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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第四幕】ゴーレムマスターと人魚族の憂鬱
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11

 

「ここがわたくしの部屋ですわ!」


 案内された部屋に着くと、最初に目に入ったのは本の山だった。本棚にはギッシリと本が詰まっていて、床にも積み上げられた本が大量にある。少し大きい机には魔道具と思わしき物が何個か置かれ、部屋と言うより研究室のような感じがした。


 これがお嬢様の部屋か? と暫し茫然としている間に使用人達がテキパキとした動きでテーブルと椅子を運び入れ、紅茶とクッキーを用意している。


「どうぞ、お掛けになって」


 シャロットに促され席に着いてから漸く意識が戻ってきた。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。この度はお招きいただきましてありがとうございました」


「いえ、わたくしの方こそ急なお誘いで申し訳ありませんでしたわ」


 何時ものように木の腕を操り、紅茶を飲む。その様子を興味深そうにシャロットは見詰めていた。


 あっ、気を付けろと言われているのにやってしまったか? いや、よく考えたら丸ノコやドリルを操っているところをバッチシ見られてるんだよな。向こうも俺と同じで記憶持ちだと勘繰っているはずだ。今お互いに確認するか、誤魔化して暫く様子を見るか、どちらが得策なんだろう?


「わたくしの事は、どこまでご存知ですの?」


「え? …… その、新しいゴーレムの制御方法を開発したとかで、ゴーレムマスターと呼ばれていると聞きました」


 シャロットは紅茶を一口飲んでカップを置くと、此方に微笑みかける。


「少し語弊がありますわね。正確に言いますと開発ではなくて再現ですわ」


「再現、ですか?」


「ええ、半自律型ゴーレムは千年前の文明には当たり前のように使われておりました。わたくしはそれを解明して現代に甦らせただけですわ」


 また千年前か、どんだけ凄かったんだよ。でもそれを再現したのだって十分に偉業と言っても良いだろう。


「わたくしは昔からゴーレムが好きで、いつか自分の手で造りたいと思っておりましたのよ。土魔法を授かった時は叫び出したい程嬉しかったのを覚えていますわ。だって、夢でしたもの。ずっと昔からの……」


 シャロットは此方を真っ直ぐに見据えてくる。なんだ? 何が言いたいのだろう? ただの身の上話ではないと思うが……


《そう、この世界に生まれる前からのね》


 俺は思わず席から立ち上がってしまい、しまった! と思ったがもう遅い、まさかこんな手で来るとは予想外だった。エレミアはそんな俺の反応を見てキョトンとしている。シャロットの言葉を理解していないのだろう、でもそれは仕方がない。何故なら彼女が今喋った言葉は俺にとってはとても懐かしく、この世界では存在していないはずの “日本語” なのだから。


 立ち上がったまま固まる俺の反応を見て、笑みを浮かべるシャロットには何か確信めいたものを感じた。


《やっぱり日本語が通じるのね。安心して、貴方をどうこうしようとは思ってはいないわ、本当よ。ただ確かめたかっただけなの》


 日本語で語りかけてくるシャロットから目を反らし、ゆっくりと席に着く。誤魔化すなら今しかないだろう。でも、彼女の口から発せられる言葉はどこか不安で、寂しそうに聞こえたような気がした。

 彼女からして見ればやっと見つかった同郷の者かも知れないという期待と、間違っているかもという不安があるのかもしれない。何故そう思うのか、それは俺がそうだからだ。


 この世界に生まれたからには、ここで生きて死ぬ覚悟は出来ている。信頼出来る仲間もいて、不満なんかあるはずもない。けれど、前世の価値観とこの世界の価値観が余りにも違い過ぎて、近くにいるのに孤独を感じてしまう時がある。俺がこの館に来たのも同じ境遇の人を見つけて安心したかったのかもしれない。


 俺は再び視線をシャロットへ向ける。そこには、孤独で今にも泣いてしまいそうな一人の女性の姿があった。


《日本語を喋るのは久しぶりだよ。上手く喋れてるかな?》


《っ!? ええ! ちゃんと喋れているわ! ああ、良かった。私の勘違いかと心配しちゃった》


 結局、俺はこの女性を放って置くことが出来なかった。この選択がどのような事態を招くのかなんて分からないけど、目の前で涙を浮かべて喜んでいる姿を見て、後悔はしないと思う。


「ねぇ、二人して何を喋っているの? 何だか置いていかれてる感じがして、とても不快なんだけど」


 ああ! エレミアがすっかり拗ねてしまった。


「ご、ごめんよエレミア。別に忘れていた訳じゃないんだ」


「そ、そうですわ。ただ少し、お互いに確認していただけですわ」


 俺とシャロットは二人で協力して、何とかエレミアに機嫌を直してもらおうとしたが、何が気に入らないのかますます悪くなる。漸くエレミアの機嫌が直る頃には日が沈みかけていた。


「今日は是非! この館にお泊まりください。まだ話したい事が沢山あるんですの!」


 嬉しそうに提案するシャロットを無下には出来ず、俺とエレミアは領主の館に一泊する事になった。


「良かったわね。もういっそここに住んじゃえば?」


 う~ん、まだご機嫌斜めのようだ。前の世界も、この世界も、女性の扱いは難しいな。

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