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短編集『花まかせ』  作者: 花和郁
第二集
17/32

刺激

「では、新商品開発会議を始める」

 開発室長が自分以外の四人を見回した。

「自由に意見を言ってくれ。消費者の心を刺激するような、斬新なアイデアを期待している」

 しばらくの沈黙の後、最初に発言したのは北山という女性だった。

「春の新商品は厚切りベーコンバーガーでした。ですから、夏は厚切りハムバーガーがいいと思います」

「おいおい、それじゃ何も変わらないだろう」

 南原は冷笑した。北山はむっとして言い返した。

「私は口火を切り、アイデアを出した。文句を言うなら、あんたもなんか出しなさいよ」

「ふふん。俺は三段バーガーを提案するね」

 南原は自信ありげだった。

「当社の看板商品は二段バーガーだ。それを期間限定で三段にする。どうだ」

 得意そうな様子に、北山は呆れ顔だ。

「それ、去年やったじゃない」

「他社も対抗して同じことやってたぞ。二番煎じ、いや三番煎じだな」

 東谷が冷静に指摘した。

「それなら、俺のアイデアの方がましだ。ポテトフライの増量サービスはどうだ。今はセットに付くのは中袋だろう。それを大袋にするんだ。しかも、値段を五十円下げる!」

 北山と南原は溜め息を吐いた。

「そんなの全然インパクトがないよ。利益も減っちゃうし」

「いい考えだと思ったんだがなあ」

 室長は困った顔をした。

「正直に言って、どれもいまいちだな。一週間考える時間を与えてこれか」

 腕組みをして、四人目に視線を向けた。

「西林、お前はどうだ」

 全く期待していない口調だった。

「この人にアイデアなんかあるの?」

「聞くだけ無駄だろ。こんな使えないやつ。実務やらせてもミスばっかりするし」

「まあまあ、とにかく聞いてみようぜ」

 三人はにやにやしている。

「で、では、意見を述べさせていただきます」

 西林は春に入社してまだ一ヶ月の新人だが、既に無能者の評価が確定していた。

「ぼ、僕は、山椒(さんしょう)を入れたハンバーガーはどうかなと思います」

「山椒だって? 中華じゃないんだぞ!」

 南原が馬鹿にしたように茶茶を入れたが、室長がにらむと口を閉じた。

「僕、麻婆豆腐が好きなんです。それで、山椒のピリッとする感じがハンバーガーに合うかもと思ったんですが……」

「いやいや、山椒はないでしょう」

 北山は大げさに手を振って否定した。

「せいぜいニンニクくらいじゃないの」

「それなら唐辛子の方がましだ。すっごく辛くしてさ」

「俺はわさびがいいな。大根おろしも入れたらどうかな」

 三人は顔を見合わせた。

「これ、いいアイデアじゃない?」

「ニンニク味と、唐辛子味と、わさび入りと」

「イタリア風、メキシコ風、和風だな」

 北山が室長に提案した。

「ソースで味を変えて、三種類の期間限定バーガーを作ってはどうですか」

「味の決め手の香辛料でソースに色を付けて、白バーガー、赤バーガー、緑バーガーにしたら面白いぞ」

「キャッチフレーズは、『舌に衝撃! 世界三大料理をハンバーガーで食べ比べよう!』で決まりだな」

「それは面白そうだ。その線で検討しようか」

 室長が頷くと、三人は細部を詰めて具体化していった。

「じゃあ、それぞれ、担当のバーガーは決まったね。どれが一番おいしいか、競争よ」

「売り上げでだろ」

「俺の圧勝に決まってるさ」

 やる気満々の三人の横から、手が上がった。

「あの、僕は何をすれば……」

 室長達は思い出した顔をした。

「そういえば、あんたもいたわね」

「お前は通常商品の売り上げ強化策でも考えろ」

「三大バーガーに押されてどのみち落ちると思うけどな」

「そうだな。それがいい」

 室長も承認し、会議はお開きとなった。


 三ヶ月後。

「幸いなことに、夏の三大料理バーガーは大好評だ」

 室長が四人を見渡した。

「この調子で秋の企画も当てたい。アイデアを出し合おう」

 北山が口を開いた。

「三大バーガーが好評だったから、今度はベトナム料理風、タイ料理風、インドネシア料理風バーガーはどうかな」

「それこそ二番煎じだろ。一回目ほどのインパクトはない」

「ていうか、その違いがぱっとイメージできるか。できるやつはハンバーガーよりそういう料理を食べると思うぞ」

 ううん、と三人は黙り込んだ。

 と、西林がおずおずと手を上げた。

「あ、あの、意見を言ってもいいですか」

 北山がじろりとにらんだ。

「あんた、通常のバーガーの売り上げ、ひどかったじゃない。落ちるとは思ってたけど、あんたの打った手、全部はずれたのよ」

「俺達がやるべきだったな」

「新人に丸投げしたのは悪かったが、あそこまでひどいとは思わなかった」

 三人は非難する目つきをしたが、室長がなだめた。

「次頑張ればいい。それで、西林はどんなアイデアだ」

「こ、今度は秋ですよね。秋といったら七草です。それで……」

「あんた、まさか……」

 北山の冷たい視線に身を震わせて、西林は言った。

「秋の七草バーガーはどうでしょうか。七種類作るんです」

「はあっ? 本気で言ってるの?」

「七種類はあり得ないって。三種類だって大変だったのに。一人で二種類も担当するのかよ」

「無理無理。まさに机上の空論」

 三人は声を上げて笑った。

「そもそもさ。秋って言ったら月見だよね」

 北山が雑談風に言い出した。

「団子が目当てだろ」

 南原がからかった。

「悪い? でも、すすきと団子とお月様って、秋って感じじゃない?」

「食欲のな」

「いいでしょ。私達、飲食店だよ。食欲大いに結構じゃない」

 言い合う二人をよそに、東谷は考え込んでいた。

「あのさ、月見って、団子だけじゃないよな」

「えっ?」

 北山が驚いた顔をした。

「そうだね。うどんとか」

「そばもだな」

 南原も話に乗った。

「こういうのはどうだ。秋シーズンは年末も含むだろ。だから、ちょっと早いが年越しにからめて、そばをイメージしたバーガーは」

 東谷は真剣な口調だった。

「月見バーガー、山菜バーガー、天ぷらバーガーはどうかな」

 北山と南原も笑みを収めた。

「醤油ベースのソースになるのかな。てんぷらはエビ入りのさくっとしたかき揚げとか」

「パンにそば粉を混ぜてもいいな。どうでしょうか」

 三人がそろって顔を向けると、室長は頷いた。

「ハンバーガーとそばは普通結び付かない。意外性があっていいかも知れないな。その線で検討しよう」

 すぐに具体化が始まり、西林はまたも通常商品の担当を押し付けられた。


 更に三ヶ月後。

「秋企画も大成功だった。君達はとても優秀だ」

 室長はにこにこ顔だった。

「社長にほめられたぞ。今後もこの調子で頼む」

 三人は鼻高々だった。

「私達、すごいよね」

「二回の企画がうまく行ったおかげで、業績が大幅に上方修正だって」

「特別ボーナスでも出るんじゃないか」

「きっと出るよ。だって、足を引っ張るやつはいなくなったし」

 北山の視線の先には新人の中丸がいた。

「西林、まさか退職するとはね。継続は力なりって言うのにさ」

「いや、やめて正解だろ。あんなやつ、いない方が社のためだ」

「あんたには期待してるよ、中丸さん」

「西林よりは誰だってましだろ」

「比べちゃ中丸さんに失礼だろ」

 室長が咳払いした。

「では、冬企画のアイデアを出してもらおう」

 中丸も入れた四人は活発な議論をし、自信満々に案をまとめた。


 しかし。

「夏企画と秋企画を合体させた世界の麺料理バーガーは、全然売れないじゃないか」

 室長は頭を抱えていた。

「全く話題にならないし、味もまずいと酷評されている。カレーうどんバーガーやフォーバーガーが人気になると本当に思ったのかと、社長に叱られたよ」

 三人もうなだれていた。

「なんで売れないんでしょうか。自信あったのに」

「絶対行けると思ったよな」

「斬新すぎて客がついてこられなかったんじゃないか」

 室長は首を振った。

「逆だな。陳腐とか、焼き直しとか、二番煎じとか言われている。新しさに欠け、驚きや刺激を与えられなかったんだ」

 一体どうしてと頭を抱える室長達に、新人の中丸がおずおずと言った。

「私のせいでしょうか。私が来る前は成功していたそうですから」

 北山が顔を上げた。

「いいえ、あなたのせいじゃない」

「そうさ。前任者はひどいやつだった」

「本当に無能だったな。実務が全然できなくてね」

「話し合いではどんな感じだったんですか」

「アイデアもつまらなかったよ」

「役に立たない変な企画ばかり出したんだ」

「全く採用されなかったよな」

 三人は馬鹿にした口調だったが、室長は腕組みをした。

「なるほど。あの二回の会議と何かが違うんだな。録音はあるか」

 全員で聞き終えて、何も変わらないと首を傾げた三人に、中丸が指摘した。

「新しいアイデアは、西林さんの発言の後に生まれていますね」

 えっ、と室長達はもう一度聞き直し、青くなった。

「本当だ。あいつの言葉がきっかけになってる」

「とんちんかんな提案を否定することでアイデアを思い付いたんだ」

「一番発想が斬新なのはあいつだ。あんな馬鹿にも取柄があったのか」

「西林の突飛さと君達の現実的な思考が合わさって、いいアイデアが生まれていたようだ」

 室長は命じた。

「すぐにあいつを探せ。戻ってこいと説得するんだ」

 中丸が困惑したように尋ねた。

「西林さんの提案を採用することはないのですよね。否定するために呼び戻すのですか」

「あいつがいると議論が盛り上がるのよ」

「つい、むかっとして反論したくなるんだよな」

「するとアイデアが浮かぶんだ」

「西林さんは戻ってきたいと思っているでしょうか」

 中丸は疑う顔だったが、室長は言った。

「我々にはあいつが必要だ」

 三人は西林の家を調べ、車で駆け付けた。呼び鈴を鳴らすと、母親らしい初老の女性が現れた。

「息子さんは今どこに」

 三人が尋ねると、女性は表情を暗くした。

「あの子は仕事を辞めた後、すっかり自信を無くしてしまって。自分には何の才能もなかったと言って部屋に引きこもっていたんですが、先月首をつりました」

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