豊前國
・豊前国
豊前国の風俗譬ば如馬。
(豊前国の風俗は例えば馬のようである。)
馬に名馬あり、曲馬あり、色々の毛品あり。
(馬に名馬あり、クセ馬あり、色々な特色がある。)
長高く、様子麗しく、毛能き馬の如し。
(背高く、様子麗しく、毛並みの良い馬のようである。)
然れども曲有の時難用者なり。
(しかしながら、クセが有った時は用いるのが難しい者となる)
然ば馬は馬に比べ而是を見れば、如曲馬と可知。
(しからば馬と馬を比べるように是を見ると、クセ馬のようだと知ることが出来る)
亦曲馬に走るあり、止るあり、喰あり、踏あり。
(またクセ馬には走る、止まる、噛みつく、踏むなどがある)
其曲無く、中気なるあり。
(そのクセが無いなら、中気になっている)
されば是国の風儀何れの曲あると考えるに、唯中気の如馬にして、真実定まりたる意地なく、死生を論る場に至る時、人として死は重きと云事不知と云事無し。
(そうであればこの国の風儀にどのようなクセがあるかと考えると、ただ中気のような馬で、真実を定める意地なく、死生を論じる場に至った時、人にとって死は重いという事を知らないという事が無い)
然ども不得正時は、為忠一命を捨て、為孝死を致し、為義命を失う事常の習なるに、是国の風俗義忠孝義理を忘れて、命を遁るるもの千人に七八百如斯也。
(しかれども納得できなくても、その時になったなら、忠の為一命を捨て、孝の為死を致し、義の為命を失う事は常の習いであるのに、この国の風儀は義忠孝義理を忘れて、命を惜しさに遁げるもの千人に七八百人はそうである)
されば是理を不知かと思に左には非ず。
(そうなれば理を知らないかと思えば、そうでも無い)
能を知て、能く失道者也。
(才能を知りながら、よく道を失う者である)
誠に一旦の忿の為に命を挫く者雖有之、義に因て命を捨てる所の者鮮し。
(本当に、一時の怒りの為に命を挫く者が居ると言えども、義に因って命を捨てる者は珍しい)
蓋是理本く人無くして、唯気質の儘に執行所のものなれば、不義不理曲馬国とも可謂乎。
(もしかしてこれは理に基づく人が無くて、ただ気質の儘に執り行うことによるならば、不義不理曲馬国と言ってよいだろう)
亦自然に勤る処の人あるはその気質の汚れを能く削る。
(また自然に勤められる人が居れば、その気質の汚れはよく削る)
人は其の志の厚き事拳而可仰所なり。
(人はその志の厚き事を挙げ、それを仰くものである)
・超意訳
豊前の人は例えるなら馬みたいだ。
一言で馬と言っても、名馬あり、クセ馬あり、それぞれに個性がある。
背が高く、容姿麗しく、毛並みの良い馬もクセがあった時は面倒だ。
これを踏まえて豊前を見ると、まぁクセ馬だね。
クセ馬と言っても、急に走り出す、急に止まる、噛みクセ、踏みクセ、様々なクセがある。
クセが無くても頭の病気という事もある。
この国の人がどんなクセ馬かと言うと、頭の病気になった馬だろうな、正しい事への指針が定まらない。
例えば人にとって死は重いものだ。しかし、たとえ納得できなくてもその時になったら、正しい事の為に命を捨てるのが当たり前なのに、命惜しさに逃げ出す輩が大半だ。
かといって道理を知らないわけでもなく、才能があるのによく道を外れる。
感情に任せて命を失う者が居るかと思えば、正義に命を懸ける者は珍しい。
もしかしてこれは、道理じゃなくてワガママなんじゃないか?
だとすれば、この国は不義不理曲馬国と呼ぶべきだね。
真面目に勤めあげる人が居れば、その周囲は良くなるよ。
志の高さを周囲は仰ぎ見て影響を受けるからね。
・私評
馬…馬で来るとは思わんかったな。
しかし何というか、脳卒中になった馬という例えが具体的でかえって酷評さが増している。
最後に少しフォローしているのは、作者も流石に言い過ぎたかと思ったのだろうか。
※中気=脳卒中の古い言い方
・一言要約
頭を病んだ馬




