終戦への一石 9
…………………… ここは?
魔力を使い果たして気を失っていたのか、目覚めると僕はテントの中で横になっていた。
上体を起こして体を確認してみるが、目立った外傷は無さそうだ。と、そこにテントへ入ってくる者がいる。
「む? 起きたか、クレス。調子はどうだ? 」
「あぁ、レイシア。調子はまずまずと言ったところかな? あれからどうなったのか教えてくれないか? 僕はどのくらい寝ていた? 」
レイシアは僕の隣に座ると鷹揚に頷いた。
「うむ。大体二時間くらい寝ていたと思う。あの異様なミノタウロス、ガムドベルンと言ったか? そいつを倒した後、他のミノタウロスは戦う意欲が失せたように逃走を図ったのでアラン殿達と合流したのだが、そこで気を失ない地面に倒れているクレスを見て心臓が止まりかけたぞ。まぁ、すぐに魔力切れだと聞いて安心したがな」
「心配を掛けてしまったね。レイシアがここまで僕を運んでくれのか? 」
「そうだ。ガムドベルンがいなくなり、魔物達の統率が無くなってな。勝手に暴れる者、逃げ出す者など、魔王軍はもう軍として機能しなくなった。それに、バルドゥインとテオドアもいる事だし、私達が一旦戦場から離脱しても問題無しと結論付けて、リリィの転移魔術で基地までクレスを運んだのだ」
二時間くらいならまだ戦いは終わっていないよね? 魔力は完全に回復してはいないが、動けない程ではない。僕も参戦しようと立ち上がる。
「まだ回復しきってはいないのだろう? あまり無理はするな。アラン殿とアロルド殿もいるし、任せても問題なかろう。もう少し休んでいてはどうだ? 」
「いや、そうはいかない。皆が戦っているのに、僕だけ寝てなんかいられないよ」
近くに置かれている鎧を手に取り装着していく僕を見て、レイシアはやれやれと首を振る。
「仕方ないな、こうなると思って転移魔石は用意してある。だが、クレスはまだ万全ではないのだから無茶はするなよ? 少しでも危険だと判断したら、私が無理矢理にでも退かせるからな」
「あぁ、分かった。ありがとう、レイシア」
準備を済ませ、僕とレイシアはテントから出ては前線基地の結界の外へ足を進める。
既にガムドベルン討伐の報せがあったのか、基地内部の雰囲気は明るく、冒険者も兵士も揃って希望に満ちた顔をしていた。
「後はもう残党狩りのようなものだからな。皆、勝利を確信している。だが、油断はしていないから大丈夫だ。ここにいる者達は素人ではない、最後まで気を抜いてはいけない事ぐらい分かっているさ」
なら安心だな。相手は人間ではなく魔物、何が起こるか分からない。
レイシアが用意してくれた転移魔石で戦場へと戻ると、そこはもう戦では無くなっていた。散り散りになった魔物を各個撃破していく人間と、バルドゥインが殺戮の限りを尽くしている光景が広がっている。なるほど、これはレイシアの言うように戦とは言えないな。決着がつくのも時間の問題だろう。
此方の被害は決して少なくはなかった。でも、こうして漸く終わりが見えてくれば、安心せずにはいらない。しかし、これはまだ始まりに過ぎないのだ。これからもっと熾烈な争いが僕達を待っている。
「クレス、もう起きても平気なのか? 」
勝利を目前とした光景を眺めていると、不意に横から声を掛けられる。振り向けばそこには呆れ顔したアロルドがいた。
「やれやれ、まだ魔力も回復しきってはいない筈なのに、お前って奴は…… 」
「僕だけ寝ている訳にはいかないだろ? それに、勝利の瞬間をこの目で確認したかったんだ」
アロルドから戦場へと目を向ける僕に、確かにな―― と同意する声が聞こえた。
「ここからだ…… ここから俺達の戦いが始まるんだ。魔王を倒すまでこの戦争は終わらない。このまま進軍して魔王がいる国へ向かっても良いんだが、シュタット王国は防衛で忙しいだろうからな。なので俺は今もなお魔物が侵攻しているレグラス王国に行こうかと思っている。クレス、お前はどうする? 」
「そうだね…… レグラス王国には少し世話になった事があるから放っては置けない。それに彼処には土の勇者候補もいる。レグラス王国の為に戦えば共に魔王と戦ってくれるかも」
「つまりは土の勇者候補に恩を売る訳だな? お前も案外強かな奴だよな。まぁ夢を語るだけな奴よりかは良いか」
戦場を見詰める僕とアロルドの間に、得も言われぬ空気が流れる。彼とは正義感の違いでよく対立していたからね。
「正直、まだお前の考えには賛同出来ない。今も俺は犠牲無くして平和は保てないと思っているし、それを曲げる気はこの先も決して無いだろう。だがな、魔王を倒せるんなら何でも利用しなきゃならないと、あのバルドゥインに会って骨身に染みたよ。だからな、お前の正義を認めた訳じゃないが、共に魔王を倒すのには賛成だ。一緒にレグラス王国に行こうじゃないか」
「僕もアロルドの正義を認める事は出来ないが、魔王との戦争を一刻も早く終わらせたいと願う気持ちは同じだ。これからもお互いにぶつかる事があるだろうけど、よろしく頼むよ」
僕とアロルドは顔を背けて視線を戦場に向けたまま、協力し合うと約束した。
「差し当たっての問題は、どうやってレグラス王国に行くかだな。魔王がいる国を避けてアスタリク帝国を通ったとしても、冬の険しい山越えは厳しいぞ」
「それについては僕に考えがある。ドワーフの地下通路を利用させて貰おう。地下の魔道列車に乗れば、山を越えなくともレグラス王国まで行ける筈だ」
それには先ずドワーフ達と交渉しなくてはならないけど、ライル君を通せば何とかなりそうな気がする。
おっと、その前にお礼が先かな? この戦いを終わらせる事が出来たのも、バルドゥインとテオドアを差し遣わしてくれたお陰だからね。まったく、彼には頭が上がりそうもないな。




