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短編集『花まかせ』  作者: 花和郁
第三集
24/32

合理的

 戦争中の東の国の軍務省に、三十代の技術博士(はかせ)が呼び出された。

「ご提案した最新型の戦略コンピューターの採用が決まったのですか!」

 博士は入室するなり大声で尋ねた。大臣は机に座ったまま首を振った。肩を落とした博士に、大臣はこっちへ来いと手招きした。

「がっかりするのは早い。実はその件で相談があってな」

「と申されますと」

 博士は顔を上げた。

「試験をしたいのだ。本当に役立つかをな」

 もちろんだと言おうとした博士を、大臣は手を伸ばして制した。

「大型コンピューターには多額の費用がかかる。それに見合う能力があるのかと、疑問の声が上がってな。この試験に合格すれば導入してもいい」

「機会を頂きありがとうございます」

 大臣が強く()してくれたらしいと察し、博士は頭を下げた。

「それで、試験の内容はどのようなものですか」

 大臣は声をやや落とした。

「西の国が再度の攻勢を準備中だ。知っておるな」

「はい」

 隣国とは昔から犬猿の仲でたびたび戦ってきた。南の国境の戦闘は膠着(こうちゃく)状態に(おちい)っている。

「今度は北側から攻めてくるようなのだ。敵が使う道を当ててほしい」

 北には両国をつなぐ道が三本ある。

「距離、舗装や整備の程度、途中の防衛拠点など多少の違いはあるものの、特にどの道が有利ということはない。毎回敵軍の通る道が違っていて、どの道で待ち構えればよいか悩むのだ。君のコンピューターで予想してくれ」

「やります。ぜひやらせてください!」

 ばん、と広い机に両手をついて博士は身を乗り出した。

「その程度の予測、私のコンピューターには造作もないことです。明日には答えを出します」

 博士は自信満々に言った。

「コンピューターは願望や欲望、感情や好悪で偏見や思い込みを持ちません。完全に合理的で客観的な判断をしますので、決して間違いを犯しません」

「頼んだぞ」

 博士はすぐさま研究所へ取って返し、必要なデータを入力すると、結果を大臣に連絡した。

「一番目の道です。断言します。敵の兵器の走破性(そうはせい)や燃費や道路との相性、我が軍の防御陣地の堅固さや派遣可能な兵力、敵国の財政や政治の状況から、コンピューターが百パーセントこの道とはじき出しました」

「他の道はないんだな」

「二番目の道は二十パーセントの確率ですが、前回の戦争で使って負けている上、更に防御が強化されているため、今回は使わないだろうとコンピューターは推測しました。三番目の道は途中に幅が狭く長い橋があり、敵の最新大型兵器の通過に時間がかかり、進軍も撤退も手間取るため、ゼロパーセントだとコンピューターは判断しています」

「ありがたい。早速軍に伝え、一番目の道へ主力を差し向けよう」

「敵は必ずその道を来ます。我が国の勝利は疑いないですね」

 博士は確信に満ちた声で断言した。

 数日後、博士は軍務省に呼び出された。

「大勝利おめでとうございます」

 入室すると同時に叫んだ博士を、大臣は大声で怒鳴り付けた。

「大ばか者め! 我が軍は大苦戦したぞ」

 博士は呆気にとられた。

「どうしてですか」

「敵軍は三番目の道を進んできたのだ!」

「そんな、ありえません!」

 博士は愕然とした。

「予想がはずれたのですか? 一体どうして? 信じられません!」

「現実に敵軍は手薄な道へ来たのだ。撃退には成功したが、かなりの損害を出した。軍の首脳はかんかんだぞ!」

「では、コンピューターの採用は」

「もちろん、なしだ。使い物にならん」

「なんてことだ……」

 がっくりと床にくずおれた博士は、すぐに大臣を見上げた。

「その結果では、不採用は仕方ありません。しかし、なぜはずれたのですか。納得できないのです。敵が第三の道を使った理由は何だったのですか」

 大臣は急に視線をそらし、壁の方を向いて頬を指先でぼりぼりとかくと、溜め息を吐いた。

「敵軍を率いた将軍はコンピューターの予想通りだった。彼が三番目の道を選んだようだ」

「どうしてでしょうか。一番可能性が低い道だとコンピューターは判断しましたが」

「あの道の途中に小さな町があるな。長い橋のそばに」

「取り立てて戦略上重要ではないところですが、あの町が何か」

「あそこにいたのだ。諜報(ちょうほう)部が調べてきた」

「何がですか」

「彼の元妻だ。若い頃彼を捨ててもっと裕福な男のもとへ去った女だ」

「えっ……!」

 博士は絶句した。

「見せたかったのだろうな。将軍に出世し、大軍を率いて進軍する姿を。俺を捨てて損したなと見返してやりたかったに違いない」

 口をあんぐりと開けた博士に、大臣は問いかけた。

「君のコンピューターにこれが予想できるかね? できないならば、役には立たない。敵は人間なのだからな」

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