10 炎の令嬢ソバージュ2
人の壁を作り、わたしを守ろうとする看守さんたち。
ソバージュさんは炎の照り返しを受け、全身を赤熱させながらワナワナと震えていた。
「あ……あなたたち、わかってるの!? エアストル様が回復されて国王になれば、奴隷制度が廃止になるのよ!? あなたたちも自由になれて、国に帰れるのに!」
「そんなの、わかってる! わかってるけど……! だからって、フェアリーさんを殺すのは間違ってる!」
「そうだ! フェアリーさんだけは、俺たちを奴隷扱いしなかった! この国の人たちはみんな汚いものでも見るかのように、俺たちを見るのに!」
「飢えててもほったらかしで、死んだら野良犬のように捨てられる! いくらがんばっても干からびたパンしかもらえないのに! だけどフェアリーさんだけは、俺たちのことを人間扱いしてくれたんだ!」
「だから俺たちは奴隷としてじゃなく……人間として、フェアリーさんを守るっ!!!!」
「ちょっと、どいてください」
その熱い気持ちに水を浴びせるように背後から声を掛けると、看守さんたちの人垣が「えっ」となって割れる。
わたしが逃げもせず、むしろ鉄格子のそばにいたのでソバージュさんはキョトンとしていた。
「これをどうぞ」と手にしていた小袋を差し出すと、目をぱちくりさせる。
「えっ……? これは……?」
「わたしが作った美容液です。これを水で戻して肌に塗ってください。そしたら、ソバカスも消えるでしょう」
「そ……そんなわけないでしょ! 治癒魔法でも消えなかったのに!」
「ソバカスはケガではありませんからね。ちなみにその美容液は、わたしも毎日使っています」
ソバージュさんはわたしの肌つやの良さを確認したあと、わずかに逡巡したのちに小袋を受け取ってくれた。
「きょ……今日のところは許してあげるけど……もし効かなかったら、覚えてなさいよ!」
奇妙な捨て台詞とともに去っていったソバージュさん。
やれやれ……。でもこれでしばらくは大丈夫かな、と思っていたんだけど……。
次の週の朝には、彼女はまた鉄格子ごしにわたしに詰め寄っていた。
「あなたがくれた美容液、あれはなんなの!? 1日塗っただけで、ソバカスが消えたんだけど!? いままで、なにを試しても効果がなかったのに!?」
「主成分は、ナイトゲールのフンです」
「えっ!? ふ……フン!? な、なんてものを!?」
「でも、効果はあったでしょう? ナイトゲールのフンには尿素がたくさん含まれているので、肌にいいんです」
「そ……そうなんだ……。バンシー様も私の肌を見て、びっくりしてた。私に欠点が無くなったから、他の子をイジメるようになったみたい。婚約者からもよりを戻したいって言われたけど、こっちからフッちゃった」
「そうですか」
「その……ありがとう。それと……殺すなんて言って、ごめんなさい……」
ペコッと頭を下げるソバージュさん。彼女の後ろで棒を持って控えていた看守さんたちはホッとしていた。
「どういたしまして」
「それで、その……。この美容液、もっともらえないかな? エアストル派の令嬢たちから、欲しいって言われて……」
「いいですよ。ついでに、レシピも教えましょう」
「えっ、いいの!? レシピって、大事なものなんじゃ……!?」
「そうですね。でも、わたしが持っていても宝の持ち腐れですから」
わたしはナイトゲールの美容液のレシピを書いた紙を、ソバージュさんの手を包み込むようににして渡した。
「これで、肌のことでイジメられている子が他にもいたら、助けてあげてください」
するとソバージュさんは、雷に打たれたようにビクリとなる。
恥じ入るように赤くなったあと、感動に瞳を潤ませはじめた。
「あ……あなたって、なんて慈悲深いの……!? 私は自分がいじめられなくなってホッとしてたのに、あなたは他の子のことも気づかうなんて……!」
ソバージュさんは危険といわれている魔女の牢獄に乗り込んでくるだけあって、感情にまかせて動くタイプのようだ。
わたしのことをつい先週まで親の仇のような目で見ていたのに、いまでは尊敬のまなざしに変わっている。
「決めましたっ! 私、このレシピを広めて、あなたが魔女であるという誤解を解いてみせます! 見ててくださいね、フェアリーお姉様っ!」
「え」となる間もなく、ソバージュさんはまわりの見えなくなったイノシシのような勢いでわたしの前から走り去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ソバージュは商人として成り上がってきた貴族の娘であった。
彼女はその人脈の広さと元来の人なつっこさを活かし、美容液をエアストル派の令嬢たちに広めていく。
魔女の作った美容液なんて付けたら呪われる、という拒絶反応がほとんどであったが、それは最初のうちだけ。
ソバージュの肌が日に日に美しくなっているのを見てガマンできなくなり、令嬢たちは次々と美容液に手を染めていった。
「き……キレイになれるんだったら、呪われたっていい!」
「これ、最高! いままで使ってきたどの美容液より肌のツヤが良くなるわ!」
「ほ……本当だわ! まるで10歳若返ったみたいにすべすべ!」
特に高齢、派閥内では権力のあるご婦人方には大好評であった。
肌の白さは七難隠すというが、女の社交界においては七つの武器を手に入れたも同然となる。
磨き上げられた肌で賢老院の年寄りたちを味方につけ、エアストル派が息を吹き返していく。
その様はまるで、瀕死に追いやられた勇者がエリクサーを飲んだ時のような、奇跡的な復活であったという。
しかし、そのことをフェアリーは知らない。
自分の作った美容液が、上流階級の女たちの間で伝説の秘薬のようにもてはやされていることを。





