44
ウェアウルフに指示を出していた人物が殺された。
恐らく殺害したのは別のウェアウルフで、十中八九口止めだろうね。俺達があのウェアウルフ二体に気付き接触した時点で任務は失敗と判断し、監視していた上位のウェアウルフがその人物を始末して情報の漏洩を未然に防いだ。
用意が周到過ぎる。まぁ国王の暗殺を企むのだから、綿密な計画を立てるのは当然の事だが、その準備にどれだけの時間と金をかけたのか…… いくら貴族派の連中でも実行に移すのは難しいだろう。やはり裏ギルドの情報通り、公国が絡んでいるようだ。
「難しい顔してるけどさ、あいつらを取っ捕まえれば全部分かるんでない? 」
「アンネ様の言う通り。自殺される前にライルの力で動きを止めるべきよ」
それはそうなんだけど、口封じに動いたウェアウルフが気になる。今は領主が中心となって妖精達の力を借りながらそのウェアウルフを捜索しているらしいが、見つけても対処出来るかどうか……
白百合騎士団が相手をしているウェアウルフを見て分かった。最初に出会った三体のウェアウルフが群を抜いて強い。シャロットと妖精達と言えど、その内の一体を街中で相手にするのは分が悪いのでないか?
それにこう言っては何だが、下っ端なんかより今もインファネースに潜んでいるウェアウルフの方がずっと有益な情報を持っている気がする。
『お前の世界での言葉に、二兎を追う者は一兎をも得ずというものがあるだろう? まだ姿も確認されていない者より、目の前にいる者を確実を捕らえるのだ。余計な事を考えておれば手遅れになってしまうぞ』
『…… そう、だね。家にはゲイリッヒとオルトンもいるし、俺達は目の前のウェアウルフに集中しよう。ありがとう、ギル』
やれやれ、世話が焼ける―― と、魔力収納の中でギルが溜め息をつく。お手数おかけしてすいませんね。
気を取り直して意識を白百合騎士団とウェアウルフに移すと、団長とアルマの激しい攻勢に翻弄されるウェアウルフの姿があった。
宣言したように手足を奪おうとする団長に、男のウェアウルフは恐怖に引きつった顔でどうにか防ぎ、アルマの防御を一切無視した突撃に、女のウェアウルフもたじたじである。その為、二体とも自害する暇もない。
このまま捕らえられるか? それだったら俺も彼女達にこの力を見せずに済むのだけれど……
テオドアにウェアウルフの魔力を吸収して自害の邪魔をするという手もあるが、それをするには姿を見せなければならない。王妃直属の騎士団がアンデッドを見逃すとは思えないので、テオドアに頼むのは難しい。同じ理由でバルドゥインも却下だ。まぁ第一条件が捕獲だからな。どのみちバルドゥインでは勢い余って殺してしまいそうなので出番はない。
例えエレミアとアンネがあの戦いに加わったとしても、ウェアウルフが自殺してしまう可能性は無くならず、隙を見て彼等は自身に埋め込まれている魔力結晶を破壊しようとするだろう。
「ライル、悩んでいる時間はそう無いわよ? 早くしないと本当に手遅れになってしまうわ」
そうだな…… もう悩んでいる暇は無いか。本音を言えば、生き物の尊厳うんぬんは言い訳に過ぎず、魔力支配の力で本人の意識を関係なく操れる事を出来るだけ他の人に知られたく無いだけ。もしこの力を知られてしまったら、敬遠されてしまいそうで怖いんだ。だってそうだろ? 人の自由を奪い操る力を持つ奴が身近にいるなんて、俺だったら絶対にそいつを警戒して信用出来なくなる。
せっかく築いた信用も、たった一つの事で簡単に崩れてしまうものだ。レグラス王国での戦いでは、地上と空とでクレス達とも離れていたから、俺が何をしたか迄は分かっていない筈。しかし今回はバッチリと見られてしまう。勘の良い奴ならそれだけで察してしまうだろう。
都合が悪くなったら他国へ逃げれば良い…… 当初はそんな風に考え気楽に構えていたが、今となってはインファネースから離れるのを渋っている。この二年という月日は、自分が思っている以上に長かったようだ。
『ならば、その長い月日で培ったものを信じれば良い。お前は領主やシャロット、南商店街の者達が信じられんのか? 未知の力に警戒し恐れるのは当然な事だが、先ずはお前が皆を信用しなくては何も出来ぬぞ? 恐れる気持ちは否定せんが、それで止まってしまえば何処にも行けやしない。一人で進めぬのなら、我らが背中を押してやる』
ギルの言葉を受け、魔力収納にいるアルラウネ、アルクネ、ムウナ、テオドア、バルドゥイン、そして側にいるアンネとエレミアを見る。
俺の力を知っても信じてついてきてくれる仲間達に不様な姿を見せて失望されてしまう方がずっと辛い…… なら迷う必要はないな。そう覚悟を決めてアンネの精霊魔法でウェアウルフ達の下へ行こうとした時、俺の視界に突如現れた魔力を視た。
速い!? 尋常じゃないスピードで此方へ向かってくる魔力が一つ。この魔力は…… ウェアウルフのものだ。
突然の事で反応が遅れてしまい、その魔力の持ち主が包囲している白百合騎士団の頭上を飛び越え、団長とアルマ、ウェアウルフ二体の側に着地する。
〈な、何だ!? 〉
〈む? 新手か? 〉
〈こ、この匂いは…… !? 〉
〈もしかして…… ボス? 〉
ウェアウルフさえも予想していなかったのか、そこにいる全員が目を丸くして乱入者に釘付けとなり動きが止まる。
〈おいおい…… お前ら変な気は起こすなよ? ただでさえ俺達は数が少ないんだから、こんなつまらない事で死のうとすんじゃねぇぞ〉
白百合騎士団に囲まれているのにも関わらず不敵な笑みを浮かべるのは、青い体毛を持つウェアウルフだった。




