5
今日は南商店街が騒がしい。朝から酒場には人が集まっては酒を呷り、外でもエールの入ったグラスを片手に喜びを顕にしている人達がいる。
「もぅ…… 嬉しいのは分かるけど、こう五月蠅いと迷惑だわぁ」
「まぁまぁ、今日ぐらい良いじゃないですかデイジーさん」
店で寛ぐデイジーが不機嫌そうに呟き、それを宥めるリタ。
祭りでもないのに何故こうも騒がしいのは、遂に工事が終わり新しい防壁が完成したからだ。それを祝して工事に携わったドワーフ、人間、妖精が挙ってこの商店街にやって来ては宴会を始めた。
高く聳え立つ第二の防壁はインファネースの南側から西側を囲うように建てられている。北と東は海に面しているので自然とこういう形になった。
壁内の魔物は王妃様専属の白百合騎士団と妖精達が操作するゴーレムで一掃し、結界も張っているので安全は確保され、後はインフラを整え、家でも建てれば立派な市街地となる。
「うぉい!! 何辛気臭い顔してんのよ! 皆楽しそうに騒いでんだから一緒に楽しまないと損でしょ!! 」
「いぇ~い! 女王様の言う通りっしょ! 今日は仕事なんか休んで皆で飲もうぜぇ~!! 」
「でも酒場は休んじゃ駄目でぇ~す! あたし達の為に働くのだぁ~!! キャハハハ!! 」
うわぁ…… すっかり出来上がったアンネと妖精達が店に入って来てはゲラゲラと笑って周囲の客やデイジーとリタに絡んでくる。
控え目に言っても、うざ過ぎる。ていうかアンネはそれほど手伝ってなかっただろ? 何でそんな風に騒げるんだよ。
「んなの関係ないわよ! あたし達は騒げる時には大いに騒ぎ、そうじゃない時は率先して騒ぎ出す。それが妖精の生き様じゃぁい!! 」
さいですか。何てはた迷惑な種族なんだ。これは今日一日商売になりそうもないし、早めに店を閉めるか。
予想通り一日中騒ぎ倒されてから数日後、領主から御触れがあった。
その内容とは、新しく出来た壁内の土地にシュタット王国からの難民を受け入れるという。
今なお魔王軍との小競り合いが続くシュタット王国では、被害のあった小さな村や町から逃難民が王都や周辺の町に流れ、国は困窮しているらしい。
本来なら燐国であるヴェルーシ公国に頼むところだが、是とも否とも取れない返答で引き延ばし、難民達を国内へ受け入れてくれず、業を煮やしたシュタット王はリラグンドへと打診を申請した。
リラグンド王国はシュタット王国へ兵や物資を提供して支援し、十分に義理は果たしているので断る事も可能だが、ここで難民達を保護して更にシュタット王国に恩を売るのも悪くない。しかし、問題はどの領地に難民達を任せるのかと困っているところに、多くの王族派と中立派の援助を受けて街の拡大をしているインファネースから防壁が完成したとの連絡を受け、領主へと話が来たそうだ。
丁度壁内の整地作業をする人手を欲していたので、労働力としてその難民達を受け入れると決めたらしい。引き続きドワーフ達にはインフラ工事を依頼し、妖精達もゴーレムで手伝ってくれるが、それでもまだまだ人手は足りない。
難民達には暫くマジックテントでの暮らしになるけど、魔物も襲って来ない安全な地で暮らし仕事も与えられるのだから良い条件だと思う。
それに給料だって出す訳だから、そのお金を使う為に我らが南商店街へと足を運んでくれるかも知れない。これは商機の予感がするな。
インファネースに住む人達は難民受け入れに否定的ではないけど、不安は大きいようで皆何とも言えないような表情をしていたな。同情はするけど此処に来るの? みたいな心情なのだろう。
気持ちは分からなくもない。テレビで見る分には大変だななんて心を痛めもするけど、いざ当事者になってしまうと面倒に感じてしまうものだ。直接関わりがなく心に余裕があるからこそ、募金でもしてみようかなと考える。
しかしこれはもう決定事項であり、家を無くし故郷を追われた人達に来るなと反対するなんて、そんな非道な事は出来やしないので誰も文句は言えない。
かくして、転移結晶を使いシュタット王国にいた難民達がぞろぞろとこのインファネースへ移動して来た。
難民達は予め説明を受けているようで、各々自分が住むテントを決めてはすぐに仕事へと取り掛かる。男達は滅多に見ることのないドワーフに驚きつつも指示に従い作業を始め、女達は送迎馬車に揺られマジックバッグやテントを作成している工場で働く。
壁内は南地区と西地区に面しているので、仕事で得たお金は必然的に南商店街と西商店街で多く使われる。もう一気にお客が増えて笑いが止まらない―― おっと、これは不謹慎だったね。口には出してないから許して欲しい。
とにかく、きちんとした仕事も与えられ給金も出る生活に今のところ難民達は満足し、商店街で商売している俺達も売り上げアップで文句はない。後は住民達が不満に感じてはいないかだけど、こればかりは難しい問題だ。そういう不満不平は後からじわじわと来るものだからね。なので住民達のフォローは頼みますよ、領主様。




