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―― 捕らえた元執事の男が死んだ ――
カラミアから送られてきたメールには短くそう綴られていた。
どういう事なのか詳しく聞く為に、俺と他の代表達でカラミアの店に行くと、相変わらず目が痛くなるような社長室のソファーで優雅に紅茶を飲む王妃様が、部屋に入ってきた俺達に目を向ける。
「漸く来ましたね。カラミアさんから聞きましたが、何やら私抜きで色々とやっていたようね? 」
どうしてここに王妃様が? 俺とティリアとヘバックの三人は、ほぼ同時に王妃様の対面に座るカラミアへと顔を向ける。
「私と兵士の取り調べだけではあの男から情報を引き出せそうになかったから、王妃様に相談してその手のプロに協力を依頼したのよ。そしたら…… 」
「残念ながら、牢屋で息を引き取っていました」
言い淀むカラミアの後に、王妃様が言葉を続ける。
「それは厳しい尋問に耐えられんかったからですかの? 」
「自殺するにしても、持ち物は全部没収されてるし、首を括れる物だって牢には置いていなかったんだよな? 」
ヘバックとティリアの疑問にカラミアが苦い顔をしながら、静かに口を開いた。
「…… 自殺防止の為に毛布一枚も置いていなかった。それに手足も縛り、舌も噛ませないように口を縛っていたのだけれど、王妃様に紹介して頂いた尋問官が来た翌日の朝、牢の中で死んでいたそうよ。外傷もなかった事から、毒殺というのが有力ね」
「毒殺ですか? でも、持ち物は全て確認したうえで没収しているんですよね? 何処かに隠しもっていたとしても、縛られている手足でどうやって毒薬を服用したんですか? 」
話を聞く限り、自殺出来るような環境ではなかった。となれば考えられるのは――
「自殺ではなく、他殺? 」
「恐らくそうなるでしょう」
俺の呟きに王妃様が答える。だとしたらどうやって? 牢があるのは兵士の詰所地下だ。外からの侵入を防ぐ結界だって張られていて、人の出入りが出来る場所は正面入口か裏口しかない。誰がとのようにして、その元執事を殺害したのだろうか?
「こいつはきな臭いのぅ。もしや奴等が関わっておるやも知れんな」
「ヘバックさん、奴等とは? 」
「お主も話だけは聞いた事があるじゃろ? 裏ギルド言われとる所に属する暗殺集団じゃよ。奴等は金さえ貰えばどんな奴も殺すとんでもない奴等じゃ」
うわ、出ましたよ裏ギルド。関わりたくないトップ3に入るくらいヤバい奴等の集りだ。ヘバックの話によれば、裏ギルドは暗殺の他にも誘拐や盗み等、表で堂々と姿を晒せない仕事を生業としている者達で、主に依頼してくるのは貴族が殆ど。過去には王族の跡目争いにも頻繁に利用されてきたらしい。
「たぶんだけど、元執事とその主人との連絡を橋渡ししていた者が、暗殺者を仕向けたのかも知れないわね。此方も油断していた訳じゃないのよ? 防備に抜かりはなかったのに、向こうが予想外に上手だったって事ね」
それでも、こんな簡単に侵入されてしまうものなんだろうか?
「何時もなら今までの防備で問題なかった筈ですが、私が聞いた噂では、最近裏ギルドに腕が立つ新人が入ったそうよ」
「じ、じゃあ、その新人の仕業だって事か―― ですか? 」
ギリギリで敬語に戻すティリアに、王妃様はニコリと微笑む。どうやら怒ってはいないようだと、ティリアがそっと胸を撫で下ろすのを横目で捉える。
「そう言うことになるわね。たかが下っ端と侮ったのがいけなかったわ。まさか証拠隠滅に裏ギルドを持ち出してくるなんて…… 」
それだけあの男は重要な情報を持っていたという事なのか? 頭を抱えるカラミアにヘバックは質問を続ける。
「それで、何かしらの情報は吐いたのかの? 」
「いえ、残念だけど何も得られなかったわ。暗殺者は顔が割れていない分、普通の旅行者と見分けるのはほぼ不可能に近い。インファネースへの侵入は防げないわ。だけど領主様の館や兵士達の詰所への対策は厳重にしているというのに、いくら腕が立つと言っても、未だに信じられない」
「それは私も同意します。領主の館には私の白百合騎士団がいますのでそう簡単には侵入を許すとは思えませんが、詰所の警備も十分に厳重でした。決して兵士達の怠慢で起きた過失ではないと私が証言します」
王妃様がそこまで言うのだから、今回の侵入は全てが予想外だったと言う訳か。しかもその危険人物がまだこのインファネースに潜んでいるかも知れないんだろ? 危険過ぎやしませんかね?
『何も問題はない。王を狙う者あれば、どんな相手だろうと俺が排除して見せよう』
『ライル様の盾であるじぶんが、必ずやお守り致しますのでご安心を! 』
それは心強いのだけれど、暗殺されるような事はしていないから狙われるなんて事はないと思いたい。それよりも領主やシャロット、王妃様にコルタス殿下と狙われそうな人物がこのインファネースに集まっているのが問題だ。
貴族派が王政を無くしたいと思っているのなら、王族を狙ってくる筈、それこそ暗殺者を仕向けてもおかしくない。
魔物が存在する世界であろうとも最大の敵は人間なんだと、俺はこの時ほど深くそう思わずにはいられなかった。




