ、本当に良い方だったわ!」
「……良く見てたね」
「だって、もの凄く男前だったんだもの……」
人外級のダリヤを見慣れているルビーですら、思わず見惚れるくらいの美形だった。
少し癖のある蜂蜜色の髪に、深海のような濃い蒼色の瞳。
まさしく王子様のような外見をした方だった。
ちなみに本物の王子様である第二王子殿下もダリヤの結婚式には来ていたが、ふと目を離すと埋没するので探すのにかなり苦労した記憶がある。
「ローズ義姉様が言ってたのよ。学院で兄さんとシュバルツ公爵様、それとオーガスタ公爵様の三人が並ぶと、その一角だけ空気が違ったらしいわ」
オーガスタ公爵家というのはエメラルダ王女殿下の嫁ぎ先であり、かの御夫君もかなり美丈夫と評判だった。
お蔭で麗しい三人が揃って会話をする場面を見た女性給仕が全く役に立たず、急遽商会から従業員を呼び寄せる羽目になったりと大変だったのだ。
「あ~、あの煌びやかな一角に居た方か……」
「ローズ義姉様が大げさに言ってるのかと思ったけど、噂に偽りなしだったわ」
幸か不幸か、公爵の二人は既婚だったので血の雨は見なかった。
「……実はね、ローズ義姉様の初恋相手はシュバルツ公爵様なのですって。素敵よね~」
「それ、ダリヤ兄さんには言っちゃダメだよ」
「当たり前よ」
下手をすればシュバルツ公爵とローズが両思いだったかもしれないなんて、口が裂けてもダリヤには言えない。
「………それはそうと、サフィ宛の兄さんの手紙、凄く長いみたいだったけど何が書いてあったの?」
書き殴ったようなダリヤの文字が延々と連なっている手紙は何かの報告書かと思うくらい厚かった。
「何と言うか…、うん……、まぁ頑張れっていう激励というか脅しというか…」
言葉を濁しながら、圧が凄いんだ……と嘆息したサフィリアは、額に手を当てて空を仰ぐ。
「えっと、何だかよく分からないけど頑張って?」
「……ありがとう」
後ろで会話を聞いていたミルボーン達が憐憫の視線でサフィリアを見ているように感じたけれど、気のせいだと思おう。
「ところで、シャルドレ村ってこっちからだと遠回りになりませんか?」
休憩も終わり、そろそろ出発しようという段になって、ザルオラが地図を広げながら不思議そうな顔をする。
「ちょっと寄るところがあるの。少し遠回りになるけど、出来れば今後も近くを通る機会があれば寄って欲しい場所だから覚えておいて」
ザルオラだけじゃなく、今回初めて行商に参加する面々に向けて声を掛ける。
「急いでいる場合や天候が悪い場合は無視して貰って構わないわ」
「つまり行商とは関係ない場所という事でしょうか?」
「関係あるか無いかで言えば、“ある”場所よ。でも商売をする訳じゃないわ」
今から向かうのは、シャルドレ村までの最短ルートに位置する場所になる。
だが、今ではそのルートを使う人間はいない。
何故なら、その道は森を突っ切る形で作られているものの、その森はかなり強力な魔獣の縄張りになっているからだ。
以前は生息していなかったその魔獣が確認されたのは、今から十二年前。
それ以来その道は閉ざされ、シャルドレ村へは迂回するルートが最短だとされている。
「サザルアの森って確か………」
地図を見ながら呟いて、ようやくザルオラも気付いたようだ。
十二年前、そこを通った商隊の馬車が盗賊に襲われる出来事があった。だが、問題はそれだけでなく、盗賊に襲われている最中に魔獣の集団暴走に遭遇したのだ。
騎士団の調べにより、魔獣の集団暴走が起こった原因は、大型魔獣が突如森を縄張りにしてしまったからだと判明している。
大型魔獣を恐れた他の魔獣が一斉に縄張りから逃げようとした結果、森の中で集団暴走が起こってしまったのだ。
それが商隊と盗賊へ一気に襲い掛かり、結果、当時八歳だったサフィリアと、彼を連れて逃げていたクルーガ、そして盗賊の下っ端で見張りをしていた少年以外の全員が亡くなった。
「遠回りしてわりぃが、たまには花でも供えてやらねぇと可哀想だからよ」
クルーガの同僚も数人亡くなっている。
残っていた遺体に関しては騎士団が頑張って回収してくれたが、一人だけ遺体どころか遺品の一つすら見つからなかった者もいる。
盗賊団に関しても、遺体の引き取り手がいないことから、そのまま森に埋められていた。
「慰霊碑は森の入り口に建っているから安心していいよ。それに、俺はこう見えても剣の腕はそれなりなんだ」
少しだけ青い顔をしているザルオラに、サフィリアが励ますように腰に差した剣を叩く。
「もしかしてサフィリアさんだけ騎士学校に入学しているのって…」
「まぁ…、やっぱりいざという時に頼れるのは自分の腕だけだからね」
「そういう事でしたか…」
サフィリアも一度魔術学院に入学しているが、基礎を学んだ後はそのまま退学し、騎士学校に入り直している。
そのせいでルビーとは一度も一緒に学校へは通っていない。
「折角同じ学校だと思ったのに、急に別の学校に行くからビックリしたわよ」
「空間魔法以外の才能が余りなかったし、体を動かす方が性に合ってたから…」
とはいえ、炎系の魔術もそれなりに使えるサフィリアは、カンザナイト家において多分一番強いと思われる。兄弟喧嘩をすればサフィリアの一人勝ちだとエルグランドが言っていた通り、小型の魔獣なら一閃出来るほどの腕前だ。
「それより、あそこは余り長居する場所じゃないし、お参りは早めに済ませてしまおう」
「そうね」
休憩がてら摘んだ花を束ね、ルビーは立ち上がった。目指すはステリアル山の麓に広がるサザルアの森の入り口だ。
だが、そこでまさかの事態に遭遇するなど、この時のルビーは想像も出来なかった。
いつも誤字脱字報告や感想をありがとうございます。
個別での返信は控えさせて頂いておりますが、ちゃんと読ませて頂いております。
本当にありがとうございます。




