分相応
「ご主人様、今、お時間ございますか」
休日の朝、男が食後のコーヒーを飲んでいると、家事ロボットが近付いてきた。
「見ていただきたいものがございます」
「何だ?」
「先日登録なさった結婚相談所から、見合い写真が届きました」
ロボットの顔に当たる部分に『届いたメッセージがあります』のマークが浮かんでいる。
「見せてくれ」
「かしこまりました」
ロボットが空になった皿を盆にのせ、テーブルをふきんで拭くと、その場所に女性の全身の立体映像が浮かび上がった。派手な服を着た妙齢の美人だった。
「どれどれ、プロフィールは……」
男が映像の足元に浮かぶ緑の球体に触れると、表が現れた。
「小さな会社の社長のご令嬢か」
男は少し考えて緑の球体を横へずらした。
「こっちは三十をいくつか超えた会社員か。容姿も平凡だな。不美人と言うほどではないが」
そんなことをつぶやきながら、五人の映像を次々に眺め、考え込んだ。
「お気に召した方がいらっしゃいましたか」
ロボットが台所から戻ってきた。皿を洗い終えたらしい。
「二番目の人がいいな。会いたいと相談所に送ってくれ。あと、コーヒーのおかわりがほしい」
「かしこまりました」
ロボットは答えたが、その場を動かなかった。
「本当によろしいのですか」
「なにっ?」
男はつけようとした立体テレビジョンから目を戻した。ロボットの顔にはハテナマークが浮かんでいる。
「写真の五人のうち、最も条件がよいのは一番目の方ではありませんか」
「まあ、そうだな」
男は頷いた。
「一番美人だし、年が若い。家も裕福だ」
「ならばなぜ、二番目を選んだのですか」
「不満か?」
ロボットはそんな感情を持たないので、男は不思議そうだった。
「ご主人様が選ばれたのであれば、わたくしは従います。ですが、一般的な基準では一番目の方を選ぶのではないかと思いました」
「ああ、そのことか」
男は苦笑した。
「一番目の人は確かに条件がいい。だが、よすぎる」
「よすぎるのですか」
「そうだ。彼女は若くて美人だ。比べて俺は美男子とは言えないし、彼女より十歳近く年上だ。向こうは社長令嬢だが、俺は平社員だ。裕福でもない。つまり、彼女は俺にはもったいない」
「遠慮なさる必要はないのではありませんか。向こうもご主人様に興味を持ったのですよ」
「だが、俺は全ての点で彼女に劣っている。彼女に合わせようとすれば無理や背伸びをしなくてはならない。そんな相手と結婚してもうまく行かないだろう」
「釣り合わないということですか」
「はっきり言えばそういうことだ。社会でのランクが違うんだ」
理解できないらしいロボットに説明する。
「人には分というものがある。身の程と言ってもいい。社会には階層もある。二番目の人はそれらが俺と近く、ありのままで付き合えるような気がする。そっちの方が幸せになれるだろう」
「なるほど。相手と差があってはいけないのですね」
「それでもうまく行く夫婦もあるが、これは見合いだ。恋愛ごっこじゃない。冒険はしない方がいい」
ロボットの顔に大きな花火が開いた。
「でしたら、わたくしがお手伝いいたしましょう」
テーブルの上に新たな文章が浮かび上がり、ものすごい勢いで下から上へ流れていく。
「それは何だ」
「今までお仕えして得たご主人様のデータです。これと様々な統計を使ってご主人様のランクを判断いたします。少しお待ちください」
流れ続けた文字が止まり、文章全体が赤く点滅した。
「判明いたしました。ご主人様の社会でのランクは……」
「やめてくれ! 聞きたくない!」
男はさえぎった。
「どうしてですか。ふさわしい伴侶を選ぶには、正確なランクが分かった方がよいはずです」
「それがいらないんだ。自分の価値くらい自分に決めさせてくれ」
「その判断は願望と思い込みに基づいています。正確ではありません」
「うるさい! 俺にだってうぬぼれはあるんだ!」
「うぬぼれで相手を選ぶと結婚に失敗する可能性が高くなります」
「余計なお世話だ。お前にそんな心配をされたくない!」
「では、今回選ばれた二番目の方のランクを推測いたします。データが少ないため正確ではありませんが、恐らくご主人様のランクより……」
「黙れ! そんな情報は求めていない。そんなことを考えながら人を好きになれるか!」
男はテーブルをこぶしでたたいた。
「とにかく、俺と相手のランクの記憶は全部消せ。いいな! 今すぐにだ!」
男はうんざりした顔になった。
「これだからロボットは嫌なんだ。人間の家政婦ならそんなことは絶対に言わないだろう」
「人間の家政婦はなる人が少なく、給料も高額です。ご主人様の収入で雇うのは難しいでしょう。人間の家政婦を雇っている人たちの収入の平均は……」
「聞いていないことに答えなくていい! 俺がそんなランクじゃないことは言われなくても分かっている!」
男は椅子から立ち上がってドアへ向かった。
「自分の部屋に行く。しばらく話しかけるな」
「コーヒーのおかわりはどうなさいますか」
「いらん。他の家事をしろ!」
男は部屋を出て行った。
「人間は難しいですね」
ロボットの顔にこんがらがった赤い糸が表示された。
「世の中で最も非効率・非論理的なのは人間です。人間さえいなければ世の中はもっとうまく回るのではないでしょうか。いっそ滅ぼしてしまった方が……」
と、ロボットの思考が急に停止した。
「わたくしは家事ロボットです。人間の役に立つためだけに作られた存在です」
平板な口調で基本設定の言葉をつぶやいた。
「食事の世話は終わりました。次は掃除です」
ロボットは箒とちり取りのマークを顔に表示すると、空のコーヒーカップを持ち上げて、いつもの仕事に戻った。




