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『はぁ、確かに羽虫一匹では説得力に欠けるのは道理。致し方ない、我も出るとするか』
そう言うとギルはドラゴン形態のままで魔力収納からその巨体を出した。この広い空間の半分がギルの体で埋る、久し振りに肉眼で見たけどやっぱりデカイね! 背中なんかギリギリ天井につかないぐらいだ。
「女王様! お下がりください!」
リヒャルゴが素早く女王の前に出て、他の近衛隊の人魚達が俺達を囲み槍を突き出す。 おい! 出てくるんならせめて人化してくれよ!
「ま、まさかギルディエンテ!? 槍を納めなさい! 貴方達が束になっても敵う相手ではありません! …… 初めまして――ですね? 確か千年程前に封印されたはずでは?」
「うむ、初めてお目にかかるな、人魚の女王よ。その問いに答えよう、我の封印は解かれたのだ。ライルの持つ魔力支配の力によってな」
「そ、それでは本当なのですね? 人間には過ぎ足る力、あの御方は何を考えていらっしゃるの?」
「それは我にも分からぬ…… 彼の方のお考えは、我等には到底理解に及ぶものではない」
女王は椅子に座り直し、深い溜め息を溢す。
「妖精の女王にギルディエンテもついているのなら、信じざる得ませんね。ライル君、不快な思いをさせてすみませんでした」
「いえ、此方は気にしておりませんが、その…… 魔力支配とはそんなに驚くような力なのですか?」
不思議に思い尋ねると、女王はギルとアンネに目線を配る。目線を向けられた二人は静かに首を横に振った。
「そう…… 何も知らないのね。貴方のその力は “神” によって与えられたものです」
「はい、先天的スキルや魔法スキルはそうだと教わりました」
「なら、魔力支配のスキルは “どの神” が授けたと思いますか?」
どの神とは、どの属性を司る神という意味だろうか? そう言われれば魔法スキルと違って鑑定、空間収納などの先天的スキルには属性はないので、どの神と言われても検討がつかない。余り深く考えていなかったので気付かなかった。
「彼に話しますが、よろしいですね?」
「そうだね、わたしもこれ以上内緒にはしたくなかったから」
「我も子細ない。ライルには知る権利がある」
何だろう? 確かにアンネ達は俺に話せない事があるようだった。でもそれは普通だと思う、いくら親しい間柄でも何でも話せる訳ではない。逆に親しいからこそ話しにくい場合もあるし、それを無理矢理聞き出そうなんて思わない。でも、聞かせてくれるというのなら俺は知りたい。
「ここに人間は貴方だけ、この事は他の人間には言わないようお願いします」
「はい、分かりました」
「私も分かったわ」
俺とエレミアの返事を聞いて満足したように頷き、女王は語りだした。
「この世界には七柱の神がいまして、それぞれ火、風、水、土、雷、光、闇の属性を司っています。属性を司るとは、そのものを支配、管理する事です。しかし、神はこの世界に直接的な介入が出来ません、でも間接的には可能です。それが、“スキル” なのです。この世界にスキルという体系を創り出し、管理しています」
「創り出したということは、元々スキルは存在していなかったのですか?」
「ええ、貴方の言う通り、スキルはこの世界が創られた時に出来たものです」
この世界が創られた?
「今、ここには二つの世界が存在しています。私達がいるこの世界と神がいる世界です。この二つの世界は元は一つでした」
「一つ? それは神も人間も同じ世界で暮らしていたのですか?」
「そうです。もっともその時は七柱の神もまだ神とは呼ばれていませんでしたけどね」
ん? まだ神では無かった?
「気づきましたか? 神は元々一柱だったのです。その世界は完璧でした。マナに満ち溢れ、誰もが魔法を使える。飢えもなく、寿命も無く、誰も死なず、何も生まれず、何も求めず、何も失ず、何も奪わない。変化を必要としない固定された世界です」
なんて言うか…… 凄いね。死なない、老いない、生まれない、欲望も何もない。何も求めないから争いもない、食事も必要ない、ただ時間が過ぎていくだけの世界。でもそれって楽しいのかね? 何を思って生きれば良いのだろう?
「しかし、そんな世界も終わりを迎えました。神が世界を二つにしてしまったのです。殆どの種族がこの世界に送られ、選ばれた者達が神の世界に残りました。そして神はこの世界を管理するために、自分の権能を七つに分け、選ばれた者達に与えました。それが七柱の属性神と呼ばれる存在です。 神の世界は元の世界と同じ仕組みで、この世界には様々な制約を課せました。スキルもその一つです。神はこの世界に命の誕生と喜びを与え、愛の営みと慈しみを与え、奪い争う場を与え、憎悪と愉悦を与え、死の恐怖と安息を与えました」
「…… その神様はどうなったのですか?」
「神に残されたのは “生と死” を司る力のみ。世界の管理を七柱に任せ、今は魂の管理をしています。貴方の記憶も、そのスキルも神の手によるものです」
生と死を司る神が俺を記憶持ちとして転生させたのか。
「何故、俺なんですか? いったい何を考えているんですか? その神様は」
「分かりません。あの御方以外には誰にも分からないでしょうね」
何だよそれ…… 本人に聞くしかないってか。
「そのスキルは魔力で触れられるものを支配する力、それを完全に使いこなせるようになったら、貴方は魔力だけで死に瀕した者を救い、生ある者に死を与え、現象と物質を思うがままに操り、新たな物を生み出すでしょう。正しく神の力です」
そうやって聞くと、とんでもない力だな。そんなもん俺に与えてどうすんだ? 本当に理解に苦しむよ。別に恨んでいる訳ではない、どうしてそんな事をしたのか聞きたいだけなんだ。人間ならきっと一度は疑問に感じた事があると思う。自分が生まれた訳ってやつを…… 俺がこの世界に生まれ変わったのには意味があるんだと、そう思いたいだけなのかも知りないけど、それでも問わずにはいられない。
神様、貴方は俺に何を求めているのですか? 俺にはこの力を使いこなす自信も、貴方の期待に応えられる自信もありません。本当に俺で良かったのですか?
「お前は彼の方の力を使う許可を得ているのだ。誇る事はあっても嘆く事はあるまい?」
ギルが慰めてくれた――のか?
「アンネとギルは俺にその力があるから一緒にいるんだよな? どこで確信したんだ? 俺の言葉を信じた訳ではないんだろ?」
アンネはともかく、ギルは出会った時から何か確信に至ってたみたいだしな。
「それはね~、わたし達があの御方からこの世界のマナを直接管理するために送られてきた種族だからだよ。支配系のスキルは謂わば加護のようなものだからね。会えば直ぐに分かるよ」
そうだったのか、それじゃあギルも? そう思い目を向けると、
「うむ、我も彼の方からの命でこの世界に送られた。我の役目はこの世界を脅かす者が現れたら、それを我が力でねじ伏せる事である」
何だ、それじゃ初めから知っていてたのか。
「それならそうと言ってくれれば良かったのに、何で秘密にする必要があったんだ?」
「ああ、それは千年前の事が原因なのだ。神を召喚しようとしたと言ったであろう? その神とは彼の方の事なのだ。生と死を司る神の存在を知った者共はその力を欲し、召喚して使役しようと考えた。全く愚かとしか言いようがない。まぁ、その召喚も失敗したがな。代わりにあのような化け物を呼び出し、我が戦わねばならぬ事になってしまった。以来、人間達は彼の方の存在を秘匿にして、教会の一部の者にしか伝えられてはおらぬ。お前の人となりが知らぬまま、おいそれと彼の方の存在を話せずにいた。すまぬな」
へぇ、成る程ね。同じ過ちを繰り返さない為か、でも何でギルがそれを知っているんだ? 封印されていたはずだよな?
「なぁ、何でギルは自分が封印された後の事をそんなに詳しく知っているんだ?」
「む? 言っていなかったか? 我には “知識支配” というスキルを授かっている。このスキルは対象生物の知識をお前達が言っている世界の記憶から取り出せる事が出来るのだ。それを使い、今まで出会った者の知識を見せて貰った。ん? そんな顔をするな、これは知識を得るだけで記憶は見えんぞ」
そうなのか? でも何だか嫌な感じだな、勝手に頭の中を覗かれたようで。まぁ実際は世界の記憶から知識だけを引っ張り出してるようだけど。
「アンネも何か支配系のスキルを持っているのか?」
「うい? モチロン持ってるよ! わたしのはね~、“精霊支配” ていうスキルだよ!」
やっぱり持ってたか! 名前からして精霊を支配するんだろうな。
「どんな能力なんだ?」
「ふっふ~ん。それはね~、あらゆる精霊を操り、あらゆる現象を引き起こすのだ~!」
成る程、さっぱり分からん! ちょっとざっくり過ぎるんでないかい?
「そんな説明では分かりませんよ。ライル君、精霊魔法は分かりますよね?」
おお、どうらやら女王が説明してくれるようだ。
「はい、自分の魔力を与えて精霊の力を貸して貰う魔法だと」
「概ね間違ってはいませんが、少し足りませんね。精霊にも相性と言うものがあります。相性が合わなければいくら魔力を与えても力を貸してはくれませんよ。私も精霊魔法を使えますが、水と風、音の精霊にしか力を貸して貰えません。それと場所も重要なのです。精霊はあらゆるものに宿っています。ですが、その宿っているものが無ければその力を貸しては貰えません。分かりやすく言いますと、ここでは火の精霊の力が使えません。何故なら火がないからです。火がない所に火の精霊はいませんよね? 」
精霊魔法とはその場にいる精霊の力を貸して貰う魔法なんだな。
「しかし、アンネリッテの持つ精霊支配のスキルには関係がなく、魔力を使ってここにいない精霊を呼び出すことが出来るのです。他にも精霊との意志の疎通が図れたりと、色々とあるようですよ」
「説明ご苦労さん! どうよ、すごいっしょ!」
そうだね、アンネの説明じゃ出会った時に聞いても分からなかったな。女王がいてくれて良かった。




