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【完結】三百年生きた鬼は、初恋で永遠を手放す  作者: 木風


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1/1

三百年生きた鬼は、初恋で永遠を手放す

深い山奥の社に、紅月という鬼は住んでいた。

三百年を超える年月を重ねながら、いまだ青年のような姿を保つ彼が、初めて心を奪われたのは、山里で出会ったひとりの幼い少女だった。


透き通るような瞳。

儚げな頬。

短い人生の中で、精一杯に世界を見つめる姿——それが紅月の心を、永遠に焼き付けた。


「君を手放したくない」


そう決めた時から、紅月の長い計略が始まった。


『計略』とは言え、それは彼女を傷つけないための、卑怯なほど遠回りな手段に他ならない。


鬼は一生に一度だけ、自分の角の一部を人間に食べさせることができる。

そうすれば、その人間も長い寿命を手に入れることができるのだ。

それを求めて争いが起きるほど。


けれど、彼女はそれを拒んだ。


紅月は何年もかけて、あの手この手で、彼女の口へ角を含ませようとした。


十の夏。

水汲みに出た彼女に、澄んだ湯を贈った。


「これを飲むといい。身体が丈夫になる」


彼女は香りに気づいて、微笑した。


「このお湯、鬼様の角の香りがしますね……これを欲しがる人がいるのも、知っています」


十五の秋。

紅月は作った団子を持ってきた。


「月見には団子が必要だろう」


彼女は一目見てクスクス笑い出す。


「優しいお気遣い。ですが、色が鬼様の美しい紅の眼そっくり」


二十の冬。

冬が過ぎ、雪解けの匂いが山に戻ったころ。

頼み込んだ。膝をついて、両手を合わせた。


「お願いだ。永遠に一緒にいよう。君を失うことだけが、この長い人生で耐えられない苦しみなんだ」


彼女は静かに首を振った。


「紅月様。何度言わせるのですか。私は、有限の命だから、ここにいるのです」


翌年の春。

二人が初めて出会った山里の社で、大人になった彼女が立っていた。


かつてと変わらずに透き通った瞳。

彼女は微笑んだ。


「紅月様。もう、無理に角を口にさせようとするのはやめてください」

「どうしてなんだ」


紅月は問いかけた。その声には、三百年の時間の重さがあった。


「どうして、君は僕と一緒に永遠を歩もうとしないんだ」


彼女はゆっくりと、社の中を見渡した。

障子を通して差し込む光。

その光に踊る塵。

社の片隅で咲く山桜。

季節ごとに色を変える庭の木々。


「有限の命だからこそ、この世界は、こんなにも美しく見えるのです」


彼女は静かに話し続ける。


「毎年春が来るたびに、桜はもう二度と同じ花を咲かせません。夏の夜空の星も、私たちの時間も、すべてが一度きりだから——」


その言葉は、紅月の心に深く沈んだ。

紅月は答えることができなかった。

その代わりに、彼女に手を伸ばした。

彼女は優しくそれを握り、そしてその手を自分の腹へと導いた。


「大丈夫。あなたとのお腹の子が大きくなるまで、ちゃんとおそばにいますよ」


そして、静かに、優しく、三百年の時を重ねた鬼を抱きしめた。

社の障子に夕焼けが映った。

その光は、もう二度と同じ色では射さないだろう。

だからこそ、それは美しかった。

紅月は喉を詰まらせ、角の疼きを感じながらも、初めて理解した。


紅月は、言葉の代わりに息を吐いた。

夕焼けの色が障子に滲み、彼女の指が、腹の上で小さく笑った。

——失う痛みごと抱いて、それでも今が愛おしい。

それが、永遠に一番近いのだと。


彼女の髪を撫でながら、紅月は静かに目を閉じた。

春の社で、初めて出会った日のことを思い出しながら。

そして、有限の時間の中で、彼女の腹の奥の小さな温もりとともに、無限の愛を感じていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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