第16話:絨毯12号?
「というわけで」
「もはや、それ口癖か?」
カナタが俺たちのレベルが上がったことに満足したのか、頷きながら両手を広げる。
「次の休憩スペースってどこ?」
「あー、あるにはあるが40階層だぞ?」
「そっか……」
「休憩? 休憩もらえるんですか?」
聞かれたのは休憩スペースの場所。
確か、40階層に宿泊施設っぽい場所があるって聞いたな。
そこまで行ったことのある人間はあまりいないが、一応そこがこのダンジョンのセーフエリアにあたる。
ベッドやテーブルセットもあるみたいだが。
おいてある調度品はかなり品質が良いみたいだけど、固定されているらしい。
持ち出し不可と。
宝箱にあるものは、持って出られるのにな。
本当に、ダンジョンってなんなんだろうな。
そしてチョコが分かりやすくテンションが上がっている。
「なんか、ジュブナイルさんもやる気が漲ってきてるね」
おっと、俺も期待しちまったらしい。
そりゃそうだ。
ほぼ不眠不休だもんな。
いや、いまダンジョンに潜ってどのくらいの時間が経過してるんだ?
体感的に1日経ってるかどうかってとこだが。
定期的に、薬で色々とリセットされていたし。
1日ってことは、あり得ないな。
普通なら、ここに着くまでに3日はかかるはず。
えっ?
でも、寝てないし。
あれ?
マジ?
いや、1階層1時間で抜けたとしても、35時間。
前半はかなり飛ばしてたな。
まあ、モンスタールームで時間は沢山使ったし。
……あれ?
もしかして、三徹くらいしてないかこれ……
考えることをやめる。
考えたら、疲れそうな予感がしたからだ。
「少しズルしちゃおっか?」
「ズル?」
「なんだ?」
そんなことを思っていたら、カナタが皮の袋から何かを取り出す。
そんな袋持ってたっけ?
10階層で見たバックと、まったく違った形状してる。
そのバックはいまや、どこにも見当たらないが。
まあ良いや。
いや、よくない。
出てくるものがおかしい。
その皮の袋よりも、あきらかに大きな筒状の布。
丸められた絨毯?
「じゃじゃーん! 空飛ぶ絨毯12号!」
12号?
なぜ12号なのか?
11号まではあったのか?
疑問はつきないが、まあ聞かない方が良いだろう。
「なんで12号なのですか?」
「ああ、今までのは壁の染みか、夜空のお星さまになったから」
ブワッと冷や汗が出る。
チョコの馬鹿野郎!
聞かなくて、良いことを聞きやがって!
それにしても、ずるいな。
空飛ぶ絨毯。
なんか危険な乗り物っぽいけど。
そしてどう考えても、これからそれに乗ることになるよな?
俺たち。
でもって、今までの絨毯は壁の染みか、夜空のお星さまに。
分かるよな?
「へえ、夜空のお星さまになるとか、ロマンチックですね」
そうですねー。
んなわけあるか!
欠陥品ってことだろうが!
そもそも、皮袋も絨毯も色々とおかしいだろう!
……
俺は地面が好きだ。
大好きだ。
この二本の足で歩くのが、何より好きだ。
改めて、そう思える出来事だった。
「うげぇぇぇ!」
「それは、女の子として色々とだめだと思うよ?」
40階層に上がってすぐに、絨毯は消えたよ。
うん、あるにはある。
そこの壁に張り付いてる。
ふふ……絨毯って砕けるんだな。
知らなかったよ。
階段絨毯で上がるときさ、いや言葉がおかしいな。
絨毯は階段を上がらない。
そんなことはどうでもいい。
背もたれが無いんだよ。
分かるか?
必死で絨毯にしがみ付こうにも、掴むところもないんだよ。
なんでカナタは普通に座ってられるんだ?
イースタンだからか?
もう、意味が分からん。
階段を登る度に、股間がヒュッとなったさ。
落ちそうになると、カナタがいつの間にか手に持った鞭で捕まえて……もとい掴まえてくれたけどさ。
いや10歳そこらのガキが、片手で俺やチョコを引き上げるのって、どうなんだ?
もうステータスもステータス通りじゃなさそうだ。
やはり、イースタンってのは化け物だ。
そして40階層についたとき……
「さようなら、絨毯12号」
という、不穏な言葉を。
ばかっ! おろせ!
いや、この速度で落とされたらやばい!
かといって、絨毯と心中する気なんか……カナタこの! 馬鹿野郎!
結論からいうと、カナタに蹴り落された。
全身打ち身と擦り傷を覚悟したけど、地面にぶつかる瞬間に鞭でひょいっと掬われて転がされた。
勢いを殺した状態で、コロコロと地面を転がったおかげでちょっと肘を擦りむいた……
無言で緑色の液体をかけられたから、無傷。
そうか……これが、この絨毯の正しい降り方なのかな?
身体は無事だが、色々と死んだ。
主に、心が。
チョコは……女として色々と死んだ気が。
絨毯に乗って飛びながら、鼻水飛ばしてたし。
顔も風圧で酷いことになってたし。
なぜか特に崩れることのない顔で、カナタがチョコを見て爆笑してたけど。
絨毯が壁の染みになる前に、絨毯に染みが出来てカナタが嫌そうな顔してたり。
なんの染みかは、チョコの名誉のために言わない。
ただ、吐く前に履き替えた方が……
それどころじゃなさそうだ。
チョコは絶賛、目の前でリバース中だ。
だが、これでようやく休憩がもらえる。
良かった。
本当に良かった。
さて、俺も着替えないとな。
ちょっとだ。
チョコと違って、下着がちょっとな。
ズボンにまでは染みてないぞ?
まさか、この歳になってダンジョンでパンツを洗う羽目になるとはな。
「へえ、メルスのダンジョンの休憩所よりも良さそう」
「そんなところにも、行ったことあるのか?」
「観光がてらね」
部屋の隅で三角座りをしてブツブツと呟いているチョコを放置して、カナタと話をする。
噂通り、かなり上質の家具がおかれたスペースがあった。
テーブルセットもあり、いまソファに腰かけてカナタの出してくれたお茶を頂いている。
このティーセットがどこから出てきたのかは、気にしないことにした。
カナタの皮袋は、例にもらさずそうなのだろう。
イースタン特有のマジックバック的なやつか、異空間収納なのだろう。
本当に、羨ましい。
「てか、ダンジョンに観光って、本当におかしな奴だな」
「楽しいよ」
そうか。
楽しいか。
俺は、全然楽しくない。
「とりあえず、今日はここで食事にして1日ゆっくりしようと思う」
「へえ、1日もゆっくりしてて良いのか?」
「うん、なんかこっちのペースが早すぎて、向こうも慌ててるみたいだし」
「誰が、慌ててるって?」
「なんでもない」
よく分からないけど、1日フルで活動してたから本当に有難い。
おっ?
チョコが動きだした。
「食事ですね! やった!」
「まあ、ダンジョンでの食事なんてたかが知れて……」
あー、思ったより時間掛かったからサンドの野菜とかしなびたろうなとかさ。
肉も乾燥して固くなっただろうななんて考えていた。
チョコは10階層で食べたのとは別にフルーツとナッツ類に、スープを持ってきたと自慢していたが。
スープこぼれてないと良いな。
さっきの絨毯の移動で。
なんて思っていた。
カナタは手ぶらだったけど、どうせまたなんか作るんだろうなと思っていた。
皮袋を取り出すまで。
皮袋を見て、そこから何が出てくるのやらと思っていた。
思っていたが……
「お前……」
「ん?」
目の前で、テーブルの上に布を広げていた。
その上に置かれた高級そうなお皿。
上に乗ってる料理もな……
湯気出てるし。
匂いも……
もうやだ。
今日一番心が折れた瞬間だった。




