終戦への一石 6
熱せられたような赤い片刃を持つ二本一対の聖剣を手に、アラン君がガムドベルンの正面に立つアロルドから離れ、右側へと移動するのを見た僕は、奴の左側へと下りた。因みに、アロルドが最初に投げた聖剣は再召喚により本人の手元へと戻ってきている。
二人とも、ガムドベルンの体を覆う闇に警戒しているのか、攻めあぐねているようだ。
そんな彼等に僕は魔力を繋げて念話を送り、情報共有を図る。
『僕の声が聞こえるかい? 』
突如として頭に響く声に、アロルドの体がビクリと跳ね、次に目を忙しなく動かす。対してアラン君は全く動じていない様子だった。
『クレスか? ぼくの方から魔力を繋げようと思っていたが、ちょうど良い。奴と戦って知り得た事を話してもらおう』
アラン君の口振りからすると、魔力念話の事は既に知っているようだ。レイチェルから教えて貰ったのかな?
まだ困惑しているアロルドに魔力念話の事を軽く説明して本題へと移ろうとしたけど、向こうもそう大人しく待ってくれる筈もない。
その巨体に似合わない瞬発力で、大地を蹴り一気にアロルドとの距離を詰めて斧を真上から振り下ろす。
まともに受けては此方が力負けすると思ったのか、アロルドは体を横にずらして斧を躱し、自身の召喚した聖剣を横薙ぎに振るうが、ガムドベルンは大きく飛び退いてそれを避ける。
『くそっ、見かけによらず俊敏じゃないか…… で、魔力念話だったか? それを俺達に使うからには何か伝えたい事があるんだろ? 気にせず話せ、よ! 』
アロルドがガムドベルンに攻撃を仕掛けながら、魔力念話で話し掛けてくる。言葉を交わしている訳ではないので、こうして戦いながらでもお互いに話せるのだから、本当に便利なものだね。
ガムドベルンの斧とアロルドの聖剣が打ち合う中、アラン君と僕は隙を窺ういつつも魔力念話を続ける。
『奴の名はガムドベルン。魔王から力を授かったのは前線基地で話したかと思うけど、それはガムドベルンが闇魔法を使えるかららしい。あの体や斧を覆っている闇は僕の光魔法を飲み込んでしまう程に強力だ』
『なるほど、ね! ならば、俺の聖剣でその闇を払うから、アランとクレスは魔法を奴に叩き込め! 』
そう言うや否や、アロルドは槍のような長い柄を両手で持ってクルクルと回し、まるで曲芸の如く鮮やかな聖剣捌きでガムドベルンを覆う闇を斬り払っていく。
使い手以外の魔力を弾く聖剣の特性を上手く利用し、再びガムドベルンが闇魔法を使う前に、僕は光魔法を相手に放つ。
さっきまでのとは違い、今度は二本の太い光の筋がガムドベルンの胸を貫く。アロルドの聖剣で闇による防御が薄くなったお陰で奴の胸に風穴を二つ開ける事が出来た。
肺をやられたガムドベルンは、口から大量の血を吐き苦しそうに顔を歪める―― とは言ったものの、実際牛の顔に酷似しているので良く分からないが、少なくとも僕にはそう見えた。
その好機をアロルドは見逃さず、素早くガムドベルンの体を聖剣で斬り付けていくが、奴の異常な回復力と筋肉の分厚さで、どれも致命傷には至らない。テオドアが言っていたように、恐ろしい程にタフだな。
『アロルド! そこから離れろ!! 』
アラン君からの魔力念話を受けたアロルドが、攻撃の手を止めて急いで後ろへと飛び退くと、ガムドベルンを包むように地面から炎が立ち上る。
空高くまで上がる火柱に、これにはさしものガムドベルンもただでは済まないだろう。
「このまま消し炭にしてやる! 」
アラン君のその言葉に呼応するように、炎の勢いは増していく。近くにいるだけで喉が焼ける程の熱風が吹き荒れる。聖剣の効果で火魔法が強化されているとはいえ、これは凄まじい威力だ。
「…… ん? 」
何かの異変を感じ取ったのか、アラン君は僅かに眉を顰めたその少し後に、火柱の内側から闇が漏れ出し炎を飲み込んでいく。完全に炎が消えたそこには、所々火傷を負っているガムドベルンが立っていた。
良く見れば、僕の開けた胸の穴がもう塞がり、火傷も既に治りかけている。しかし、あれだけの傷を受けたのだから疲労は確実に蓄積されているらしい。その証拠にガムドベルンの息は明らかに上がっていた。
「ハッ! 戦場に鎧も着けないで来るからそうなるんだ。魔王に力を授かったか何だか知らないが、あまり舐めるなよ? 」
まだ体から煙が立ち上るガムドベルンに、アロルドは勝ち誇った笑みを浮かべては挑発する。
「馬鹿メ、何故俺ノ肉体ヨリ脆イ物ヲ着ケネバナラナイ? 動キガ阻害サレルダケデ却ッテ邪魔ニナルダケダ」
「そうかよ。その強がりを称して俺が熱くなった体を冷やしてやるぜ!! 」
アロルドは聖剣の周囲に魔法で水を生み出し、ガムドベルンへと放つ。大量の水が奴を囲い包むと同時に氷に変化し中に閉じ込めると、聖剣を突き出して突進していく。
このままガムドベルンの体を氷ごと破壊するつもりなのだろう。
しかし、後僅かという所でガムドベルンを閉じ込めていた氷にピシリと亀裂が入り、内側から破裂した。
飛び散る氷の欠片に気を取られたアロルドに、ガムドベルンの斧が襲い掛かる。
駄目だ、あれでは避けきれない。そう判断した僕は瞬時に光を纏い、アロルドの真横に移動して突き飛ばし、聖剣の腹で斧を受け止める。
「愚カナ、俺ノ腕力ニ耐エラレルトデモ思ッテイルノカ? 」
じりじりと上から迫りくる斧に、堪らず地面に片膝をついてしまう。
くっ! なんて力だ。防御に徹して魔法を使う余裕もない。
「ぼくを忘れて貰っては困るな」
必死にガムドベルンの斧を受け止めていると、いつの間にかすぐ横にアラン君が二本の聖剣を交差させていた。
バツ印を描くように二本の聖剣を振るい、アラン君は見事ガムドベルンの右腕を斬り落とし、その勢いで左腕にも傷を負わせた。
地に落ちた右腕をそのままに、左手で斧を持ったガムドベルンが僕とアラン君から急いで離れると、殺意に満ちた視線で睨みつける。
これは相当頭にきているみたいだね。だけど、そんな事にはお構い無しなアラン君は、斬り落とした右腕を炎で骨まで焼き尽くしてはニヤリと笑う。
「おやおや、ご自慢の腕が一本無くなってしまったな? 」
アラン君…… ガムドベルンの腕を奪ったのは大したものだと思うけど、あまり挑発しない方がいいんじゃないか? ほら、怒り過ぎて顔に太い血管が破裂しそうなくらい浮かび上がってるよ。追い詰められた者程なにをしでかすか分からないからね。




