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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十六幕】七人の勇者候補と戦禍の足音
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 集会所も建てたし、後は南商店街の店主達を集めて話し合いを行うだけなのだが、皆其々忙しい身なのでまだスケジュール調整の段階だ。


 その間にクレスから水の勇者候補と共にレグラス王国へ行くとの連絡があり、その為の移動手段としてドワーフの魔動列車を使いたいので、俺に口利きして欲しいと頼まれた。


 勇者候補に選ばれたクレスを援助すると決めていた俺は、すぐにギムルッド王に話をつけて魔動列車の利用許可を頂いた。まぁその際に店の倉庫にある酒樽がゴッソリ無くなったのは言うまでもないだろう。


 それにしても、ついさっきまで戦っていたのにまた次の戦場へ行くとは、勇者候補も楽じゃないね。因みにレグラス王国に行くのはクレスと水の勇者候補で、火の勇者候補であるアランは領地を長く離れている訳にはいかないと、既にリラグンドに戻って来ているらしい。そうレイチェルから聞いている。


 そのレイチェルもリラグンドに戻ってきており、今まさに此方へ向かっている最中なのだとか。


「フフ…… もうすぐ兄様に会えるから、待ってて…… 」


 マナフォンの向こうから聞こえるレイチェルの声は、それはもう上機嫌だった。




 シュタット王国を攻めていた魔王軍を追い払ったとは言え、それは一時撤退したに過ぎない。あの魔王がこれしきの事で諦めるとも思えないし、軍を再編成してまた攻めてくる可能性は十分にありえる。まだまだ予断が許されない状況にいる為、シュタット王国は防衛に専念し、リラグンド王国もゴーレム兵の派遣など、引き続き援助を行うようだ。


 魔王の影響は確実に俺の身の回りに変化を及ぼしていく。それは悪い事もあれば良い事もある。


 このリラグンド王国とトルニクス共和国の同盟が決まったのも、あまり認めたくはないけど魔王の影響によるものが大きいと俺は思っている。


 そしてこの数日でなんと、王妃様自らがトルニクス共和国の首都へ赴いていると言うのだから驚きだ。


 エルマンから聞いたのだが、表向きは転移魔石での移動とされているけど、本当は地下市場で繋がっている転移門を利用したようだ。


 もしかして初めからこれが目的で領主の館にも転移門を設置するようにと言ってきたのか? 安全且つ誰にも知られずにトルニクスへ行く手段として? だとしたら俺はまんまと王妃様にしてやられたと言う訳か。


 王妃様がトルニクス共和国の元首と何を話しているかはエルマンも分からないみたいで、これと言った情報がない。とにかく王妃様はここ最近、足繁くトルニクスに通っている事だけは分かっている。まったく、今度は何を企んでいるのやら。



 クレス達がシュタット王国へ進軍していた魔王軍を退けた事は瞬く間に広がり、人々は勇者候補に希望を見出だし始めた。それはこのインファネースも例外ではなく、その噂で持ち切りだ。


 ますますクレス達が有名になっていくのを、大変だなぁ…… なんて他人事のように思い、店のカウンターでぼんやりとしていたら、アスタリク帝国最強の黒騎士こと初代皇帝から連絡があった。


 どうやらクレス達勇者候補の活躍を耳にし、前に俺がクレスのやろうとしている事について話したのを思い出したらしい。


 でも残念。クレスと水の勇者候補が既にレグラス王国へと向かったと言ったら、心なしか気落ちした声がマナフォンの向こうから聞こえてきた。他の勇者候補を招き入れて、魔王に落とされ拠点となっている場所を奪還しようと考えていたようだ。


 黒騎士の話では、魔王軍を率いている魔物の将は魔王の力の一部を貸し与えられ、かなり強化されているらしく、その実力は勇者候補と同等なのだとか。


 だが魔物に力を授けている間、魔王自身は弱体化する事になり、今も攻め落とした国の王城に籠っているのではと黒騎士は予想している。しかし、あくまでも貸しているだけなので、その魔物が死ねば返ってくるとのこと。


 今なおレグラス王国に侵攻中の魔王軍にも、その魔王から力を貸し与えられた魔物がいるのだろう。帝国にいるという雷の勇者候補もレグラス王国に向かわせたい所ではあるが、すぐ隣で魔王の配下達が睨みを利かせているので、容易に隙は見せられないのだと黒騎士の苛立った声で言う。帝国軍と魔王軍はお互い監視しあって膠着状態になっている。もしどちらかが付け入る隙を見せたなら、即時戦闘になるぐらいに緊迫しているらしい。


「それからここからが本題なのだが…… 」


 って、まだ何かあるの?


「リラグンドと余の帝国とで魔王討伐を目的とした連合軍を結成せぬか? 帝国から人を、リラグンドからは転移魔術を含めた技術を集めるのだ。いい加減攻められてばかりでは面白くない。そろそろ此方も積極的にならんとな。無論、他の国にも声をかけるつもりだが、リラグンドの技術はどうしても必要であった為、こうしてマナフォンを手に取った訳だが…… どうだ? 」


「いや、そんな事言われましても…… 私にどうしろと? 」


「フッ、此方も色々と情報は掴んでいる。最近トルニクス共和国と同盟を組んだらしいな? しかもそれには王妃が絡んでいる。そしてお前はその王妃から懇意にされているのも既に調査済みだ。なに、今の会話をそのまま王妃に伝えるだけで良いのだ。今代の王妃は随分と頭が切れるらしいからな、あえて詳しく説明しなくとも余の考えを汲んでくれるであろう」


 うげぇ…… 暫くは王妃様には近付きたくはなかったけど、ここで嫌ですと断れないのは前世から変わらない。上司から無理難題を押し付けられていたのを思えば、まぁ黒騎士の頼みはまだ優しいもんだ。


「まぁ、伝えるだけなら…… 」


 それで納得したのか、黒騎士はマナフォンを切った。



 はぁ…… 帝国の領土から出ようとしないのに、何処から情報を集めているのだろうか? 王妃様と同じで優秀な諜報員でもいるのかね?


 自分で蒔いた種ではあるけど、一気にやる事が増えてしまったな。あぁ、これぐらい店も忙しくなれば良いのに……


 店の扉が開き、今日も休憩所代わりに店で紅茶を飲みに来たデイジーとリタが入ってくるのを見て、それはもう深い溜め息が溢れる。


 問題は山積みだけど、皆で少しずつ処理していけばいい。何せ俺の周りには頼りになる人達が沢山いるからね。きっと何とかなる―― いや、しなくちゃいけないんだ。


 変わりゆく世界で、店内の変わらない風景の中、俺は何時も通りに客を迎えるのだった。



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