韻文集
あの角を曲がればきっとこの春も 舞い散る桜 振り返る君
木漏れ日の下で微笑む白き花 名知らぬ吾に春を知らしむ
ぎらぎらの暑さも暗い雪の日も 思い出になる あなたがいれば
あなたからもらえたはずの一言を 胸に抱えて吾は踏み出す
せわしなく雪のとばりが君の背に 足跡すらも追わせぬように
限りなく降りつむ雪がきしませる 君逝きし日に閉じた扉を
どつき合う芸の乾いた笑い消し あの笑み恋し 眠れぬ朝は
寂しさも不安止まらぬ醜さも 涙と共に消えるこの胸
屋根すらも越えて積もった雪と恋 桜の下に跡形もなく
広がりし部屋を見下ろす赤だるま 片目に泣きて やる金の星
千年樹揺らし降り立つ金龍の 紫翼いたわる紅白の巫女
戦国の田野に影を滑らせて 戦果武将に捧ぐ大鷹
千人を呪い殺せる我が魔術 封じ惑わす あの無垢な笑み
笑みかける 君のまなざし まっすぐで ふくらむ希望 砕ける自信
あの人に向けるあなたの微笑みは まぶしすぎるの 影などなくて
好きなのは無邪気に笑う女だって いつもどきどき苦しいのにな
すれ違う 瞬間固く目を閉じて 無理に逆らう 君の引力
友達でいようと言ったその日から 目で追っている自分に気付く
あの人の 名を呼ぶ君に 胸どきり 違いは一字 差は無限大
あの子さえ 君は振ったか 安堵より 負けた焦りと 勝てぬ不安と
力こぶ大きさ誇る君だけど 愛に応える勇気はあるの?
「好きな人か……」浮かべた笑みがやさしくて 吾でなきこと確実なれど
懸命に笑える話題探すより 冷たいこの手 包んでほしい
横顔や背中ばかりで 初めての 深い瞳に 溺れてしまう
背伸びして白馬に乗ろうとするけれど この手支える やさしさでいい
ウサギとか カニやワニとか 言うけれど 私の月に 浮かぶのは君
「何人目、俺は」だなんて 口で蓋 あなたを最後にさせてほしいの
雪蹴立てマンモス狩りし熱き血よ 戻れ花束握るわが手に
喧嘩した翌朝の手にさりげなく 初デートの日もらった指輪
彗星は 離れていても 太陽に つながれていて 戻っていくの
究極の選択 冷めた一煎目 もしくは急須の熱い二煎目
伝え聞く逸話を語るこの子らが あなたを過去の人にしていく
除夜の鐘 あいつが逝ってもう五年 俺もと折る指 止めた手恋し
描いた絵を広げはにかむ孫を撫づ 息子の時と違う言葉で
田と森と山に囲まれ十五年 峠の先に運命はありや
ダム崩しビルなぎ倒す怪獣より 傷を許す手 召喚したい
巧妙に言い抜けられる舌よりも 受ける信頼 拒まぬ覚悟
誕生日 この日があってよかったね あなたのために 私のために
あの時は苦労したねと言い合える そんな未来になったらいいな
連作短歌『初恋』
初恋は 新教室の窓のそば 春日あふれる 君と世界と
校庭の 桜の下で 立ち止まる その横顔は たった五歩先
おはようが ようやく言えた 五月には 君の手はもう あの人のもの
選ぶのも 着るのも勇気がいる水着 君は堂々 目が離せない
お化け役 抱き付けたらと すそを踏み 引き起こす手が 秋の思い出
追いかける 熱い光でどこまでも 舞台の君を 輝かすため
クリスマス ウィンドウ越しに選んでも 渡せるわけない ペアのセーター
初詣 もしや会えると 期待して 大凶引いて 餅をやけ食い
バレンタイン 初挑戦の手作りを 一人で食べる 君は二人で
また同じ クラスと祈り 休み明け 君去るを知り 桜見上げる
人込みに 初恋の君 大人びて 桜のとばりに 歩みゆるめず
(「初恋」企画参加作品)
ぬくもりを こぼして笑う 桜かな
一番の 初めては君 春の風
紅梅や ほのかに灯る 雨の庭
鶯は 声が変でも 愛される
うれしげに 春を振りまく 白き蝶
風鈴に 団扇を止める 雲高し
街角の 灯にこがねむし 溺れけり
なけたかな アブラゼミなら 大声で
そんなにも この木が好きか カブトムシ
子へ届け 歌い虫狩る 夏燕
汗だくの 背と墓石に 秋の風
台風は屋根が私はこの腕が
ゆっくりな吾を追い抜け雁の群れ
地の熱よ 天に帰れと 虫時雨
白黒の日々に滲んだ山紅葉
ひざ掛けに犬とくるまる暖炉の夜
除夜の鐘 遠くに今年を 運び去る
雪だって だんだんとける ものだもの
節分や 鬼かばう吾子 固く抱く
歩き来し道振り返る雪の朝
包み込むものたちへ
ふるさとの高い山
自然とあごが引き上げられる
やがて静かに頭が下がる
行き着いた広い海
彼方の青へ吸い寄せられる
波に抱まれ満たされていく
果て見えぬ長い川
やさしい風がほっぺを撫でる
よどんだものが流されていく
天覆う星や月
思い出がふと胸締め付ける
いつも見守る者がいたのだ
山よ、海よ
川よ、太陽よ
砂漠よ、森よ、田畑よ、湖よ
お前があるから、私でいられる
お前に包まれ、私は生きている
寄り添っているあなた
そのぬくもりが教えてくれる
みんな何かを愛していると
花の下で
ついに咲いた桜よ
吾は誓おう
必ずここに戻ってくると
あの大切な人に会いに
あの懐かしい景色を見に
あの思い出を語り合いに
あの約束を果たすために
総身燃やす桜よ
固く誓おう
再びここで春に会おうと
伝えなかったことを告げに
なしえなかったことをなしに
あの日の笑顔また浮かべに
共に涙をこぼすために
光散らす桜よ
永久に誓おう
決して今を諦めないと
夢を持つのをやめはしない
絶望しても負けはしない
明日への歩み止めはしない
この花をまた仰ぐために




