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遂にレグラス王国の要塞地帯に魔王軍が現れたとクレスから連絡があった。
まだ開戦には至っていないが、時間の問題だろうとも言っていたな。
ここでも転移魔術が大いに役立ち、降り積もる雪道を移動しなくとも、王都とクレス達のいる要塞とで楽に物資の運搬が出来て重宝されているらしい。
シャロットにもマナフォンで連絡があったみたいで、また忙しくゴーレムの量産を始めた。いや本当に大変だね―― なんて思わず口に出したら、
「そう仰るのでしたら、手伝って下さってもよろしいですわよ? 」
と、期待した目で言ってきたので、その場を濁す。
「いやぁ~、手伝いたいとは思うけど、俺も最近忙しいからね。残念だよ」
「あぁ、ポイントカードの事ですわね? 上手くいっているようで何よりですわ。カラミアおば様から聞きましたが、何れは全商店街で使えるようにするとか? 」
「そんな話にはなってるけど、まだ当分先の話だよ」
北商店街にはそんなに必要性を感じないとか言っていたくせに、結構乗り気じゃないか。
その後、一通り紅茶を楽しんだシャロットは地下の転移門から自分の館へ戻って行く。領主の館に転移門を設置してからというもの、こうして時折時間を見つけては良く店に来るようになった。それはシャロットだけじゃなく、アルクス先生もやって来ては魔力収納の中でギルと魔術について話したりしている。
それは良いんだけど、王妃様までも訪ねてくるのは勘弁してもらいたいね。その都度母さんに対応をお願いしているけど、毎回緊張した様子で相手をしている姿を見て、申し訳なく思うよ。せめてもの救いは、あの王妃様と対等に接するアンネも一緒だという事かな?
あ、そうそう。レグラス王国にいる土の勇者候補なんだけど、なんと女性なんだってさ。クレスの話では、豪快な性格をしているらしいけど、どんな人なんだろうね? 勇者と言ったら男性のイメージが強いからな…… 想像が出来ないよ。
何にしても、レグラス王国の戦力も物資も十分に足りているようだ。それで守りに徹底し、シュタット王国のように短期で追い払うような事はしないようだ。冬の厳しいこの時期に戦力を無駄に消費せず、越冬を優先するつもりらしい。
大陸最北端にあるレグラス王国の冬はとても厳しい。こんな時期に戦争を吹っ掛けるなんて魔王軍は何を考えているのだろうか? 例え寒さに耐性がある魔物を集めたとしても、無謀だと言わざるを得ないけど、まぁ俺が心配する事でもないかな? それにピンチになったらまたバルドゥインにお願いしても良い。
『おいおい、まさかまた俺様にも一緒に行ってくれとか言うんじなねぇだろうな? もうこんな危ねぇ奴と二人っきりは勘弁してほしいぜ』
魔力収納の中でテオドアが文句を言う。何でも、バルドゥインと二人でクレス達の所へ向かっている途中、延々と先代の王―― 善治叔父さんのことだが―― が如何に素晴らしいかを聞かされ続けたらしい。何それ、ちょっと興味あるんですけど?
『王がお望みなら、幾らでもお聞かせ致しますが? 』
『そうだね…… 夜にでもお願いしようかな。でも一晩中は勘弁してくれよ? 』
『…… 御意に』
何その間は? もしかしなくても釘を刺さなかったらずっと話すつもりだったの?
そんなこんなで、この数日は特に記述するような事もなく穏やかに過ごしていた。だけど、また俺の頭を悩ませる事態が発生する。
この日も何事もない一日になると思っていた。昼頃に王妃様が訪ねて来るまでは……
時々王妃様が気分転換で店に来ては紅茶と母さんが焼いたクッキーを食べているので、今日もそうなのだろうと気を抜いていた。しかし、王妃様の顔は真剣そのものでただならぬ気配を纏っていた。
そんな王妃様と店の応接室で二人になると、優雅な仕草で母さんが入れてくれた紅茶を飲み、何やら憂いた様子で分かりやすい溜め息をこれ見よがしに吐いてくる。
ここまであからさまに困っていますと見せられたのでは無視する訳にもいかない。非常に面倒だけど、俺は何があったのか王妃様に半ば強制的に聞く事になった。
「あの、何かお困りな事でもありましたか? 」
「えぇ…… 本来なら貴方の手を煩わせたくはありませんでしたが、事此に至っては致し方ありませんでした。是非ともライル君の力を貸して頂きたいのです」
「えっと、取り合えず何があったのかお聞かせ願いますか? 」
「そうね。これは貴方にも関係がある話なのですが―― 」
そう前置きをした王妃様が話した内容は、同盟国となったトルニクス共和国との事だった。有事の際には転移魔術で兵や物資を送るのには問題ないが、それ以外での貿易をどうするかで行き詰まっているらしい。
むやみに転移魔術に頼るのは向こうの心象も悪い。何せ此方はノータイムで兵士を首都に移動させる手段がある。例え同盟を組んだとしても、そんなのを頻繁に使われたら不安にもなる。それに、転移魔術を使用する時に使う魔石や魔核、それに魔力結晶だって無料ではない。此方から商品ないし何かを送るのに転移魔術を使っていたのでは費用が嵩んでしまう。ならば普段通りに馬車での運搬をと思うがそうもいかず、魔王のせいで魔物が活発しているこの状況で、リラグンドとトルニクスを行き来出来る程の商会は少ないし、国外に出せる余裕もない。
そこで、陸ではなく空を飛んで行けば良いとの結論に至ったと言うのだ。
「貴方が商工ギルドと提携して起こした運送業を利用したいのです。トルニクスの元首には、検問を通さなくても空から国へ入れる許可も何とか頂きましたが、今の堕天使達の数では国内だけで手が一杯な現状です。そこでライル君にお願いしたいのですが、もっと堕天使達を運送業に引き入れる事は出来ませんか? 」
う~ん…… それは無理なんだよね。そもそも堕天使達はカーミラの手によって肉体を改造された者達であって、あの三十名しかいないのだ。同じ空を飛べるということなら、天使に協力を仰ぐ事も出来るが、追放した堕天使と一緒に働いてくれるとは思えない。
眉間に皺を寄せて唸る俺に、王妃様は残念そうに肩を落とした。
「その様子では難しいようですね? 無理を言ってごめんなさい」
「いえ、力及ばす申し訳ありません。堕天使達は新たに増やせませんが、何か他の方法を考えてみます」
「私達の方も代案を考えておきますので、そう肩肘を張らなくても結構ですよ。何か良い案が浮かんだら、お願いしますね」
地下へと下りていく王妃様の後ろ姿を、何とも不甲斐ない思いで見送った俺は、一人で頭を悩ませる。
はぁ…… 何だかシャロットに言ったよう本当に忙しくなりそうだ。滅多な事は言うもんじゃないね。




