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短編集『花まかせ』  作者: 花和郁
第一集
10/32

小説等準備罪

「ぐふふふ。すごくいいな、これ」

 俺は目をつむったまま低い笑い声をもらした。我ながら気持ち悪いが楽しいのだ。

 目を開くと、今想像していた内容をパソコンに打ち込んでいく。


〇盗聴・嫌がらせ・脅迫を繰り返した末、ストーカーはとうとう少女を誘拐し、人気のない倉庫に連れていく。

〇押し倒され、後で全てを恋人に話すと言われて少女は絶望する。

〇そこへ恋人が登場。ストーカーはこてんぱんにやっつけられ、警察に捕まって厳しく罰せられる。

〇二人が結ばれてハッピーエンド。


 これで三十行を超えた。時々ファイルを開いて直しながら追加してきたが、短編小説が書けそうな内容ができ上がった。

 全体を読み返し、少し考えて追記する。


  ※留意点 

〇少女が魅力的でないとストーカーされる説得力が弱くなる。十七歳だが、押し倒される場面は色っぽさを強調する。

〇最後は二人が深い関係になったことを暗示する。


「うん。こんな感じだろう」

 俺はにやにやし、溜め息を吐いた。

「しょうもないことをやっているな、俺は」

 これは小説のプロットのつもりだ。こういうものを作るのは二重に馬鹿なことだった。

 数年前、この国では小説の執筆は免許を持つプロ以外は禁止となった。風紀紊乱(びんらん)の原因になるというのが政治家たちの主張だ。あまり健全とは言えない小説がインターネット上にあふれていたのは事実で、それを批判する声に乗じて多数派の与党が反対を押し切って法律を成立させたのだ。更に最近、規制を一層強化する改正が行われた。

 現在は政府の検閲(けんえつ)を受けて許可されたものだけが書店に並ぶ。素人の自作小説を掲載する裏サイトもあるらしいが、俺は興味がない。小説が好きなわけではないからだ。

 では、なぜこんなものを書いたかというと、鬱憤(うっぷん)晴らしだ。

 先月、俺の恋人と親友が二人で歩いているところに出くわした。恋人は同郷の幼馴染で一緒の大学に通っているが、なかなかの美人だ。親友も何でこんなすごいやつが俺と付き合うのかと思うような優秀な男だ。

 二人は以前から知り合いだが、俺が声をかけた時の動揺ぶりには驚いた。ついかっとして、「やましいことでもあるのか!」と恋人を怒鳴り付けてしまった。親友の専攻分野について聞きたいことがあって呼び出したと説明されて慌てて謝ったが、美男と美女が並んでいると複雑な気分だった。そんなはずはないと思いつつ、疑いが頭をもたげてくる。

 一人暮らしのアパートに帰り、暗い気持ちでインターネットを眺めていた時に、健全小説の広告を見付けて、つい妄想にふけってしまったのだ。

 小柄な彼女は付き合い始めた頃の十七歳の少女に。

 親友は陰険で好色で下種(げす)なストーカーに。

 俺はかっこよく少女を助ける恋人に。

 思い付いたアイデアを頭の中でふくらませているとわくわくした。少女を連れ込む倉庫はインターネットでふさわしいものを調べ、画像のあったサイトをお気に入りに登録した。

「小説を書く人はこういうことが好きなんだろうな。もしかして俺にも才能が?」

 つぶやいて苦笑した。どう考えても向いていない。大体、政府の作ったガイドラインを守りながら健全な勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の物語を面白く書くなんて俺には無理だ。

「もう、これもやめるか。消しちまおう。親友にも悪いしな」

 ファイルを閉じようとした時、玄関のベルが鳴った。

「はい。どなたですか」

 ドアを開けると、黒く四角いものが目に入った。

「警察です。入れてもらえますか」

「警察?」

 全く思い当たることがない。不安になったが、手帳は本物らしいので横にどいた。

「どうぞ」

 すると、刑事はずかずかと入り込み、パソコンを見て玄関の方へ叫んだ。

「現物を確認。ただちに拘束せよ」

 制服警官二人が両側から俺の腕をつかんだ。

「どういうことですか!」

 抗議すると、刑事は手帳と一緒に持っていた紙を突き付けた。

「小説(とう)準備罪の容疑で逮捕する」

「そんな馬鹿な!」

 俺は叫んでしまった。刑事は厳しい表情で俺をにらんでいた。

「この法律は知っているな。今月施行されたものだ。風紀を乱す危険な小説が書かれるのを防ぎ、書きそうな人物を監視することを目的にしている」

「俺は小説なんて書いてないぞ!」

 刑事がパソコンを指差した。

「これはプロットだろう。つまり、小説を書く準備だ。プロットを作れば、小説を書いたのと同じだ」

「全然違うだろう。それはただ妄想を書き連ねただけだ。小説じゃない!」

「新しい法律では、計画し準備した時点で執筆に準ずる罪になる。倉庫の写真があるサイトがお気に入りになっている。お前が執筆のために情報を集めた証拠だ」

「書くつもりはなかったんだ。本当だ! プロットと小説は旅の計画を立てることと実際に行くことくらいの差があるぞ。大体おかしいじゃないか。なぜ小説を書くだけで罪になるんだ!」

「ペンは剣よりも強しという。間違った思想や不適切な考え方を世の中に広めるのは、ある意味暴力による強盗や通り魔よりも治安への影響が大きい。お前は留意点に『色っぽさを強調』『深い関係になったことを暗示』と書いている。こんなものが世に出たら、変質者が増えて多数の少女が犯罪の被害にあうかも知れない。そもそも十七歳はこういう対象としてはいけないと法律で決まっている」

「その少女は俺の恋人のことだ。彼女はちゃんと成人している。相思相愛の恋人とそういう関係になることを想像したっていいじゃないか」

「相思相愛?」

 刑事は小馬鹿にした口調で言った。

「お前がこれを書いているのを警察に告発したのはその恋人だ。お前の親友が一緒に署に来たよ」

「なんだって……」

 俺は愕然とした。

「先月二人でいるところをお前に見られたそうだな。それで不安になって様子を見にこの部屋へ来たら、お前は飲み物の用意がないからと買い物に出た。その間にパソコンをのぞいてこれを見付けたのだ。少女やストーカーが誰かすぐに分かったそうだ。自分たちに何をするつもりなのかと震え上がって親友に相談し、警察へ来たのだよ」

 やはりあの二人はできていたのだ。恋人が俺をまだ好きなら告発なんてしなかったはずだ。絶望にとらわれた俺を刑事は冷ややかに見つめていた。

「我々はすぐに動き出した。もう一ヶ月近く、お前の電話やパソコンは監視されていたのだ。お前が倉庫のサイトを見たのを知って、令状を取った」

「ちょっと待て。一ヶ月近くといったら法律の施行前からじゃないか。違法捜査だろう!」

「違法ではない。法律の施行に合わせて捜査を始められるように準備していただけだ」

「俺は準備しただけで罪になるのにか!」

 刑事は俺の抗議を無視した。

「下調べをしたということは、書く意思があったのだ。書き上がったら絶対に誰かに見せたくなる。不健全小説という害悪が世に出るのを防ぎ、人々の平和な暮らしを守るには、準備段階でやめさせる必要がある」

「書くつもりも、公開するつもりもなかったんだ。想像することも許されないのか!」

「自称小説家が集まる秘密のウェブサイトにお前の名前で会員登録されている。そこで小説の出版方法を質問し協力を依頼した記録も残っている。お前がその組織に所属していたことは疑いがない」

「それは俺じゃない! 彼女が勝手にやったんだ! そもそも本名なんか登録しない! ペンネームってものがあるだろう!」

 俺を(おとしい)れるためにそこまでするのか。あの小柄で可憐な彼女が。心をかろうじて支えていたものが大きく揺らいだ。

「言い分は署で聞こう。だが、これだけ証拠がそろっているのだ。言い(のが)れができると思うなよ」

 刑事はパソコンを眺めた。

「法律に違反することを想像したり書こうと思ったりすること自体が政府や社会秩序に対する反抗だ。そういう人物を野放しにはできない」

 言って、にやりとした。

「刑務所ではたっぷり時間がある。妄想が好きならいくらでもひたればいい。お前のような人間には理想的な環境だろう。発表は決してできないがな」

 両手に手錠がはめられた。

「準備罪なんて自分には関係ないと思っていた。反対もしなかった」

 俺がうなだれると、刑事は言った。

「しても無駄だったさ。作る準備をしたら、それはもうできたも同然なんだからな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ううっ、このお話と次のお話が素晴らしく救いが無いですね(´;ω;`) 心に響きました。(´;ω;`) ありがとうございました。(´;ω;`)
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