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「何故ライル君の功績を僕達が奪わないといけないのか、納得出来る筈がない! 」
マナフォンの向こうからクレスの怒声が響く。
戦いも終わったので、レヴィントン砦にてゲオルグ将軍とクレス達に挨拶を交わし、インファネースに戻った後、クレスから連絡が来たのでマナフォンを取ってみれば、先程のように憤慨した声が耳を劈く。
何でも、スキュムを倒し戦いに勝利を齎した功労者としてクレス、アロルド、レイラの勇者候補三人が選ばれ、王都にて凱旋パレードと城内でのパーティが始まるとか。
「まだそんな事を言ってるんですか? その話は砦にある本部で済んだ筈では? 」
「そうだけど…… でも、ライル君がいたからこそ、予測していたよりもずっと負傷者の数は少なくなったのは疑いようがない事実なのに…… しかも戦争で死者が出なかったのは、ほぼ奇跡に等しい。そんな快挙を成し遂げたライル君達は、絶対に称賛すべきなんだ! それなのに…… 」
「クレスさん、俺達の為に怒ってくれるのは嬉しいのですが…… あまり大っぴらにされるのは此方としても都合が悪いとお話して、クレスさんも頷いてくれたじゃないですか」
「いや、何も僕達と一緒に凱旋パレードに参加するべきだとは言わないよ。ライル君にも王から何かしらの褒美があってもいいんじゃないかと言う事だよ」
ゲオルグ将軍からも、非公式にはなるが王に進言して何か褒賞をという話もあったけど、勿論お断りさせてもらった。
俺は別に国の為に戦った訳じゃないからね。ただ、レイチェルが酷い目にあったって言うから、衝動的に戦いに参加しただけであって、結果がどうあれ称賛されるような行ないではないと思っている。
それに、ゲオルグ将軍の思惑も見て取れるから尚更王都には行きたくなかったってのもある。
『褒賞とか言いつつ、ライルを王都へ連れていく口実にしたかったのだろう。力ずくでは無理でも、手段を選ばなければお前一人囲い込む事はできる。人間はこの世界で一番狡猾な生き物だからな…… それを抜きにしても、お前は無条件に他人を信じ過ぎるところがあるからな』
『ギルディエンテ様の言う通り、長には警戒心が足りないとオレも思う』
うっ…… ギルとタブリスが痛い所をついてくる。確かに、前世の日本は絶対に安全だとは言えないけど、幸いにして俺はそういう危ない人と出会う事も関わる事もなかった。そんな生活を三十年以上続けて来たんだ。今更周囲や人に注意しろと言われても、何処か他人事のように感じてしまう自分がいる。
だからなのか、誰もが分かるような異変に気づけず、事故に巻き込まれて死んでしまった。今思えば外から飛行機が飛んでいるような音があった。当時の俺は、随分と近くを飛んでいるんだなぁ、なんて呑気に構えて気にもしておらず、それよりも残業を早く終わらせて帰りたい事しか頭になかった。
あんな事故を経験したからこそ、今はこの魔物が存在する世界でそれなりに警戒はしているが、根っこの部分は変わってはおらず、どうしても初対面やお偉いさん方等に簡単に丸め込まれ流されてしまう。自分でも注意はしているんだけど、どうしても前世の感覚が抜けきれないんだよね。
そういう危ない話は国内外問わず、俺の中ではテレビの中での出来事でしかなく、実感も何もあったもんじゃない。この世界に生まれ変ってから、幾度となく命の危険に晒されて来たのにも関わらず、危機感が薄いと言われるのはまだ何処かでそういう気持ちがあるのだと思う。
話が横にずれてしまったが、俺は褒賞とか報酬なんかいらない。このインファネースで母さんと店を開いていられるだけで良いんだ。
それを何度もクレスには説明しているというのに、不公平だとか言って全然納得する素振りを見せてくれない。
「そんな済んだ事を蒸し返す為に連絡して来たんですか? それならもう切りますよ? 今も仕事中なので」
「はぁ…… 仕方ないね。ならこの話はこれで終わりにしよう。今日ライル君に連絡をしたのは、今後僕達の予定について伝えておこうと思ったからなんだ」
クレスの話によれば、王都で祝勝パーティをした後、あの時援軍に来てくれた帝国軍の指揮官であるランスロットとアスタリク帝国まで行く事になったのだとか。そこには勿論水の勇者候補のアロルドも一緒だ。
砦の本部でランスロットが既にレグラス王から連合軍参加の意思を受け取ったとして、今も着々とその準備は進められているらしい。
クレスとアロルドが帝国へ行くと決めた事を知った土の勇者候補であるレイラも、二人と共に行動する事にしたのだそうだ。
「勇者候補に選ばれたからには、その責務を果たさないとなんて言っていたけど、あれはきっとアロルドが心配だったに違いないね。アロルドも何だかんだ言って、何時もレイラに付き合ってあげてるし、案外相性は良いと思うよ? 」
へぇ、まぁ仲が悪いよりかは良いんじゃない? それより三人の勇者候補がいよいよ帝国へ足を運ぶのか。帝国にいる雷の勇者候補と合わされば、これで四人の勇者候補が揃う訳だ。
火の勇者候補のアランは、中々自分の領地から出たがらないけど、何かしらの利益が見込めるなら出てくる可能性はある。しかし、闇の勇者候補のリアムは難しいな。彼は裏ギルドの人間で暗殺を生業としている。魔王暗殺の依頼でもない限り動きそうもない。この事はクレスに伝えてはあるが、それでも勇者候補に選ばれたのだから、きっと動いてくれる筈だとまだ希望を捨ててはいなかった。
これでまだ判明していないのは風の勇者候補だけ。噂では各地を転々としていて、一つ所にとどまらない生活をしているとか…… 放浪癖がある人物らしい。
「何はともあれ、連合軍が結成し本格的に動き出した。ここから人類の反撃が始まるんだ。僕は僕の役目と使命を果たす。だから、ライル君もカーミラの事を頼むよ。せっかく魔王を倒せたとしても、世界が壊れてしまっては意味が無いからね」
「はい、お互いに頑張りましょう。健闘を祈っていますよ」
さてと、この先世界はもっと荒れる。出来れば余計なトラブルは避けたいところだが、きっとそうもいかないのだろうな。
何か予感めいたものを感じた俺は、店のカウンターに戻ると大きな溜め息を溢し、それを見ていたデイジーとリタが紅茶を片手にまた勝手な臆測を話していた。




