批評家 ◎
(絵は遥彼方さん作。「イラストから物語企画」)
「みんな、よく来てくれた。今日は存分に楽しもう」
クマさんの発声でパーティーが始まりました。親しい仲間が料理や飲み物を持ち寄って森の中の広場に集まったのです。昼間なのでお酒はなくてお茶やクッキーです。
みんなが談笑していると、キツネの奥さんがやってきました。
「遅れてごめんなさい。焼くのに時間がかかっちゃって」
きのこのテーブルに置いたのは、甘く煮た桃がたくさんのった大きなタルトです。
「さあ、どうぞ食べてくださいな」
持参した包丁で切り分けて小皿にのせていきます。
「うわあ、おいしそう!」
「早速頂きますね」
動物たちはみんな甘党です。ケーキと聞き、席を立って集まってきました。
「上にのった桃がとろけそう!」
「土台が甘くて口の中でほろりと崩れるね」
「連れてきた子供にちょうどいいわ。キツネさん、ありがとう」
動物たちは口々にできばえを称賛し、お礼を言いました。
「ふむ、まあまあだな」
一人だけ、冷静に味わう参加者がいました。
「悪くはないが、いまいちだ」
「タヌキさん、お口に合いませんか」
がっかりしたようにキツネさんが尋ねると、タヌキの親父さんは真顔で答えました。
「おいしいよ。ただ、もっとおいしくできたはずだ」
半分かじったタルトを目の前に持ち上げて、じろじろ眺め回しました。
「タルトの生地がやわらかすぎるな。崩れやすくて持ちにくいし、果物が落ちてしまいそうだ。もっと固く焼いた方が食べやすい。味も、砂糖をもう少し入れてさらに甘くした方がいいだろう」
タルトの上の桃をつまんで口に入れ、舌で転がして味わっています。
「この桃は味があまりしみていない。外側はやわらかくて甘いが、中の方はまだ少し硬くて酸っぱいようだ。火加減と煮込む時間に問題がある。うちにタルトの焼き方の本があるから今度差し上げよう」
タヌキさんは大きな口を開けてタルトの残りを丸呑みし、むしゃむしゃと口を動かしてごくりとのみ込むと言いました。
「百点満点で五十五点だね。素人としては悪くないよ」
「そ、それはどうも。レシピの本、楽しみにしていますね」
キツネさんは無理に笑みを作ると、会釈してそそくさと離れていきました。テーブルの上には半月になったタルトが残されました。
「タヌキさん、その言い方はないと思いますよ」
そばの小さなテーブルで紅茶を飲んでいたウサギの娘さんが声をかけました。リスの若旦那さんは非難する目つきです。
「キツネさん、怒っていましたよ。かわいそうですよ。ねえ、クマさん」
「そうだね。あんなこと言われたら、わしだって怒るなあ」
一緒に座っているクマのおじいさんも同感のようです。
「それは分かっているよ」
タヌキさんは三匹の方へ行きました。
「だが、ああ言うしかない。基準を変えるわけにはいかないからね」
タヌキさんは自分の茶碗に紅茶のおかわりを注ぐと、同じテーブルに座りました。
「確かに言い方がきつかったかも知れないが、仕方ないじゃないか。あれが正直な感想だし、評価なんだ」
タヌキさんは紅茶の香りを楽しみながら言いました。
「うそを言うわけにはいかないよ。それこそ失礼だ」
「キツネさんは正直な感想を求めていたのでしょうか」
ウサギさんは首を傾げました。
「品評会や試験ではないでしょう? この味ならパーティーに持ってくるには十分だと思いますよ」
自分の分のタルトをフォークで少し削って口に運びました。リスさんは直接口をつけてかりかりかじっています。
「パーティーを楽しもう盛り上げようと思ってわざわざ作ってきてくれたものに文句をつける必要はないですよ。まずくても喜んで食べるべきだし感謝するべきではないですか」
クマさんが頷きました。
「そうだね。仮においしくなかったとしても、売れ残ってしまうだけで、本人にまずいと言う人はいないと思うなあ。低い点だと告げる必要はないかな」
タヌキさんは頭を振りました。
「俺だってまずいねなんて言わないよ。でも、素晴らしいと言うわけにはいかないんだ」
タヌキさんはカップをテーブルに置いて、腕を組みました。
「俺の家の隣に菓子職人志望のサルさんがいてね、いつも感想を求めてくるんだ。彼には厳しいこと言っているのに、キツネさんには甘いことを言えと言うのかい。それは二重基準じゃないか」
丸いおでこにしわを寄せています。
「いつでもどんなことにでも、できるだけ客観的で公平な評価をしたいと思っているんだ。誰に対しても手心を加えず、忖度もしない。そういう俺だから、サルさんは感想を欲しがるんだと思うよ」
ウサギさんは納得できないようです。
「プロ志望の人は駄目な点をはっきり言ってほしいでしょうけど、素人のキツネさんにそんな厳しい批評が必要かしら」
「僕はほめてあげるべきだと思いますよ」
リスさんは断言しました。
「みんなに食べてほしい、楽しんでほしいと思って作ったものなのだから、その気持ちを大事にするべきです」
「それだとおかしなことになるんだよ」
タヌキさんはしましまのしっぽをぶらぶらさせました。
「サルさんの作るタルトの方が明らかにおいしいんだ。それを食べて俺は、『まあまあだね。七十五点だな』と言った。なのに、キツネさんには『おいしいね。百点だよ』とほめろと言うのかい。それは公平ではないよ。言っていることに整合性が取れなくなる」
「プロ志望者と素人を同じ基準で測るのは正しいことなのでしょうか」
ウサギさんは困った顔です。
「サルさんはともかく、キツネさんはもっと甘く見てほしがっていると思います」
「というか、ほめてほしいんだよね」
クマさんは苦笑しました。
「それを期待して作ってきたのだと思うなあ」
リスさんはきっぱり言いました。
「タルトを作るのは簡単ではないし手間もかかりますよ。キツネさんが喜ぶ言葉を言ってあげるくらいの心遣いはしてもいいと思いますね」
「それに、タヌキさん」
ウサギさんは尋ねた。
「あなたはお菓子作りの専門家ではないでしょう? そういうことに詳しいとは聞いたことがありませんよ」
「そうだね。全く専門外だ。ずぶの素人だよ」
タヌキさんは認めた。
「特にお菓子が好きなわけでもない。家にある作り方の本は妻のものだ」
うさぎさんのお皿に残っているタルトを見つめました。
「それでも、自分なりの判断基準はあって、それをぶれさせたくない。うそが嫌いだから、口先だけでおいしいですねと言っておいて、腹の中でいまいちだと舌を出すようなことはしたくないんだ」
「もっと簡単なことだと思いますよ。なんでそんなにこだわるんですか。自分の納得のためにキツネさんを嫌な気持ちにさせるのですか」
リスさんは呆れた顔をしましたが、ウサギさんとクマさんは考え込みました。
「難しいですねえ」
「本当に」
四人が沈黙すると、そばで立ち話をしていたツルのおばあさんが振り返りました。
「そんなに悩むことかしら。違う基準で判断して、それを相手に伝えればいいだけだと思いますよ」
「そうそう」
話の相手だったシカのおじさんもテーブルの方を向いて言いました。
「素人には甘い基準、プロ志望者には厳しい基準にしていると説明すればいい。どちらも知り合いなんだから。サルさんには『あなたはプロを目指しているから、素人に対してより厳しい基準なんです。決して意地悪ではありません』って言っておけば、キツネさんに甘い評価をしても文句は出ないんじゃないか」
「料理の感想を言うたびに、いちいちそんな説明はできないぞ」
タヌキさんは渋い顔です。
「相手が毎回親しい人とは限らないしな」
「でも、あなたはやっぱり間違ったと思いますよ」
ツルさんは言いました。
「ここはパーティーの会場です。この場に合った振る舞いや発言というものがあります。みんなで楽しくお茶を飲み、おしゃべりをして過ごそうという趣旨なのですから、キツネさんを不愉快な気分にさせてしまったあなたの態度は野暮で、空気が読めないと言われても仕方ないでしょうね」
シカさんも同意見のようです。
「まずい料理は持ってくるなと言われたと、キツネさんは思ったかも知れないよ。次からパーティーに来たがらなくなるかも」
「僕は喧嘩が嫌だから、全員に満点をつけますよ。不満に思うことがあっても口には出さないですね」
リスさんはやっぱりはっきりしていました。
「友達が作ってきたものですもの、よほど問題がない限り満点ですよ。みんなで仲良く持ち寄ろうという集まりでは、雰囲気を壊さない行動をするべきで、遠慮のない正直な批評はできないと思います」
タヌキさんは難しい顔になりました。
「それでは、まじめに修行したずっと腕のいい者たちの料理と素人のあまり上手でない料理に同じ点をつけることになる。それは公平で適切と言えるのかな」
しっぽを一層ぶらぶらさせています。
「厳しい点をつけるのは相手の可能性を信じてもっと頑張ってもらいたいと願うからで、素人に甘いのは技術の向上を求めていないからだということを、親しい相手には伝えられるし、分かってもらえるかも知れない。だが、そうでない人には、基準がぶれていると思われるだろうね。それが正しいと思うのかい」
「じゃあ、私はタヌキさんが点数をつけていくところを観察して、点数の付け方を採点していくよ。もちろん、厳しい基準でね」
シカさんが冗談めかして言った時、ウサギさんが言いました。
「話しているうちに、タルトが全部なくなったみたいですよ」
いつの間にかツルのおばあさんがそばを離れ、残りを切り分けて子供たちに配っていました。
「作ってくれたキツネさんにお礼を言いましょうね」
「ありがとう、キツネのおばさん!」
「おいしかった!」
「ねえ、もうないの?」
「もっとちょうだい!」
ウサギさんがほっとしたように言いました。
「子供たちはうれしそうに食べました。それが結論ではないでしょうか」
最後の一切れを口に運びました。
「私もおいしく頂きましたよ」
「料理は食べた人が満足することが一番大事ですからね」
リスさんもやさしい声です。
「あのタルトをみんなが喜び、パーティーがより楽しくなりました。それで十分ですよ」
「そうかもねえ」
クマさんが大きく頷きました。
「満点をもらうためにケーキを作ったわけではないだろう。タヌキさんにはいまいちでも、子供たちは大好きみたいだね」
タヌキさんは苦笑しました。
「自分が間違っているとは今でも思わないが、何のために評価するのかを、俺は忘れていたのかも知れないな」
もっともっととおかわりをせがむ子供たちに囲まれて、キツネさんは幸せそうに微笑んでいました。




