第4話:アンダーザマウンテン2~イースタンはおかしい~
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 色々なものが穴という穴から飛び出しちゃう!」
「うるせー! どういうつもりだコラッ! なんで俺が女子供とダンジョン踏破に挑まなきゃいけねーんだよ!」
取りあえずギルマスを笑顔で誤魔化しつつ、カナタとチョコを連れてアンダーザマウンテンの街にやる飯屋に来ている。
そこで、カナタの頭を両手の拳でグリグリと締め付けているところなのだが……
「うん? それは、そこにダンジョンがあるからさ!」
「くっ、いつの間に! というか、なんだよその理由!」
それこそいつの間にか俺の拳から逃れたカナタが、足元でこっちを見上げながら親指を立てている。
良い笑顔だなおい!
「しかも、なんで私まで~?」
横でチョコも頭を押さえている。
お前の頭はグリグリしてないぞ?
まあ、そう意味じゃないんだろうが。
「まあ、決まったもんはしょうがないじゃん? やったね! ギルマス直々の指名依頼だよ!」
「だから困ってんだろうが! 断れねーじゃねーか!」
「痛い! 痛い! 痛い!」
再度カナタを捕まえて、頭をグリグリする。
「まあ、おじさんもそろそろ箔を付けた方が良い歳だし、手伝ってあげるんだから感謝してよ!」
「おっ! お前はーーー!」
またも一瞬で抜け出したカナタを捕まえようとするが、その手は今度は空を切る。
ステータスはともかくスキルは伊達じゃねーってことか……って、逃がさねーよ!
身を低くして俺の手を躱したカナタの頭に拳骨を落とす。
「痛ーい! 何するんですか!」
「えっ? あれっ? わりー」
「わりー! じゃないですよ!」
いつの間にか拳の下にはカナタじゃなくて、チョコが居た。
うん、12歳で冒険者になっただけの事はある。
でも、いつかぶん殴る。
そしてチョコすまん。
文句はそいつに言ってやれ。
「あっ、お姉さん! あそこの机の人が食べてるのと同じの頂戴!」
「あらっ、お姉さんって私の事かい? まあ、可愛い事言ってくれて! 最優先で用意させるわ」
気が付くと、店の中にあるテーブルに座ったカナタが、おかみさんを捕まえて注文していた。
呑気かおい!
「二人とも何してんの? 早く! 早く! ご飯食べよ!」
うん、こうしてみるとただのガキだ。
少し可愛くも思えるが……
俺は溜息を吐くと、カナタの居るテーブルに向かう。
こっそりと逃げ出そうとしたチョコの襟を掴んで、引きずりつつ。
「ちょっ! なんで掴んでるんですか! 私帰らないとです! ママンが美味しいご飯を用意してくれてるのです!」
「嘘つけ! お前、他所の街から来た子じゃねーか! 宿屋暮らしじゃねーか!」
「はっ! 何故それを! まさか……」
まさかじゃねーよ!
顔合わせの時に、自身満々に自立したことを話してたじゃねーか!
実家から離れて? 一人で生計を立ててこそ? 冒険者としてうんたらかんたら言ってたのお前じゃねーか!
「いいからさー、早くおいでって!」
焦れたカナタに呼ばれて、仕方無しそっちの方に向かう。
「お待たせ! マウンテンボアのステーキだよ!」
「わあ!」
わあ! じゃねーよ!
俺達まだ注文すらしてねーよ!
というか、ガッツリだな!
お茶でも飲みながら、詳しい話をって事じゃなかったのかよ!
――――――
「じゃあ、明日の朝8時にギルド集合ね! そこで皆の装備を整えようね!」
「うん、じゃあ私も宿に帰って準備しないと」
「いや、お前大してもの持ってないだろ? 今日のリュックの中身も殆ど減って無いんだから、ほぼ準備なんてないだろ!」
「ええ、女性には色々と準備ってものがあるんですぅ」
「まあ、良いから良いから! おじさんの装備の整備してもらうんでしょう」
「ああ、そうだな。まあ、取りあえずカナタは泊まるとこ決まってんのか?」
「うん、ロイヤルガーデンに部屋取ったから」
「はっ?」
「えっ?
カナタの言葉に、思わず俺もチョコも固まる。
「そこ、一泊金貨5枚……」
「貴族御用達の観光宿……」
「そうなの? じゃあ期待できるね」
ちっ、ボンボンが!
……はっ!
いつの間にか、明日装備を整えて明後日ダンジョンに挑む事になってた。
どうして、こうなった……
――――――
翌朝7時50分にギルドに向かうと、小さいおっさんが居た。
ギルドカウンターの横にある、軽食スペースで新聞広げてコーヒー飲んでるお子様。
うん、あの黒い髪、黒い瞳は見間違る事は無い。
カナタだな。
「おはよう」
「ああ、待たせたか?」
「ううん、いま来たとこ」
嘘つけ!
新聞も、もう中ほどまで来てるしコーヒーも半分くらいまで減ってるじゃねーか。
まあ、チョコはまだみたいだから良いけどさ。
「取りあえず、55階層までは平均で7日~8日くらい掛かるらしいからな」
「うん、食料品はそこそこ必要って事か」
「本当に、制覇する気か?」
子供の思い付きにしては大それたことではあるが、全く気負った様子もないカナタに若干の不安を……不安?
E級の俺と、F級二人で? B級4人以上推奨のビルドのダンジョンを? 制覇?
不安しかねーわ!
というか、どうせ20階層に辿り着くまでに断念するに決まってるだろうし。
「おじさんのレベルが33だから、あと20は上げてかないとね。それは道すがらでいっか」
「ん? 俺、お前にレベルの話したか?」
「いや、クマみたいなおっさんに聞いた」
「うん、あの野郎……ちなみに、マスターな! クマみたいってのは間違って無いが、聞かれたら怒られるぞ」
どうやらマスターの野郎がカナタに俺のレベルの事を漏らしたらしい。
あのくそ親父が!
といっても、正面切って文句を言う度胸は無いが。
「ちなみにチョコはレベル2だってね。まあ、こっちはサクサク上がりそうだね」
「ああ、そうだな。俺はもう1年も変わって無いからそろそろ34に上がるとは思うが」
全くサボっていた訳では無いが、レベルも20後半から一気に上がりにくくなる。
とは言っても、レベルが上がればそれだけ難易度の高いダンジョンや依頼を受ける訳で。
俺みたいに自分のレベルより低い相手とばかり戦っていないで、パーティで高レベルの魔物を狩ってるような連中は上がりにくいだけで、上がるのは上がっていってるから単純に俺の働きが悪いだけだな。
「おっ、今日は早いんだな」
「珍しい、そのセリフそのままお返ししますよ」
テーブルに影が差し込んだかと思うと、熊みたいなおっさんが覗き込んでいた。
そう、マスターだ。
俺は依頼の内容次第ではこの時間でも平気でいるが、マスターがこの時間に居るのは珍しい。
いっつも昼前くらいまで出てこないからな。
というか、普段は執務室から殆ど出てこないくせに、またロビーに居る。
「あっ、クマさん! 昨日は素敵な宿を紹介してくれてありがとう」
お前か……
というか、普通にカナタはそこに泊まったのか。
チッ! 金持ちめ!
「ああ、よく眠れたか?」
「うん、中々良い寝具使ってたし、お風呂もあったしね。ここに居る間は、ずっとそこに泊まろうと思うから」
「気に入ってくれて良かった」
うん、本当にこのおガキ様は何者だ。
マスター相手に気負うことなく……というか、クマさんって言った。
こいつ普通にクマさんって言った。
あれか? マスターも流石に子供相手には大人な対応が出来るのか?
これが、普通の冒険者だったら速攻で地下の訓練場に直行だな、うん。
「それで、早速今から制覇するのか?」
「まさか! 取りあえず今日は1日かけて準備するつもりだよ?」
「それもそうか……まあ、生存率を上げようと思ったら、いまの装備じゃ苦しいところがあるからな」
うん? いま、観光って言わなかったか? 準備? ああ、そうですか。
聞き間違いかな?
「まあ、ジュブナイルもカナタに迷惑掛けるなよ?」
「はっ? 俺が? いやいやいや、迷惑掛けられるのはこっちでしょ? すでに、ダンジョン制覇が迷惑なんですが?」
マスターがおかしなことを言ってる。
なにその視線。
なんで、そんな憐れみを込めた視線を向けてくるんですか?
マスター?
というか、チョコ遅くない?
早く来て!




