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暫く人の波に身を任せ、徐々にウェアウルフとの距離を詰めていく。
魔力念話でテオドアの視覚と聴覚を同調させ、ウェアウルフの様子を見るが、今の所何か問題を起こす雰囲気は感じない。
また、彼等に指示を出している者については、北商店街代表のカラミアと領主が目下調査中との事で、何か分かり次第追って報告するらしい。
もうすぐウェアウルフを肉眼で捉えられる距離まで近付くと、彼等が反応を示す様子をテオドアを通じて確認出来る。
〈おい、この匂いは…… もしかして例の人間か? 俺達の存在に気付いて追い掛けて来たって事は、ないよな? 〉
〈さぁ? 偶然って事もあるし、まだ何とも言えないわね。とにかく此処を離れましょうよ。ボスが言うにはあの人間も要注意だけど、その仲間達が化物揃いで危ないらしいじゃない? 〉
一軒の屋台の前でウェアウルフが俺の存在を匂いで感じ取り、警戒を露にする。王妃様の推察通り、俺の事を知っているようだ。彼等の会話に出てくる “ボス” なる者の正体が気になる所だが、それは捕らえてから聞き出すとしよう。まぁ、予想ではカーミラか前に会った三体のウェアウルフのどれかなのだろうけど。
『む? 良い具合に避けて行ってはくれるが、これは目的地まで誘導するのは少し厳しいのではないか? 』
確かに…… 誘導する場所は港の倉庫エリアの予定なのだが、そこまで上手く移動させるのは思っていたよりもずっと難しい。
『一人では思うようにいかないのも仕方ない。彼奴らの会話ではライルだけでなく我らの存在も知っている風であった。ならばここは我らも彼奴らへ近付き、徐々に包囲し転移魔術へ無理矢理押し込んでやろうではないか』
なるほど、四方からウェアウルフを囲って逃げ道を絞る訳だな?
魔力収納から出てきたのは、実際にあの三体のウェアウルフと戦ったゲイリッヒとムウナ、そして発案者のギルである。
〈ん? 何か変な匂いがするな。人間でもなければ他種族のものでもない〉
〈ここはあの人間の縄張りなのよね? ならその仲間の匂いなんじゃない? 今ここで見付かるのは面倒だわ。匂いを避けて北地区まで一旦退避し彼から指示を仰ぎましょう〉
〈ちっ、あの野郎に従うのは癪だが、これが失敗したらボスの顔に泥をつけちまう。もう一度聞くけど、俺達の正体に気付いている訳ではないよな? 〉
〈…… 分からないわ。最悪、私達に気付いていると想定して行動した方が良いわね〉
中々に用心深く、そう簡単にはいかないようだ。今北地区に向かわれては領主とカラミアの邪魔となる。このまま様子を見てその指示を出している者を突き止めるというのも考えたけど、貴族の邸に籠られたら面倒だ。
ゲイリッヒとムウナ、ギルの三人は魔力念話での連携を取り、ウェアウルフの逃げ道を一つずつ塞いでいく。
〈くそっ! あれが話にあったヴァンパイアか…… こんな真っ昼間から出歩いてんじゃねぇよ〉
〈一目見て分かるけど、あれは想像以上だわ。ボスはあんなのと戦って良く死ななかったわね〉
〈それに初めて嗅ぐ匂いの奴が二人。あいつらが一番やべぇ…… この人間の姿じゃなかったら、全身の毛が逆立っている所だ〉
〈そうね、特に恐怖を覚えたのはあの男の子よ。なによあれ…… 得体が知れないって話じゃない。本能が全力であれから逃げろと警笛を鳴らしているわ。あいつら、よくも私をこんな化け物の巣窟に送ってくれたわね。帰ったらボコボコにぶん殴ってやる〉
彼等は逃げる先に待ち構えるゲイリッヒに顔を青くし、ギルに恐怖した。ムウナを目にした時なんか絶望の表情を浮かべていたのには少し同情してしまったよ。
しかし、彼等の洞察力と危機察知能力は見事なものだ。匂いを嗅ぎ、本能で相手の力量を見極めるとはね。だからこそ、男の子姿のムウナにあれほど異常に反応を示したのだろう。
既に歩きから小走りになった彼等を追い掛け、港の倉庫エリアまで追い詰めていく。これがゲイリッヒ達以外の者だったなら、逆上して襲って来ていたかも知れない。明確な実力差を感じ取ったからこそ、彼等は今全力で逃げているのだ。
祭りの喧騒が遠退き、波の音が目立ってくる。
予めへバックには、この周辺の人払いをさせてある。もしここで戦闘になったとしても被害は建物だけで済む。だが、その騒ぎで人が集まってくるかも知れないし、魔物の侵入を許した事が広まれば独立から一歩遠くなってしまう。出来るなら市街地での戦闘は望ましくない。
そんな俺の心配を知ってか知らでか、ウェアウルフの二人は隠れるように倉庫の一つに入っていった。だが残念、君らにはあのテオドアが取り憑いるかのようにずっと側にいるんだよね。
〈ふぅ…… ここまで来たのに全然匂いが遠ざからねぇ。これは完全にばれてるな〉
〈ちょっと、私はあんなのと戦うつもりはないからね! 〉
〈分かってる、俺だってやりたかねぇよ…… やっぱり匂いがどんどん近付いて来やがる。どうやってるのか知らねぇが、俺達の居場所が分かってるみたいだな。国王を殺した後、逃げる時に使えと渡されたが、ここで使っても良いよな? 〉
ウェアウルフの男がそう言って懐から取り出したのは魔力結晶だった。
『っ!? あれは転移結晶…… ギル! 倉庫の壁をぶち破れ!! 転移されてしまう! 』
『言われずとも分かっている!! 』
結晶に刻まれている魔術が発動される前に、ギルの拳が彼等の潜んでいる倉庫の壁に大穴を開ける。
出来るだけ損害を出したくはなかったけど、こればかりはしょうがないないよね? 後で倉庫の持ち主には弁償と賠償をしなくちゃいけない…… 経費で落ちないかな?




