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北以外の商店街への嫌がらせは今も続いているが、店側も黙ってはいない。人魚の店には屈強な漁師達が客として入り、例のクレーマーが来たらその腕力で物理的に追い返したそうだ。それ以降その人物は店に来なくなったが、まだ油断は出来ない。
つい先日、デイジーの薬屋にもその迷惑な客が来たらしい。回復薬をはじめ他の薬も効きが悪く粗悪品を高値で売り付けていると、店内で声を大にして騒いでは他の客に絡み出したところで、デイジーがそのクレーマーを店の奥に連れていった少し後に、悲鳴と共に店から逃げ出すクレーマーの姿を複数の人が確認している。
「ちょ~っとお話をしていただけよぅ? 」
体をクネらせるデイジーに、それ以上聞こうとは思わなかった。世の中、知らない方が良いこともある。
そんな日が続いたある日、ついにクレーマーの一人に接触してくる人物がいたとティリアから連絡があった。
送られてきたメールによると、その人物はローブを着用しフードを深く被っていたので顔までは分からなかったが、クレーマーに何やら指示を出しては北地区のとある邸に入って行ったと、妖精から魔力念話での映像付きで説明されたらしい。
―― そのフードを被った人物は北地区の邸に入ったのは事実なのね? ――
―― あぁ、ちゃんと映像でも確認したから間違いない――
―― あそこの貴族達は王族派と中立派でしかもインファネースを支援してくれる者達しか住んでいない筈よ。身辺調査も徹底的にしたから貴族派が入り込むなんて考えられない――
―― しかし現にこうして怪しい者が出入りしておるんじゃ。今一度調べる必要はあるんじゃないかの? ――
―― そうね、悪いけどもう少しだけ待っててくれるかしら? ――
ティリアは報告してくれた妖精をカラミアの下へ向かわせ、魔力念話での映像を確認したところ、とある中立派の貴族の邸だと判明した。因みに爵位は子爵である。
その子爵が今回の首謀者なのか? だがカラミアは何か引っ掛かるものがあるのか、どうやら違うと踏んでいるようだ。
子爵の邸周辺をカラミアの会社員達が見張っているが、常時そこにいるわけにもいかず、満足に調査は出来ないでいた。カラミア達ばかりに任せるのもなんだし、此方からも追跡や監視が得意な者を出す事にしたのだが……
「駄目だ、相棒。結界が張ってあるから、俺様でも中に侵入するのは無理だぜ」
最近、結界魔道具の普及により殆どの貴族が使用しているので、テオドアどころか妖精さえも邸内へと潜り込む事は不可能。
妖精は飽き易いから監視には向かないし、カラミアの社員も交代で見張ってはいるが、人間だから限界もある。テオドアに頼もうとしても、
「なんで四六時中面白くもない邸を見てなきゃならないんだよ。俺様は嫌だぜ」
と、非協力的だ。なら、多少蜂蜜の生産量は減ってしまうが、ここはハニービィ達に頼むとするか。
『任せて、主様』
クイーンがそう了承すると、数十匹のハニービィが魔力収納から飛び出していく。ハニービィ達は魔力収納内に満ちている濃い魔力を浴びて、従来のハニービィよりも知能が飛躍的上がったが魔物でない。よって外に出ても魔王の影響は受けないのだ。
心配なのはルーサだ。魔力収納の中に長くいたルーサはバトルホースという魔物に変化しつつあるとギルは言う。今はまだ完全に魔物となっていないから外に出ても平気なのだが、変化が完了してしまうとルーサも魔王の影響を受けるようになってしまう。ルーサが自由に外を走れるように魔王を早く倒したいけど、それは勇者の役目だからな。クレス達に頑張ってもらうしかない。
まぁそういう訳で、俺は各商店街へとハニービィ達を飛ばして監視を始めた。クイーンには何か異常があった際、ハニービィの視界を俺に送るようにと頼んである。
街中を監視カメラで覗いているようであまり気分の良いものではないな。今は緊急時だからと自分に言い聞かせ、ハニービィ達の視界を切り換えながら街や店の様子を確認していく。
クイーンは違うが、その子供のハニービィ達は人間の顔を識別出来ないので、例のクレーマー達を何処かで見つけたとしても其処らにいる人達と見分けがつかないので、こうして俺やクイーンが時々確認しなくてはならない。
それとは別に、数匹のハニービィを被害にあった店に向かわせて監視させている。もう来ないとも限らないからね。
勿論、あの一番怪しい貴族の邸にもハニービィが張り込んでいる。そこに関しては誰かが出入りする度に報告してもらい、逐一チェックし、怪しいと思う人物には尾行してもらったりしている。
今のところその貴族自身はこれといった動きが見られない。用心深いのか、それとも本当に無関係なのかは分からない。だけど、あのクレーマーと接触したフードローブの人物は間違いなくあの邸の関係者だ。
まだ監視は始まったばかり、ここは焦らずじっくりと腰を据えるとしますか。




