暴虐の牙 8
突如として空から現れた乱入者は、両腕が肩から露出している革の衣服を身に纏い、一本一本が針のように鋭く尖った灰色の髪がうしろに向かって伸び、高身長の割りに細身な体は何処かちぐはぐした感じがする。
だが、一番見逃してはならないのはその青白い肌だ。彼は間違いなくヴァンパイアであるという確固たる証拠を目にした僕は軽く目眩を起こした。
何てことだ、まだヴァンパイアにこれ程の化け物がいたなんて…… 絶望に身を委ねてしまいそうになるのをグッと堪え、微かな希望に縋る僕を、ミノタウロスの顔は愉悦に歪む。きっと魔王が送り込んだ魔物だと思ったのだろう。
「な、何だ同族かよ…… 驚かせやがって。いやぁしかし、俺達の仲間にお前程の奴がいたなんてな」
ヴァンパイアの一人が笑顔で乱入者に近付いていく。しかし、その余裕の笑みはすぐに困惑のものへと変わった。
何故なら…… その乱入者の腕がゆっくりと近付くヴァンパイアの顔を掴み持ち上げ、露となった首筋にあの尖った牙が生え並ぶ口で噛み付いたからだ。
…… え? 一瞬何が起こったのか誰も理解していないように、辺りが静寂に包み込まれる。僕も魔物達も目ではしっかり確認していたけど頭が追い付かない。それは噛まれたヴァンパイアも同じなようで、
「は? いやいや、何で…… ? あっ、ちょっ、血が…… 俺の、血が、吸われて…… 」
と、状況がいまいち飲み込めていないヴァンパイアはもの凄い勢いで血を吸われたのか、十秒も経たない内に灰となって地面に崩れ落ちる。
「てめぇ! 何しやがる!! 」
それを見た残りのヴァンパイアが走り出し、血で形成した爪で乱入者の体を掻き切った。
切られた体から飛び散る血液は、まるで生きているかのようにヴァンパイアの体に絡み付き、結晶みたいに固まって動きを封じた。
「な、何だよこれ!? くそっ! う、動けねぇ!! 」
どうにか血の結晶から抜け出そうと踠くヴァンパイアに、乱入者は左手で相手の髪を掴み、右手の手刀で首を刎ねた後、その首から滴り落ちる血を大きく開いた口で受け止め、喉を鳴らしながら飲み始めた。
目の前で繰り広げられる恐怖に、ヴァンパイアが灰となって消えるまで誰も動けないでいると、乱入者は少し不満気な声を漏らす。
「久し振りの血は体に染み渡るが、やはり同族の血はあまり旨くはないな」
何なんだこれは? 敵なのか、味方なのか、それともそのどちらでもない第三勢力? 頭が混乱してどう動けば良いのか分からなくなっていると、状況が飲み込めていない周囲の魔物達は血の匂いに興奮して襲い掛かってくる。
しまった! ヴァンパイアが殺されている内に転移魔術で逃げてしまえば良かったのに…… 信じられない光景に目を奪われ、思考が停止していたようだ。
迫り来る魔物達をどうやって切り抜けようかと身を構えたが、突然空から一筋の雷が落ち、周囲の魔物だけを感電させながら広がっていく。まるであの雷自体に意思でもあるかのような動きで、魔物達を丸焦げにして消え去った。
かと思われたが、雷が消えた箇所から見知った者が現れ、僕は不本意ながらもホッとしてしまう。
「よぉ! ピンチだって言うから来てやったぜ」
レイスである半透明の男は、まるで友人の家に遊びに来たかのように軽い口調で片手を上げる。
「テオドア? 何で君がここに? 」
予想だにしなかった来訪者に、迂闊にも視線を外した僕に、好機と見たミノタウロスが斧を振り下ろす。
しかし、その斧が僕に届く前に、魔術で体を炎に変化させたテオドアがミノタウロスを包み焼く。
何とか纏わりつく炎を振りほどこうとするミノタウロスだったが、テオドアは自身を炎から金属に変え、ガッチリと固めてしまう。これにはさしものミノタウロスも、身動きが取れずに唸るしかなかった。
「クレス、詳しく話してる暇はねぇ! 俺様とアイツでここの魔物共を抑えておくから、その内にお前らは逃げろ!! クッ!? この馬鹿力が、早くしろ! そんなに持たねぇぞ!! 」
「しかし! …… いや、分かったよ。前線基地で待ってるから、ちゃんと説明してくれ」
僕は急いでリリィとレイシアの所に向かい、グランさんを呼び寄せる。
「おい! 何がどうなってる? あのヴァンパイアとレイスはクレスの知り合いなのか? 」
「ヴァンパイアは知りませんが、レイスの方は知り合いです。とにかく、詳しくはここから逃げてからしますので…… リリィ、転移魔術の用意を! 」
リリィが魔術を発動しようとしている時、ヴァンパイア同士の会話が風に乗って運ばれてくる。
「貴様! 何故同じヴァンパイアを襲うんだ!! 俺達は仲間なんじゃないのか? 」
「笑止、魔王という偽りの王に支配される愚かで弱いお前と一緒にするな。偉大なる主からの願いを忘れ、欲望のまま生きる貴様らは見るに耐えん。これが今のヴァンパイアとは、片腹痛い。王に謁見する資格も無し、せめてもの情けに俺の血肉となるがいい」
どうやらテオドアが連れてきたヴァンパイアは、魔王に支配されていないようだ。何でかは分からないが、彼は目の前にいるヴァンパイアに憤慨しているみたいだったので、このまま逃げたとしても倒してくれるだろう。これでもうアンデッドが増える事もない。
リリィの転移魔術が発動し、空間の歪みを通り終わる頃、ミノタウロスを固めていたテオドアの体がバラバラに砕け散った。
一瞬不安になったが、閉じていく空間の歪みの先に、まだまだ元気一杯なテオドアを確認して安堵する。よく考えたらテオドアはレイスだからそれぐらいでは消えないんだったな。
さてと、問題はこれからだ。グランさんにどうやって説明すればいいんだ?




