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短編集『花まかせ』  作者: 花和郁
第三集
26/32

効率

「では、定例会議の最後は、昨年度から認められた各部署の自由予算についてだ」

 部長は言った。

「第一課長はゲーム機か」

「はい。今年は本体一つと部署の仲間でできる対戦ゲームのソフトを三本購入します」

「去年は昼寝用の寝台三つと(めい)(めい)に枕だったな」

「寝台も枕も好評でした。この前部署で旅行に行ったのですが、今度は会社に泊まって宴会しようと言い出す人もいましてね」

 三十五歳の第一課長は苦笑した。

「若い女性たちまで乗り気になっているので、これは私も一緒に泊まるしかないかなと思っています」

「仲がよいのはいいが、不祥事は困るよ」

「分かっております」

 男性にしては高い声でしっかりと答えた。

「第二課長。君の方は資格取得の参考書と問題集だったな」

「若い独身者向けの料理の本と毎日続ける健康体操の本もです」

 二十台も終わりに近い短髪の女性は、はきはきした話し方で付け加えた。

「食生活や健康管理は働く人の基本です。部署のみんなにはもっと自分を磨いて力を付け、ばりばり仕事をしてもらおうと思います」

 言いながら、第一課長をちらりと見た。部署の成績も社内の評判も常に一歩及ばないのを意識しているようだ。

「そうか」

 部長は少し考えて言った。

「では、会議は終わりにする。第一課長はもういいぞ」

 彼は立ち上がり、部屋を出ていった。

「第二課長、君にはまだ話がある」

「何でしょうか」

 課の成績が振るわないことを叱られるのかと警戒する顔つきだった。

「別に小言ではないよ。助言を……」

 言いかけて、部長は大きなあくびをした。

「すまん。最近会議や外回りが多くてね」

 社長が交代して会社の方針が変化し、部長以上の者は関連する業務で忙しくなっていた。

「昨日も専務が取引先と飲みにいくのに付き合わされて、帰宅は十二時だった。寝たのは二時過ぎだ」

 課長は首を傾げた。

「すぐにお休みにならなかったのですか。寝る前にしなくてはならない仕事でもおありでしたか」

「いや、居間のソファに座ってテレビを眺めていたんだよ」

「そんな時間に面白い番組があったでしょうか」

「ニュースと天気予報だよ。大した事件はなかったと思うな。ぼんやりしていたからよく覚えていないが」

「それはいけません!」

 課長は呆れ顔になった。

「そういう時間が無駄なんです。すぐにお風呂に入って寝ていたら、一時間は睡眠時間が伸びたのではないですか」

「そうかも知れないな」

 部長は頷いて視線をそらし、すぐに課長に戻して尋ねた。

「すぐに寝なかったのはよくなかったと思うかい?」

「はい」

 課長は即答した。

「最近お疲れだからこそ、健康を損ねないためにもきちんとお休みになった方がよろしかったでしょう。時間はもっと効率的に使うべきです」

「君はやっぱりそう考えるんだね」

 部長は納得したように苦笑し、表情を改めた。

「私はね、無駄な時間だったとは思っていないんだよ」

 課長の顔をじっと見つめて言った。

「むしろ、ぼんやりするのは必要なことだと思っている」

「どうしてですか」

 部長がまじめに言っていると分かるので、課長は戸惑っていた。

「睡眠が不足している。だから、寝られる時間があったらのがさず寝るべきだ。君の考えはこうだね」

「はい」

「でも、そんなに都合よく行くだろうか」

 一層困惑した様子の課長に、部長はゆったりした口調で言った。

「寝た方がいいのは分かる。でも、今は働く時間、今は寝るべき時間、そう簡単に切りかえられるものかな」

「切りかえるべきです。でないと、今のように仕事中に眠くなってしまいます」

「でもね、僕は最近疲れていたんだよ。毎日仕事ばかりでね。そういう時は、仕事と関係ないことをしたくなるものじゃないか」

「特に見たい番組はなかったのですから、寝るべきだったと思います」

「そうかな。必要でない、しなくてはならないことではないことで時間を無駄にすることも、時には大切ではないかな」

 言いながら、部長はまたあくびをした。

「君は必要だから眠れと言う。必要ないからぼんやりするなと言う。理屈はそうでも、いつもきっぱりと割り切れはしないよ。君の言い方だと、二十四時間仕事のことを考えて、そのために最も効率よく生活せよと言われているみたいだ」

「働く者ならそれが当然ではないでしょうか。私自身はもちろん、部下にも計画的で効率的な無駄のない生活をさせるのが課長の仕事です」

「私たちは機械じゃない。必要ないことをする時間がないとすり切れてしまう。ぼんやりテレビを見るのは不必要なことかも知れないが、自分のために使う時間、仕事のことを考えなくていいささやかな自由時間だったんだ」

「そんな眠そうな顔で言われても、寝た方がよかったとしか言えません」

「そうか」

 部長は溜め息を吐いた。

「第一課長と君の差はそこにあると思うんだ。君も少しは不必要で非効率なことをしてみたらどうかな。ゲーム機や枕を買ったら、部下は君を見直すと思うぞ」

「おっしゃる意味が分かりません。そんな提案をしたら部下に軽蔑(けいべつ)され、上司としての威厳が失われます」

「第一課長は軽蔑されているかい」

「きっと内心では呆れられているけれど、大目に見てもらっているのです。睡眠不足やゲーム好きの部下は喜ぶでしょうが、もっとましなことにお金を使って欲しいと思っている人が多いはずです」

 部長はいらだった様子の課長を眠そうな目で見つめ、大きく口を開けて三回目のあくびをすると、手をひらひらと動かした。

「話はすんだ。戻りなさい」

 第二課長は意味が分からないという様子でためらったが、椅子から立ち上がり、一礼して部屋を出ていった。

 部長は浮かんだ涙をぬぐってお茶を一口飲むとつぶやいた。

「残念だが、君は管理職に向いていない。効率的であろうとしすぎなんだ」

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