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「申し訳ないけど、他にもお客がいるからね。勘弁してくれないか?」
「いえ、此方こそ無理を言って申し訳ありませんでした」
俺とエレミアは魚屋に来ているが、大量購入は出来ないと断られている。まあ、それはそうだよな、店主の言う通り他のお客の分が無くなってしまうのは困るからね。でもどうしようか? 店を回って少しずつ買うのは面倒だから一つの所で大量に購入したいんだけど、何処かないかな?
「あんたも商人かい? なら漁港に行ってみたらどうだい? 彼処なら新鮮な魚が沢山あるぞ。ここにあるのだってそこから仕入れた物だからね」
漁港か、確かにそこなら沢山ありそうだな。
「ありがとうございます。早速行ってみようと思います」
店主にお礼言って、漁港へ向かう。コバルトブルーの海に幾つもの桟橋があり、船が止まっている。屈強な海の男が慌ただしく海から捕った獲物を詰めた木箱を倉庫と思われる建物に運び入れていた。
う~ん、忙しそうだな…… ん? 倉庫とは違う建物があるぞ。えっと、看板には漁業支援組合本部と書かれている。組合? ギルドとは違うのだろうか? 取り合えず入ってみることにしよう。
中は椅子とカウンターがあるだけのシンプルなものだった。カウンターにいる組合員らしき男性に声を掛けてみる。
「あのぉ、すいません……」
「はい、何かご用で?」
「ここはどういった所なんですか?」
「ああ、この街は初めてですか? ここは商工ギルドとは違い、漁師の皆さんを支援するために出来た組織なんです。知っているとは思いますが、この街は漁業と交易によって発展していき、今では港湾都市とまで言われるようになりました。その為、この街の要である漁師達が仕事に専念できるようにと、領主様の提案で十年前に設立されたのです。主な業務内容は漁師達の取引先の斡旋や仲介、漁具の生産と販売などをしております」
へぇ、取引先の斡旋か…… ならここで漁師を紹介してもらって魚を仕入れる手もあるな。
「魚介を出来るだけ多く仕入れたいのですが、ここで斡旋してくれるのですか?」
「商工ギルドに登録されているならカードの提出をお願いします…… はい、確認致しました。行商人のライル様ですね。失礼ですが、個人と契約する漁師は滅多にいませんよ」
「契約ですか?」
「はい。この街の漁師はギルド、商会、各店舗と専属契約を交わしております。まだ契約を交わしていない漁師もいますが、朝一で魚は全部売れてしまうので今は残っていません。無契約の漁師を紹介する事は出来ますが、難しいと思いますよ」
そうか、腕の良い漁師はもう何処かに契約をしていて、そこ以外では売れない。契約をしていない漁師はこの漁港で朝一で売りに出している訳か。魚介を仕入れるチャンスは朝一の漁港しか俺にはないらしい。
「どうして? お金はちゃんと払うんだから、契約してくれるでしょ?」
エレミアは不思議そうに職員に聞いた。
「そうはいきません。契約を交わしたは良いものの、上手くいったのは最初だけで、後から向こうが契約通りのお金が払えないとなる場合があります。そんな事になったら漁師は困るんですよ、だからこそ実績があり、充分に信用出来る所にしか契約はしません」
「なにそれ? そんなの実際にやってみないと分からないじゃない」
「漁師達にも生活がありますので、慎重になりますよ」
職員の話を聞いてもエレミアは不満気に口を尖らせている。定期的に魚介を仕入れるのは難しそうだな。恐らく交易でも大量の海産物が出ていっているのだろう。流通経路も商会も既に決まっていて、俺が割り込む隙が無いのかもしれない。
卸す先がエルフの里だなんて言ったら面倒な事になりそうだし、里に迷惑が掛かるかも。諦めて個人で少しずつ購入するか別の方法を考えるしかないようだ。
『ねえ、自分で捕るのは駄目なの?』
話を聞いていたアンネがそんな事を聞いてきた。
『は? 俺達で海に出て魚を捕るって? それは駄目だろ。許可が無ければ密漁になってしまうよ』
『じゃあ、許可が貰えれば良いんだね!』
そんな簡単に許可なんか貰えるのか? まぁ、試しに聞いてみるか。
「あの、自分で海に出て漁をするのは可能ですか?」
「…… え? あなた商人ですよね? 漁師の経験があるんですか?」
「いえ、ありませんが…… 自分で捕って売った方が早いかなと思いまして」
「はあ、お勧めは出来ませんが一応、船が有れば誰でも海に出ることは可能です。それと個人で魚を捕るのは特に禁止されていません。ですが素人が海に出るのは危険ですよ」
お? 許可は必要ないみたいだな。
「船が有れば良いんですか?」
「ええ、そうですけど、止めたほうが良いですよ? 海には危険な生物が沢山いますから」
「ご心配ありがとうございます。危なくなりましたら直ぐに戻りますので大丈夫です。確かここでは漁具を売っているんでしたね、なら漁網がありましたら売って頂けませんか?」
「漁網ならありますけど…… 分かりました。危なくなったら直ぐに逃げて下さい」
職員から網を買って建物から出て、船を造る参考にするために漁港を散策することにした。しかし、どれも大型船ばかりで余り参考にならない。それと俺が知っている船とは少し違っている。
見た目は帆船なのだが、後ろにスクリューのような魔道具が取り付けられていて、船底にはスピーカーに似ている魔道具が付いている。術式を読み取ってみると、ある特定の音を出すようになっているみたいだ。どんな意味があるんだ?
『うむ、あれはシーサーペントが苦手とする音だな』
ギルが言っているのは、確か大きな海蛇みたいな奴だっけ? じゃあ、あの魔道具はシーサーペント避けか。
暫く歩いていたら、周りと比較して小さく単純な作りの漁船を見つけた。これは良いな、大きさもちょうど良いし今ある木材で作れるので、これを参考にしよう。
魔力収納の中で木材をボートの形に加工して、後ろにスクリューと舵を作って取り付ける。仕上げにエルフの里から分けて貰った薬液を使い、鉄並の強度にすれば海水で錆びることはないボートの出来上がりだ。
後はこれを試運転して問題が無ければ海に出よう。異世界の海か…… 少し楽しみだな。




