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短編集『花まかせ』  作者: 花和郁
第一集
7/32

解釈

「じゃあ、班会議を始めるね。議題は文化祭の出し物について」

 班長の浅間が言った。

「一年二組は喫茶店に決まった。イギリス貴族のお城のお庭で優雅なお茶会がテーマよ。うちの高校の文化祭はすごく盛り上がって人がいっぱい来るので、気合入れていこうね」

 彼女は喫茶店をやろうと言い出した一人だったのでやる気十分だった。穂高と阿蘇の女子二人も楽しそうだ。

「私たち五班は内装だね。どんな雰囲気にしようか」

「机や椅子は教室のを使うんだよね。上に花を飾って、テーブルクロスを花柄にしない?」

 盛り上がる女子たちに対し、男子は気が乗らない様子だった。

「テーマは面白いと思うけどさ、テラスを教室で再現するのは無理じゃないか」

 田沢は面倒くさそうだった。諏訪も同じだ。

「建物や遠くの景色は他の班が絵を描くからいいとして、豪邸の広い庭をどうやって作るんだよ」

「それを今話し合うの。二人も真剣に考えてよ。班長命令よ」

 浅間は言って、すぐに想像に戻った。

「貴族のお庭ってどんなだと思う?」

「花や木がいっぱいありそう。バラ園や花壇とか」

「池もあるかも」

 男子たちが笑った。

「池って、教室にかよ」

「机置く場所なくなるじゃん」

 女子二人はむっとした顔になった。

「例えばよ。本当に作るとは言ってないでしょ!」

「そうよ。あんたたちも案を出しなさいよ」

 男子たちは目を見合わせてにやにやした。

「貴族の屋敷と言ったらヘリポートだよな。自家用機も必須だろ。ラジコン飛行機を飛ばそうぜ」

「あと高級外車。ミニカーでも置けばいいんじゃないの。豪華なヨットも持ってるぜ、きっと」

「広い庭にはテニスコートが定番だよな」

「プールは絶対あると思うぜ」

 穂高と阿蘇が怒った。

「まじめに考えてよ!」

「池より非現実的じゃないの!」

「まあまあ」

 班長の浅間は女子二人をなだめて、黙っている六人目に視線を向けた。

「一応聞くけど、北上は何か意見ある?」

 五人の視線を受けて、大人しそうな男子はどもりながら言った。

「ぼ、僕は、お、思うんだけど、ふ、ふ……」

 田沢がからかった。

「ふ、ふ、ってなんだよ。はっきり言えよ」

 諏訪も露骨に馬鹿にした口調だった。

「お前に意見なんかあったのかよ」

「そこの二人は黙って。北上、何が言いたいの。さっさと言って」

 班長に促され、北上は班員たちの顔色を窺うと、勇気を出して再び口を開いた。

「ふ、ふ、噴水は、どうかな」

 穂高と阿蘇が顔を見合わせた。

「噴水かあ」

「なるほどね」

 女子二人は教室を眺め回した。

「貴族のお屋敷ならありそうだね」

「あんまり場所を取らずにできそうだし」

「鉢植えとプランターを飾って花壇や木陰にして、部屋の真ん中に噴水を作ろうよ」

「周りを囲むように机を置けばいいね」

 浅間も考える顔になった。

「水のせせらぎが聞こえる喫茶店は悪くないかも」

 女子たちが賛成すると、男子二人も乗り気になった。

「いいね。噴水。やろうぜ。外から水道のホースを引いて、上に向けて噴き出させてさ」

「思い切り派手にしたいね。クジラの潮吹きみたいなでっかいやつを作ってやるぜ」

 どんどん話が大きくなっていく。

「じゃあ、真ん中に噴水で決まりね。その線で鉢植えや机の配置を決めましょう」

 浅間が言うと、北上が口を挟んだ。

「お、大きい噴水は難しいと思う。す、ストローに穴をあけて作るちっちゃなやつが現実的だよ。な、流しそうめんみたいなとい(・・)を螺旋階段風にしたらどうかな。み、水を使うから、ゆ、床を濡らさないようにシートを敷いて、は、排水も考えて……」

「細けえことはいいんだよ」

 田沢がさえぎった。諏訪も言った。

「やってみりゃあ分かるって」

「そうね。まずは作ってみようか」

 浅間が話を進めた。

「じゃあ、噴水は男子二人でやって。北上君もね。花壇と木陰は女子が用意する。細かいことはそれぞれで相談してね」

 女子三人は使えそうな鉢植えやプランターを探しに校庭に向かった。

 田沢と諏訪も席を立った。北上も一緒に行こうとすると、二人は追い払うように手を動かした。

「お前は来なくていいよ」

「役に立たねえしな」

 北上は怖がる顔をしたが、二人の後ろをついてきた。

「で、でも、水がこぼれないようにしないと。せ、設計図を作ろうよ。きょ、教室を汚したら怒られるから、こ、校舎の外で実験して……」

「まだそんなこと言ってるのか。大きなおけの中で作れば大丈夫だろ」

「お前は黙ってろ。邪魔だけはすんなよ」

 田沢と諏訪は北上を無視してどんどん噴水の構想をふくらませていった。


「どうして噴水なんか作ったの!」

 文化祭の前日、一年二組の教室で、担任の女性教師が五班の六人を叱っていた。

「教室の中で水をまくなんて。ホースを上向きにして思い切り蛇口をひねれば天井が濡れることくらい、想像できなかったの!」

「でも、噴水はいいアイデアだってクラスのみんなも賛成しました!」

 班長の浅間が反論を試みたが、三班の六人から非難の声が飛んできた。

「私たちの絵をどうしてくれるのよ! 今日一日かけて描き上げた豪邸の絵がずぶぬれじゃないの! もうこれ、使えないよ!」

「そうだよ。場所を考えろよ! 教室だぞここは!」

 浅間は不満そうな顔をしたが、絵の具がにじみ、水を吸ってぼろぼろになった大きな紙を指さされると何も言えなかった。

「とにかく、噴水は中止です。すぐに床の水を拭きとり、天井もきれいな雑巾でぬぐいなさい。そのあと、五班の男子三人は噴水のかわりに机と椅子を壁際に並べて段を作ること。女子三人はその上にシートを敷いて鉢植えを飾りなさい」

 先生は具体的に指示を出した。

「豪邸の絵は、無事な半分は使って、残りを描き直しましょう。大丈夫、まだ間に合うわ。さあ、作業開始よ!」

 先生が絵の方を手伝い出すと、五班の六人は顔を見合わせた。

「田沢、諏訪、あんたたちのせいで、私たちまで怒られたじゃない。こっちの担当は花なのに!」

「そうよ。なんであんなに水を出したのよ!」

 男子二人は言い返した。

「仕方ねえだろ。水道のところから教室の中は見えないんだよ」

「軽くひねっただけなのに、あんなに噴き出すなんて思わなかったし」

 班長の浅間は呆れたというように首を振った。

「あんたたちが間抜けすぎるのよ。でも」

 目を向けたのは、黙っている六人目だった。

「原因を作ったのはこいつね」

 五人ににらまれて、北上は弁解した。

「ぼ、僕は言ったよ。こ、校庭で試した方がいいって」

「うるさい! 黙れ! そんなこと言ってねえだろ!」

「そうだぞ! 言い訳すんな!」

 男子だけでなく、女子も怒りをぶつけた。

「大体さあ、こいつのアイデアを採用したのが間違いだったよね」

「そうそう。北上の言うことなんか無視すればよかった。だって北上だし」

 班長の浅間がとどめを刺した。

「あんたはもう何もしないで。黙って見てて。ていうか、家に帰っていいよ。邪魔にしかなんないから」

 五人はぶつぶつ文句を言いながら雑巾を持って床にしゃがんだ。北上はごみ箱に近付き、ストローと竹筒を組み合わせた小さな噴水の設計図をポケットから取り出して放り込んだ。

「勇気を出したけど無駄だった。もう黙ってる。僕が何か言うと、悪い結果にしかならないんだもん」

 戻ってきて雑巾を手に取ろうとして、田沢にどつかれた。

「どけよ。拭けないだろ!」

 よろけた北上は、他の班の女子にぶつかった。

「きゃっ、気を付けてよ。……大丈夫? ふらついてるよ?」

 顔をのぞき込んだ女子に、北上は力なく笑った。

「問題ないよ。全ていつも通りだから」

 北上は深い溜め息を吐くと、肩を丸めて床をぬぐい始めた。

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