終戦への一石 7
「クレス、すまない。助かった」
アロルドが悔しげに顔を歪め、片腕を失い息を荒くしているガムドベルンを睨む。
「まさかあんなに早く俺の氷が破られるとはな…… 少し過信していたのかも知れない」
「まぁ、お互いに大した怪我も無くて良かった。あれに比べたら無傷みたいなものだよ」
僕がアロルドからガムドベルンに視線を移せば、確かにとアロルドは納得する。
「タカガ腕ヲ一本奪ッタクライデ調子ニノルナ! 例エ手ト足ヲ失オウトモ、魔王様ノタメ、ココデ貴様ラヲ殺ス!! 」
怒りで声を荒らげるガムドベルンの体から闇が溢れ出した。
「またそれか…… ぼくらの聖剣でそんな闇など払えるというのに、こいつは学習しないのか? 」
嘲笑うアラン君に、ガムドベルンは射殺すような視線を向けると、目の前の空間に小さな黒い球体が出現した。
僕はそれを一目見て、反射的に叫んだ。頭で理解する前に心で感じ取ってしまったのだ。アレは危険だと……
「それから離れろ!! 早く!! 」
尋常ではない様子の僕に、アラン君は素直に従い離れたその刹那、小さかった黒い球体が突然爆発的に膨れ上がり、空気を取り込みながら周囲を闇に染めると消えていく。
後に残るのは、丸く抉れた地面だけ。その異常な光景に僕の背筋に悪寒が走る。きっとアラン君とアロルドも同じ思いだろう。
「闇ハ全テヲ飲ミ込ム。例外ハ無イ、ソコニ存在スルモノ全テダ! 」
ガムドベルンが声を張り上げると同時に、僕達の周りに幾つものあの小さな黒い球体が現れる。
「やべぇ! 一ヶ所に固まらずバラバラに逃げろ! 」
「くっ! 狙いがメチャクチャだな、自棄でも起こしたか!? 」
爆発的に膨れ上がり全てを飲み込んいく黒い球体が、あちらこちらと現れては消える中、僕達は避けるだけで精一杯だった。
『おい! お前の光魔法でアレをどうにか出来ないのか? 』
『残念だけど、込められた魔力の差で僕の光はガムドベルンの闇に飲み込まれてしまって届かないんだ。今残っている魔力を全部注ぎ込めれば、あの闇を払えるかも知れないけど、これでは集中出来ない』
『確かに、こんな中では集中なんて無理だな。奴は腕を奪ったぼくを相当憎んでいるようだ。心なしかぼくの周りだけあの黒い球体の出現率が高くないか? それを利用すればクレスが魔法を使う時間も稼げるかもな』
なんだって? それってアラン君を囮にするという事じゃないか。そんなのは危険だ。あの球体にもし触れてしまったら、怪我どころでは済まない。
『悩んでいる暇は無いぞ! どのみちこのまま何もせずに逃げてばかりでは、いずれやられるのも時間の問題だ。俺達で奴の気を引くから、クレスは全力の一発をお見舞いしてやれ! 』
そう言うと、アラン君とアロルドの二人はそれぞれ火魔法と水魔法をガムドベルンに放つが、体を纏う闇に尽く飲み込まれ消えてしまう。
「言ッタ筈ダ…… 闇ハ全テヲ飲ミ込ムトナ。ソンナチンケナ魔法デハ、俺ニハ届カヌト知レ! 」
思惑通りにガムドベルンはアロルドとアラン君を執拗に狙ってくる。すっかりと蚊帳の外になってしまった僕は急いで魔力を練り始めた。
二人が命を賭けて稼いでくれている時間を一秒でも無駄には出来ない。
『おっ? アラン、どうやら膨れ上がる前の小さい状態だったら、聖剣で斬れるようだぜ? 』
『何? …… 本当だ。これなら十分な時間を稼げるな。アロルド、攻撃の手を緩めるなよ? 』
アラン君とアロルドは、近くに現れた小さな黒い球体を膨れ上がる前に聖剣で斬り、魔法をガムドベルンに向かって放ち、僕に時間を与えてくれる。
っ! 危ない!? ふぅ、今のアラン君はギリギリだったな。思ったよりも範囲が広くて、斬り損なった闇の球体がアラン君の肩を掠めた。
掠めた肩の部分の服はまるで削り取れたかのように消失して地肌が剥き出しになっている。どうやら肌には接触していなかったようでら血の一滴も垂れてはいなかった。
ガムドベルンの攻撃に慣れてきたのか、二人の動きは徐々に良くなっていくのに反して、奴の怒りは増していく。
そして遂にそれは臨界点を越えたのか、憤怒の勢いで叫び出した。
「目障リナ人間メ! イチイチ狙ウノハ面倒ダ。全部マトメテ飲ミ込ンデヤロウクレル! 」
ガムドベルンが攻撃を止めたかと思えば、体から吹き出る闇の勢いが増した。
『いったい何をするつもりか知らないが、ヤバい雰囲気は伝わってくるな』
『おいおい…… こいつはかなり危ないぞ? クレス! まだなのか! 』
もう少し…… 後少しだけ時間が欲しい。そうすれば僕の全力を奴にぶつけられる。
そうこうしている間にも、ガムドベルンを包む闇は次第に大きくなり、今では姿さえも闇に隠れて捉える事が出来ず、二人がどんなに魔法を放っても、その闇に溶けるだけで本体に届いている気配はまるでない。
『なぁ? 俺の気のせいだったら良いんだけどよ…… 空気の流れがおかしくないか? 』
いち早く異変に気付いたアロルドの緊張した念話が送られてくる。
…… 言われてみれば、空気があの闇に吸い込まれていっているような流れができている。その勢いは増すばかりで、遂には立っていられなくなってしまう。
その吸引力により地面が抉れ被害は拡大していく。本当に全部吸い付くすつもりか? あの闇に入ってしまったら命はない、本能的にそれを感じ取ったのか、周囲のミノタウロス達もどうしたら良いのか分からず混乱していた。
リリィ達も異変に気付いて僕達を心配するような視線を向けるが、僕は大丈夫という意味を込めて頷いて見せる。
「くっ! このまま更に勢いが増せば、持ち堪えらないぞ!? 」
必死に地面にしがみつくアラン君の余裕のない様子に、もう限界が近いと分かる。
…… 良し、どうにか間に合った。僕は立ち上がると、全魔力を込めた聖剣の切っ先を、ガムドベルンがいるであろう闇の塊に向けた。
さぁ、闇に隠れたその姿、僕の光で照らし出す!




