29
「領主様はまだお戻りになってはいないの?」
「ええ、お父様はまだ王都にいると思いますわ」
領主不在で街の兵士を動かして良いのか?
「せめて領主様がお戻りになるまで待った方が良いのでは?」
「重ねてのご心配有り難く存じますが、対処が遅れればそれだけ領民が傷つき不安が募りますわ。それに、許可は頂いておりますのよ。お父様も早期の解決を望んでおられますので」
これは止まりそうもないな。シャロットも分かっている筈だ。この討伐で少なからず此方にも犠牲が出るということを。俺はどうしたいんだ? きっと俺がいなくても何とかなるだろう。でも、俺がいれば犠牲を少なく出来るかも知れない。その為にはシャロットに俺の力を話さなければならなくなる。彼女を信用出来たとしても、彼女の父親―― つまりここの領主が信用出来るかどうかも分からないのに軽率な事は慎んだ方が良いはずだ。
なのに…… どうして、こんなにモヤモヤした気持ちになるのだろう? 同じ元日本人でも、こうも違うものなんだな。彼女は自分の夢と領民を守るためにこの世界を受け入れ、自身の倫理観に基づき人を裁こうとしている。
俺はどうだ? この世界に生まれて力を貰ったけど、特別何かをしたい訳ではない。俺自身の目標も無く、ただ周りの状況に流されて生きているだけだ。前世と同じように…… 記憶が残っている限り人は死んでも変わらない。生まれ変わっても、どうしようもない俺のままだ。賢い生き方なんて、そんなの分からないよ。
「俺も連れていってくれないか?」
「え? お気持ちはとても嬉しいのですが、危険でしてよ? それにライルさんは商人であり、そのような御方をお連れする訳にはいきませんわ」
「兵士達の犠牲を減らせるかも知れないと言ったらどうする?」
シャロットは俺の言葉で目を見張り、此方を凝視してきた。
「それはどういった意味ですの? 恐れ入りますが、ご説明願いますか?」
「一時的なゴーレムを生産するには魔力が大量に必要になる。だけどシャロットの魔力量では十分な量のゴーレムが作れない。だから兵士や冒険者を集めなくてはならなかった。そうだよね?」
「仰る通りですわ。それがどうかなさいまして?」
「俺の魔力量は人より多いみたいだから、その魔力をシャロットに分け与え、ゴーレムを大量に作り出せば、戦いに出る兵士や冒険者達を少なくする事が出来るはず」
「っ!? そんな事が可能ですの? 他人に自分の魔力を与えるなんて聞いたことがありませんわ」
やっぱり簡単には信じて貰えないか。どうしたらいい? どうしたら彼女の心を動かせる?
《頼む。詳しくは話せないけど、俺を信じてほしい》
俺の喋った日本語を聞き、シャロットは顔を空に向けて暫く思案に耽ると、困ったような微笑みを浮かべた。
《ずるいわね。そう言われて、信じない訳にはいかないでしょ?》
俺達はシャロットの馬車に乗り、盗賊のアジトがある場所へ向かっている。その途中に魔力を分け与える事が出来るのを証明したり、盗賊の事を聞いていた。どうやら盗賊はここから西に行った所の山中にある廃村をアジトにしているらしい。流石に目立ち過ぎるという理由でシュバリエは門番として街に置いてきてある。
「ごめんな、エレミア。また勝手に決めてしまって……」
「別に良いわよ、何時もの事だしね。私はただライルを守るだけ、だから安心して自分のしたい事をすればいいの」
うぅ…… なんだか日頃から我が儘を言っているように聞こえてしまう。端からみればそう見えるのだろうか?
「仲が宜しくて大変結構ですわね。続きを話してもよろしくて?」
「あ、はい。お願いします」
「当初の作戦は夜寝静まった所にアジトである廃村に奇襲をかけるというものでした」
「それだと、何名か逃げ出す者が出てきそうだね」
「仰る通りですわ。でもこれ以上兵士を集めたら街の守りが薄くなってしまいますので仕方ありませんでしたの。けれど、ライルさんのお力があればわたくしの魔法でゴーレムを大量に造り出し、アジトへ奇襲を仕掛ける事が出来ます。兵士と冒険者達にはアジトの周りを囲い、逃げてきた盗賊を捕まえて頂きます」
「その間俺はどこにいたら良いんだ?」
「後方でエレミアさんと一緒に待機していて下さいませんか?」
魔力を沢山使うみたいだし、俺は戦闘に向かわずサポートに徹した方が良さそうだな。
「あのさ、ゴーレムをどうやって操るのか聞いても良いかな? 一度に複数を操るなんて可能なの?」
「ご説明致しますわ。シュバリエのように魔核を頭脳、動力源としたゴーレムは登録された魔力を込めて命令を送るとそれに従ってくれます。細かい判断は術式通りに動いてくれますので、魔力の消費量が格段と抑えられていますが、今の術式では余り融通が利きませんわ。その点、魔法で造り操る場合は常に魔力でわたくしと繋がっている状態ですの。その為、判断力や思考ルーチン等の基準がわたくしの脳から得ていますのよ。つまりわたくしの脳が彼等のCPUなのですわ。しかし魔力の消費量が激しく、そう長くは持ちません。わたくしの今の魔力量では満足に操れるゴーレムの数は十体までですわね。報告によりますと、盗賊は四十人はいるらしいので、とても足りませんわ」
長持ちするが融通が利かないゴーレムと、優秀だけど稼働時間が短いゴーレムか、どれも一長一短だね。




