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他の国はどうなのか分からないが、少なくともリラグンド王国内では、一向に好転しない戦況に国民達の不安が募っているらしく、インファネースの人達の笑顔も曇りつつある。
「何だか辛気くさいわねぇ…… 心なしか住民達が下を向いて過ごしているように見えるわ」
「それは仕方ないですよ、デイジーさん。勇者候補は決まったけど、肝心の勇者が決まらないんじゃ、皆さん不安になっちゃいます。私も心配でたまりません」
デイジーとリタが店の隅にあるテーブル席で紅茶を飲んでいるは何時もの事だけど、その雰囲気と表情は何時もと違って暗いものだった。
「心配しなくても勇者はいずれ決まる…… 焦らず堅実に守りを固めてさえいれば、このインファネースはレヴィントン砦と同等の防衛力はある…… 」
「そうねぇ…… 確かに、ここは他種族との交流も盛んだし、貿易で他国との繋がりもそれなりに多いわ。でも、果たしてそれは安全だと言いきれるのかしら? 」
「あの~? それってどういう意味なんですか? 」
リタの素直な疑問にデイジーはクスリと笑い、レイチェルは何やら難しい顔をして考え込んでしまった。
「いくらこのインファネースの防衛が完璧だったとしても、リラグンド王国自体が魔物に攻められてしまったら余り意味はないのよ。国としては此処で開発されたゴーレムや魔術に関する技術と知識の提供を強要してくる筈よ。ここはあくまでも国の一部、優先すべきは王都と王を守る事にあるわ。領主様は完全なる王族派だから、そう言われたちゃったら絶対に断れないわね。最悪兵士達も王都の守りに出せとか要請されては、どんなに堅牢な防壁があったとしても、戦ってくれる人達がいなくではどうにもならないわ」
「えっと…… つまり、魔物がリラグンドまで攻めて来たら、王都を守る為に他の領地から戦力を集め、インファネースのような王都から遠く離れた領地では十分に守れる力も残らないと? う~ん、そこまでして来るんですかね? 」
「まぁ普通に考えればそんな無茶なんて通らないとは思うわよ。でも、最近の貴族派は色々と表立って動いているようだから油断は禁物よ。噂じゃあいつら、このインファネースからこれまで開発してきた物を根こそぎ奪うつもりなのよ。魔物達が暴れ情勢が混乱している今だからこそ、国を奪う絶好の機会と思ってんじゃないかしら? 考えたくないけど、あのムカつく公国との繋がりがあるって言うじゃない? ここから十分に離れた所で魔王軍と膠着状態になっているのをいい事に本格的に国の乗っ取りを始めたと考えれば、少なくとも私はやっぱりなと、変に納得しちゃうのよね~ 」
貴族派の目的は国の乗っ取り? そんな噂が街に流れているらしい。王妃様からは第三王子を王にしようと画策しているようだと聞いているし、これは信憑性のある噂かも。
「でも、それならどうやってインファネースを守るんですか? 強制徴集を断る事は出来ないのかな? 」
「それは無理よ。そんな事すれば、反逆罪とか言われて領地を取り上げられるかも知れないわよ? まぁその前に貴族派が国の全権を握ったら、最初にこの領地を国に返還しろとか言われるかもよ? 唯一の希望は、あの王妃様がこの都市を気に入ってくれている事ね。歯痒いけど、私達に出来る範疇はとっくに越えてしまっているの。街の皆も、理解出来ずとも心の何処かでそういう風に感じているからこそ、不安で俯いてしまっているのよね」
「デイジーさん…… 私、此処の明るい雰囲気が大好きなんです…… だから、今の暗いインファネースは見たくありません。世界や国に関しては何も出来ないかも知れませんが、大好きな街を元の明るい活気のある街に戻したいです」
「…… 私もよ、リタちゃん。世界がどんなに大変でも、せめて此処だけは何時も通りでありたいものね。王妃様のお陰でサンドレアだけでなく、他の国からの貿易路の安全を確保してくれているわ。もう少ししたら、各国から沢山の貿易船が来るようになる筈よ。そこから先は…… ライル君の出番じゃないかしらねぇ? 」
はい? 突然話を振られて驚いてしまった…… いや、二人してこっち見ないでくれます? しかも真顔なのがとても怖い。
「その、話の流れは大体分かるんだけど…… 俺にどうしてほしいと? 」
「それは、ライル君がこの街の皆を笑顔にする方法を考えるの―― ていうか、王妃様が人を集める為に貿易路を確保している。そして今の季節は夏…… ここまで来れば後は何を言いたいか分かるわよね? 」
「ライルさん、私も微力ではありますが精一杯頑張ります! だから…… 私達の大好きなインファネースを元の明るい街に戻して下さい!! 」
分かるでしょ? って…… まぁ多分俺が今考えている事に間違いはないだろうけど、人間と魔物との戦争が激化していると言うのに、今年もやるの?
そりゃ、去年は大盛り上がりだったから、今年も盛り上がるとは思うけどさ…… 何て言うか、命を賭けて戦ってくれている人達に対して失礼だし、不謹慎じゃないのか?
「大丈~夫よぉ! こんな時だからこそ楽しめる時は楽しまないと、人生損しかないわよ? 」
本当に良いのかな…… いや、やってくれと頼まれてる訳だし、一応領主と王妃様に相談してみよう。
こうして、俺は人々の笑顔を取り戻す為に、今年もお祭りを開催しようと動き出すのだった。




