14
翌朝、朝食を頂いた俺とエレミアは館のエントランスでシャロットと共にいた。
「本当によろしいですの? 部屋はまだありますので、この館で暮らして頂いても大丈夫ですのよ?」
「ありがとう、でも流石にそこまで甘える訳にはいかないよ」
「そうですか…… 残念ですわ。でもこの街にいるのでしたら、また会えますわね。何時でも遊びに来てくださいね、お待ちしておりますわ」
「ええ、そうね。また来るわ」
「シャロットさん、また会いましょう」
「はい、ごきげんよう」
シャロットと使用人達に見送られ、俺達は馬車に乗り館を後にした。そして人通りの少ない所で馬車を降りて、周囲を魔力で確認してから馬車とルーサを魔力収納へ入れる。多分誰にも見られていないと思うけど、大丈夫だよな?
このまま徒歩で商工ギルドに向かい、見覚えのある建物に辿り着き中へ入ると、内装は向こうのギルドと一緒だった。やっぱり見た目や内装は統一しているみたいだ。
「商工ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」
受付の女性が規則通りの挨拶をしてきたので、此方も要件を伝える。
「あの、ギルドマスターにお会いしたいのですが…… 」
「お約束はしていますか?」
「いえ、してないです」
「申し訳ありませんが、お約束の無い方とはお会いできません。今から予約頂いても、ギルドマスターとお会いできるのは一週間後になりますがよろしいですか?」
まぁ、そりゃそうだよな。仕方ない、今回は約束だけ取り付けて貰おう。
「分かりました。それでお願いします」
「畏まりました。それではギルドカードを確認致します」
そう言われてギルドカードを出し、魔力を込める。カードに浮かび上がる情報を見て受付の女性は軽く目を見張った。ん? 何だか様子がおかしいな。
「ライル様ですね? ギルドマスターから貴方が来たら連れてくるように言われています。申し訳ございませんが、ご同行願いますか?」
は? ギルドマスターが俺を呼んでいる? 何かしたかな? まるで覚えがないんだが。
「あの、俺もギルドマスターに会いに来たので構いませんが、呼ばれた理由を伺ってもよろしいですか?」
「申し訳ございません。私も詳しくは聞かされておりませんので。ただ連れてくるようにとの事です」
「そうですか、分かりました」
え? なんか怖いな。厄介な事じゃなければいいんだけど。
受付の女性に案内されて、二階にあるギルドマスターの部屋に連れていかれた。受付の女性が扉をノックすると中から男性の声で返事が返ってきたので部屋へ入ると、フカフカの絨毯が敷かれた床にソファーと机が置かれており、その奥にデスクと椅子が配置されていた。椅子には一人の男性が座っている、あの人がギルドマスターか?
髪は灰色で短く、狐目で眼鏡を掛けていて、シャープな顔立ちをしている。背は高く細身の体、人事部の部長を思い出してしまう。あの人苦手だったんだよな~、表情が全然変わらなくて読みづらいんだよ。この人もそんな感じがする。
「君がライル君ですね? 私は港湾都市インファネースの商工ギルドでギルドマスターをしているクライドです。よろしくお願い致します。さあ、お掛けください」
「は、はい。失礼します」
俺は恐る恐るソファーに座り、相手の様子を窺う。駄目だ、全然分からない。怒ってはないようだけど、難しいな。
エレミアは臆する事なく自然体でソファーに座る。相変わらず堂々としていて羨ましいよ。その度胸を俺にも少し分けてほしい。
「急なお呼び出しですみません。どうしても君にお会いしたくてね」
一ミリも表情を変えずに言うから、本心からすまないと思っているのか分からない。だから苦手なんだよ、こういうタイプの人間は。
「いえ、此方もギルドマスターに用事がありましたので、丁度良かったです」
「ほう、私に用事ですか。何ですかね? 興味はありますが先ずは私からでよろしいですか?」
「はい、構いません」
いったい俺に何の用事があるのだろうか? 緊張で心臓が五月蠅いくらいに鳴っている。今すぐ逃げ出したい気分だよ。
「なに、別に難しい事ではありません。少し君にお尋ねしたいことがありまして、君はクーネリアの町の商工ギルドで蜂蜜を卸していますね?」
クーネリアの町? それってサーシャが暮らしていたあの町の事か?
「はい、確かにそこで蜂蜜を売ったのは俺ですが、何故それを知っているのですか?」
「ああ、それはですね。向こうのギルドから通信の魔道具で連絡がありまして。五年前に流行った幻の蜂蜜を持ち込んだ商人がいるとね」
げっ! 通信の魔道具って、確か使うのに大量の魔力が必要で高品質の魔石か魔核を使い潰すから滅多に使われないってやつだろ? それを使ってまで報せて来るなんて、たかが蜂蜜と侮っていた。
「何故、俺がこの街に来ることが分かったのですか?」
「そんなもの、少し調べれば簡単に分かりますよ」
こえーよ! 商工ギルド怖いよ! なにそれ、俺の行動は全部筒抜けだった訳?
「それでですね。その蜂蜜をまだ持っていたら譲って頂きたいのです」
「えっと、その…… 残念ですが、今は無いんですよ」
「今は? ということは、時間があればまた手に入れられる訳ですね?」
「まぁ、そうですね」
「そうですか…… 君はこの街にどれくらい滞在するおつもりですか?」
うぅ、完全に相手のペースに呑まれてしまった。いったい何が狙いなんだ? 蜂蜜の出処が知りたいのか?
「あのぅ、それを知ってどうするんですか?」
「ん? ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。別に蜂蜜の出処が知りたい訳ではありません。まぁ教えて頂けるなら有り難いのですが、その気はないのでしょう? それよりも君があの蜂蜜を今後も集められるかが重要なんですよ」
「つまり、定期的に蜂蜜をギルドに卸してほしいということですか?」
一瞬、ギルドマスターの眼が光ったような気がした。
「その通りです。どうですか? あの町で君が卸した量の瓶一つ、八万リランで買い取りますよ?」
あの時の四倍の値段をつけてきたか、貴族達にどのくらいの値段で売っているか分からないのが残念だ。それが分かれば交渉出来たんだけど、仕方ないか。
「分かりました。この街には暫くいるつもりです」
「それは良かった。それで、どのくらいの期間でどれ程の量を集められるのですか?」
「一月で、あの瓶を十五個でどうですか?」
「せめて二十個は欲しいですね」
う~ん、余裕を持って言っていることはバレてるみたいだな。蜂蜜酒の製造量を減らせば何とかなると思う。アンネには代わりに果実酒を増やす事で納得して貰おう。
「分かりました。一月で瓶二十個を定期的に納品致します」
「ありがとうございます、とても助かります。あの蜂蜜を求める声が多くて、これで私の用事は以上です。さて、君の用件を伺いましょうか」
はぁ、疲れた…… やっと此方の話が出来る。でも最後まで気力が持つかな?




